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2026/11/08

10月31日(土) ハロウィンの夜、花と蝋燭に彩られるスペインの墓地

朝、少し仕事をした。

お昼は友人とタパスを食べに出かけました。せっかくなので写真を撮ろうと思っていたのに、すっかり忘れてしまいました。

店へ向かう時はむしろ暑いくらいだったのですが、外の席で食事をしているうちに、少しずつ空気が冷たくなってきました。食べ終わる頃にはかなり肌寒くなり、日が当たる席へ移動したものの、それでも今日は冷えるなと感じるほどでした。

その後、買い物をする必要があったのでスーパーへ向かいました。まだ午後4時半頃で、店内はそれほど混んでいません。人の少ない時間に買い物を済ませられたのは助かりました。

ところが、レジの近くでマルコスにばったり会いました。以前はロックスターとして活動していた人で、村では時々顔を合わせます。「一杯飲もう」と誘われ、それなら少しだけ、と近くのバルへ行くことになりました。

昼のタパスではノンアルコールビールを飲んでいました。本当は家へ戻って仕事をするつもりで、月末でもあったため、この日のうちに片付けておきたいこともありました。それでも偶然会ったのだから一杯くらいなら、と席に着きました。

一杯飲み、二杯目に入った頃、今度はこの村に家を持っているノルウェー人の知り合いがやって来ました。普段はノルウェーとスペインを行き来しているので、会うのは久しぶりです。「久しぶり」と声を掛け合い、そのまま一緒に飲むことになりました。

ただ、時間が経つにつれてますます寒くなってきます。外で飲み続けるには少しつらくなり、私は先に帰ることにしました。

家に戻って少し料理をしていると、今度はローラから電話がかかってきました。この日は日中にも何度か連絡をもらっていたのですが、その時は仕事をしていたので断っていました。

それでも夜になってから、やはり少し顔を出そうと思い直し、ローラが待っているプール横のホテルのバルへ向かいました。

そこでまたビールを二杯ほど。

翌朝は早く家を出なければならない予定だったので、さすがにそろそろ帰ることにしました。

この日はハロウィンです。別の場所では仮装パーティーも開かれていて、当初はそちらにも行こうと思っていました。ところが、一緒に行こうと誘っていた友人から「誘ってくれてありがとう。でも今日は家でのんびりすることにする」と連絡がありました。

私自身も、そこからさらに別の場所へ移動する気力がなくなっていました。バルで飲んでいたこともあり、もう十分です。

過去に何度か仮装をして出かけたこともありますが、今年は大人しく家へ帰ることにしました。

2年前

一方、この時期の村には、ハロウィンとは少し違う昔からの習慣があります。

11月1日はスペインの「諸聖人の日(Día de Todos los Santos)」です。この時期になると、村の共同墓地には多くの人が花や蝋燭を持ってお墓参りに訪れます。日本のお盆に少し似た雰囲気があり、普段は村を離れて暮らしている人たちも帰ってきます。

家族で過ごす人が多く、若い人たちは夜中になってから出かけ、そのまま朝まで遊ぶことも珍しくありません。

ハロウィンの仮装については、以前のスペインでは今ほど一般的ではありせん。最近は若い世代を中心に、仮装して出かける人が随分増えました。昔から続く「諸聖人の日」の習慣と、比較的新しいハロウィン文化が、今では同じ時期に並んで存在しているように見えます。

今夜、村の共同墓地は24時間開いています。

家のバルコニーから墓地の方を見ると、明かりが灯り、いつもとは違う静かな美しさがあります。たくさんの花や蝋燭が供えられ、この時期だけの風景です。

毎年、この頃に雨が降ると少し残念に思います。せっかく家族が持ってきた花が濡れ、せっかく綺麗に飾られたお墓も雨に打たれてしまうからです。

今年は幸い雨が降っていません。

ハロウィンの夜であり、家族が亡くなった人を思う夜でもあります。

賑やかに過ごす人もいれば、静かに墓地を訪れる人もいる。そんな二つの風景が同じ村の中にある、10月最後の夜です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました


2026/11/07

10月30日(金) スペインの私立病院で診察、医療費の高さに驚いた一日

この日は朝から、再び海側の町、プエルト・バヌース方面へ行ってきました。

日本から来ている知人の体調があまり良くなく、薬のことで対応が必要になったためです。

その方は病気の後遺症による痛みがあり、日本から痛み止めをはじめ、何種類かの薬を持参していました。日本で処方してもらった薬は、一回分ずつ小分けにされた状態で渡されていたそうです。

以前、私の村に遊びにいらした日本人の薬剤師さんから、日本では薬を数日分を小分けして渡すことが多いため、場合によっては間違いが起こる可能性もある、という話を聞いたことがあります。

スペインでは少し事情が違います。こちらでは、薬局で薬を箱ごと受け取るのが一般的です。必要な日数分だけ取り出して小分けにしてもらうのではなく、それぞれの薬が元の箱に入ったまま渡されます。なので約1か月分です。

今回は、持参した薬が足りなくなったということで、どうするかを考えなければなりませんでした。

まず近くの薬局、スペイン語でファルマシアへ行きました。薬の説明を見せて相談すると、「これは出せるけれど、こちらは処方箋が必要です」と言われました。

そこで、車で20分ほどの場所にある私立病院へ行くことにしました。

スペインには公的医療と私立医療があり、今回利用したのは私立病院です。

公的医療の場合、スペインの社会保障制度の対象になっていれば自己負担なしで受診できるますが、専門医や大きな病院を受診するには、まず近くのCentro de Salud(セントロ・デ・サルー)と呼ばれる診療所へ行き、医師を通じて予約を取ることが一般的です。

一方、私立病院は費用が掛かるものの、今回のように急いで診てもらいたい時には利用しやすいと感じました。もちろん、民間の医療保険に加入している場合は契約内容によって負担も変わります。

病院に着いたのは午後2時を過ぎていました。

受付ではすぐに車椅子を用意してくれ、スタッフの方々も皆にこやかでした。診察してくださった先生もとても感じがよく、今回は詳しい検査をするというより、現在服用している薬を確認して処方箋を書いていただくことが目的でした。

幸い、日本から服用中の薬について英語で説明した書類を持参していたため、それを見せながら話を進めることができました。

診察料は250ユーロ少々でした。

さらに、その処方箋を持って再び薬局へ行きます。今回はスペインの公的医療制度を利用しているわけではないため、薬代もすべて実費です。

必要な薬を揃えると、約100ユーロになりました。

ただし、一種類だけ在庫がありませんでした。夜眠るために使っている薬です。それは100ユーロほどする薬だったようですが、薬局の方から、もう少し穏やかなタイプの商品なら約25ユーロであると勧められ、今回はそちらを購入しました。

診察と薬を合わせると、この日だけで350ユーロほど掛かったことになります。在庫のなかった薬まで購入していれば、450ユーロ前後になっていたでしょう。

日本円に換算すると、かなりの金額です。

海外で病院に掛かる時は、普段はあまり意識しない医療制度や保険の違いを、急に現実のものとして感じます。今回は特に、薬を切らしてしまったことから始まり、処方箋をもらうだけでもこれだけの費用が掛かるのだと実感しました。

それでも、処方された痛み止めを飲むと、知人は随分楽になったようでした。

少し安心したところで、今度は生活用品を揃えなければなりません。

その方は海側に家を持っていますが、これまで滞在するのは主に暖かい季節だったそうです。そのため、家の中には秋から冬に必要なものがほとんどありませんでした。

そこで、El Corte Inglés(エル・コルテ・イングレス)へ向かいました。スペインを代表するデパートの一つで、プエルト・バヌースにも高級感を感じる大きな店舗があります。

そこで羽毛布団とカバーを購入しました。さらに、家の中で着る厚手のガウンのようなものや、ジャケット、内側に着る薄手のセーターなども揃えました。

買い物を終える頃には、すっかり夕方です。

最後にアジアン・フュージョンのお店で料理をテイクアウトし、知人の家へ戻りました。

病院へ行き、薬局を往復し、冬物を買い揃え、食事を用意する。そんなことを一つずつ片付けているうちに、時間はあっという間に過ぎていきました。

すべてを終えて山の村へ戻った時には、夜11時になっていました。

ほとんど一日中、知人のための用事で動き回った金曜日でした。

それでも、この日の海側は過ごしやすい気温でした。青空が広がるような快晴ではありませんでしたが、寒さはなく、外を歩くにも丁度よい陽気です。

山の村とはまた違う穏やかな気候の中で、病院や薬局、デパートを行き来した一日となりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


10月29日(木) クリスマスソングと税務局からの書留

今日は家で少し仕事をしていました。

村の友人が毎年クリスマスの時期にビデオを制作していて、私もこれまでに二度ほど参加したことがあります。

 こちらの動画は9年前のです。

今年も録音するので来てほしいと言われていたため、仕事の合間に行ってみることにしました。

何人かが同じ歌を一人ずつ録音し、それぞれの声を後から重ねて、一つのコーラスに仕上げるというものです。

今回歌うのは、スペインのクリスマスソング「Los Peces en el Río」です。

曲そのものは知っていたのですが、用意されていたのは、上の動画よりかなりテンポの速いバージョンでした。これでは、ある程度練習しないと歌えそうにありません。

録音を担当しているのはオランダ人の友人です。ところが、訪ねてみると、そこにはもう一人スペイン人の知人がいました。

実は、私はその人が少々苦手です。

すると、その人が「大丈夫、大丈夫。一緒に歌ってあげるから」と言い始めました。

普段なら多少我慢して参加していたかもしれません。ただ、今週はいろいろなことが重なり、少し疲れていました。歌のテンポも速く、練習もしていない上に、苦手な人と一緒に歌うことになりそうです。

そこまで無理をして参加する必要もないだろうと思い、「今日は帰ります」と伝え、呼び止められる声を振り切って、その場を後にしました。

せっかく出かけたのに、結局何も録音せずに帰ることになりました。それでも、その日はこれでよかったと思います。

ところが、家へ向かって歩いていると、今度は郵便局で働いている友人に呼び止められました。

郵便局自体は閉まっていたのですが、ちょうど外で仕事をしていたようです。

「書留があるよ」と言われ、どこから届いたのか尋ねると、「Hacienda、税務局から」とのこと。

税務局と聞いただけで、あまりうれしい気持ちにはなりません。それでも受け取らないわけにはいかないので、署名をして郵便物を受け取りました。

封筒を確認してみると、以前デジタルで受け取った通知と同じ案件に関するものでした。

実は、先日オンラインで通知を確認した際、もう一つ別の通知も表示されていました。ただ、そちらには「postal」と書かれていて、何度試しても内容を開くことができませんでした。

どうやら今回届いた書留が、その通知に当たるようです。

つまり、「postal」と表示されていたのは、オンライン上で内容を確認するものではなく、郵送で届く通知だったのでしょう。そして、今回私が署名して受け取ったことで、正式に受領した記録にもなるのだと思います。

帰宅後、念のため書類に記載されている番号などを改めて確認しました。

やはり、先日デジタルで確認した案件と同じものでした。

この件については、すでにヘストールに対応を依頼しています。ヘストールからも「書類は提出しました」と連絡を受けているため、今の私にできることは、その後の連絡を待つことだけです。

今日はクリスマスソングを録音するつもりで出かけたのに、結局歌うことなく帰り道で税務局からの書留を受け取るという、思いがけない展開になりました。

予定通りに進まないことが多かった今週ですが、今日もまた、そんな一日となりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/11/06

10月28日(水) 夜の山道に現れた鹿、慌ただしかった一日の終わり

朝は少し仕事をしていたのですが、急遽、また海側の町へ行くことになりました。

前日に日本から知人が到着していました。長旅の後なので様子が気になり、今日電話をしてみたものの、なかなか連絡が取れません。疲れて眠っているだけならよいのですが、やはり心配になり、直接様子を見に行くことにしました。

ちょうどマリがエステポーナにいるというので、私は自分の車でカサレスまで向かいました。カサレスは村から車で1時間ほどの場所です。そこで車を停め、迎えに来てくれたマリの車に乗り換えて、一緒に海側へ向かいました。

今回来ている知人には、スペインでの滞在に当たり、説明しなければならないことがかなりあります。

例えば、携帯電話です。

スペインで使うためのSIMカードはすでに購入してあり、知人はスマートフォンを2台持っています。そのうち1台に、スペインの電話番号が付いたSIMカードを入れました。

ただ、もともとスマートフォンの操作に慣れている方ではありません。スペインのSIMカードを入れた携帯電話の説明をする必要があり、それだけでもなかなか大変です。

また、以前は分かっていたことでも忘れてしまっていたり、こちらに来ない間に状況が変わっていたりします。

滞在している家は本人の所有ですが、例えばメインゲートの鍵が変わっているなど、以前とは違う点もあります。

本来なら到着後に一つずつ説明する予定でしたが、前日は長旅でお疲れだったため、そのような話ができる状態ではありませんでした。

そのため、この日はまず本人の様子を確認し、生活に必要なことを説明しました。

さらに、今後必要になる役所関係の手続きについても話し合いました。予約を取るには本人の都合も確認しなければならないので、「いつにしましょうか」と相談しながら日程を調整していきます。

その後、杖が必要だということになり、急遽買いに行くことにもなりました。

もう一つ、解決しておきたいのがインターネットの問題です。

スペインのSIMカードには十分なデータ容量があるので、本来ならそのスマートフォンを経由して、もう1台の携帯電話やパソコンをインターネットにつなぐことができます。

ところが、その方法を説明しても、やはり操作が難しいとのこと。

それなら普通のWi-Fiのように使える方がよいだろうということで、SIMカードを入れてWi-Fiを利用できるルーターを購入することにしました。

さらに、ルーター用にもう1枚SIMカードを購入し、無事にWi-Fiの設定も完了しました。これで少なくともインターネットについては、複雑な操作をせずに使えるようになりました。

一つ用事を済ませると、また次の用事です。

食事の準備も必要だったので、エル・コルテ・イングレスというデパートの中にある中華料理店で、料理をテイクアウトしました。

こうして必要なことを一通り済ませ、ようやく村へ戻ることになりました。

家に着いたのは夜11時頃だったと思います。

冬時間になったこともあり、最近は暗くなるのが早くなりました。海側から村へ戻る山道には街灯がほとんどなく、夜になると頼りになるのは車のライトだけです。

そんな山道では、野生動物に遭遇することも珍しくありません。

実は前夜にも、帰り道で何匹かの動物を見かけました。

まず現れたのは狐です。

さらに山道を走っていると、マリが「イノシシがいる」と声を上げました。小さなイノシシを連れた親イノシシだったそうです。

ところが、その時の私は、雲の間から月が見えそうだったので空を見上げていました。そのため、残念ながらイノシシの親子を見逃してしまいました。

そして今夜も、動物たちとの遭遇が続きました。

最初に現れたのは犬が2匹です。

マリは犬が大好きなので、すぐに車の速度を落としました。もし迷子の犬だったら、そのまま連れて帰るような人です。しばらく様子を見ていましたが、そのまま走り出しました。

その後は猫まで現れました。

こうして次々に動物が出てくると、夜の山道はやはり注意が必要だと感じます。街灯がない場所では、車のライトに照らされて初めて、道路に動物がいることに気付く場合もあります。

そして最後に、コルテスの村へ入る直前、ガソリンスタンドの前あたりで鹿が現れました。

この辺りに鹿がいることは以前から聞いていました。普段は山の中にいるのですが、最近は村の近くまで下りてくる鹿も増えているそうです。

この時に現れたのは雌の鹿でした。

秋の繁殖期も終わった頃ですが、今は山にほとんど雨が降っていません。水が不足しているため、村の近くまで下りてきているのかもしれません。

鹿を見ることができたのは嬉しかったものの、もし水を求めて人の暮らす場所まで来ているのだとしたら、少し可哀想にも思えます。

この日は朝から予定が変わり、海側で次々と用事を済ませることになりました。

帰り道では、前夜に続いて動物たちにも遭遇しました。

最後に姿を見せた鹿のことが気になりながら、ようやく村に到着しました。

何とか必要な用事を終えることはできましたが、さすがに疲れた一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/11/04

10月27日(火) マラガ空港へ出迎え、偶然見つけたシーフードの美味しい店

この日は少し早めに出発する予定でした。

朝7時半

8時半には家を出ようと話していたのですが、なかなかマリが来ません。結局、出発したのは8時40分頃でした。

ちょうど今、村ではあちこちで工事が行なわれています。選挙が近いこともあって、道路や公共の場所で作業をしているところが目につきます。

この朝も、道路脇の木の枝を切る作業が行なわれていて、その枝が道路にはみ出し、一時的に通れなかったそうです。それでマリも少し遅くなったとのことでした。

ようやく出発し、ロンダを経由してマラガ方面へ向かいます。

ロンダへ向かう途中、ベナオハンの辺りを通った時、マリが「事故があったのはここだよ」と教えてくれました。少し前に、道路脇から大きな岩が落ち、走っていた車を直撃した場所です。

実はマリも、その事故が起きた日に同じ道を通っていました。本来ならもう少し早く出発する予定だったそうですが、予定がずれ、30分ほど遅くなったとのことです。もし当初の時間通りに出ていたら、事故の起きた頃にその付近を走っていた可能性もあります。

マリが通った時には、すでに大きな岩が車の上に落ちた状態だったそうです。

普段から何度も通る道だけに、実際の場所を目の前にすると怖さが増します。山道では落石そのものは珍しいことではありませんが、ほんの少し時間が違っただけで自分たちが巻き込まれていたかもしれないと思うと、改めて運のようなものを考えてしまいました。

そのままロンダを抜け、さらにマラガ方面へ進みます。

1時間ほど走ったところで、途中にある大きなバル兼レストランに立ち寄りました。長距離を走る人たちが休憩に使う店で、いつ通ってもかなり賑わっています。

ちょうど10時頃で、朝食の時間でした。大型バスが2台停まっていて、店内は驚くほどの人です。

「時間、大丈夫かな」

そんな話をしながらも、お腹が空いていたので入ることにしました。

ここはパンが大きくて美味しいのですが、それ以上に感心するのが店の人たちの手際の良さです。あれだけ人がいるのに、次から次へと注文をさばいていきます。混雑には慣れているのでしょう。

思ったほど待つこともなく、コーヒーとパンで朝食を済ませることができました。

そこから再びマラガへ向かいます。

途中から大きな道路を外れ、少しくねくねした道に入りました。これまで通ったことのない道だったので、「こんな道もあるんだ」と眺めながら進みます。

やがてマラガ空港に到着しました。

飛行機の到着時間前に空港に到着したのかったのですが、15分ほど遅れてしまいました。なので、車を完全に駐車する前に降ろしてもらい、そのまま到着ロビーへ急ぎました。

ところが、ここで少し迷いました。

マラガ空港の到着ロビーは地上階にありますが、駐車場側からそのまま道路を横切って行けるわけではありません。一度上の階へ上がって道路を渡り、そこから再び下へ降りる必要があります。

それを知らなかった私は、地上階をあちこち歩き回ってしまいました。車が次々と通る場所なので、少々危なかったと思います。

何とか到着ロビーへたどり着きましたが、飛行機が着いてからもなかなか出てきません。11時15分頃に到着したものの、実際に姿を見せたのは12時近くでした。荷物を受け取り、外へ出るまで45分ほどかかったことになります。

無事に合流すると、今度は「お腹が空いた」という話になりました。

そこで、どこか途中で食べようということになりました。高速道路に乗る前、少し脇道へ入ると住宅地のような場所があります。そこへ入ってみると、すぐにバルのようなレストランが見つかりました。

特に調べて入ったわけではありません。

ところが、これが大当たりでした。

入ってみるとシーフードを中心にした店で、料理もとても良かったのです。観光客の多いマラガ中心部や海岸沿いでは、最近は外食の値段も随分高くなっています。

それに比べると、こうした地元の人が利用する場所は値段も程よく、落ち着いて食べられます。



3人で飲み物を頼み、サラダ、イカ、ボケロネス・フリートス、そしてタコの足などを大皿で分けました。魚介類は新鮮で、どれも美味しかったです。


会計も3人分としては納得できる金額でした。

「次にこの辺りで食事をする時も、またここに来よう」

そう思える店に偶然出会えたのは、少し得をした気分でした。

昼食を終え、高速道路に乗って次に向かったのは、マルベーリャにあるラ・カニャーダです。

つい先日来たばかりなのですが、それまでは10年近く足を運んでいなかった場所です。長い間行かなかったのに、一度行くと立て続けに来ることになるのが不思議です。

とはいえ、この日は買い物を楽しむためではありません。

目的はVodafoneで、スペインの電話番号が付いたプリペイドSIMカードを購入することでした。

Vodafoneのお店も、他の場所はシエスタの時間営業していなかったりするのです。でもこのショッピングセンターのお店はずっと開いているということでここに来ました。

28日間使えるプランで、料金は15ユーロ。データ通信量もかなり多く、スペイン国内の通話に加え、一定時間の国際電話も含まれています。日本への通話も対象になっています。

私自身も同じようなプリペイド回線を使っていて、クレジットカードを登録しているので、更新日になると自動的に支払われますが、必要な時に店でチャージして使うこともできます。

SIMカードを無事に購入した後、滞在先の家へ向かいました。

到着したら、家の中のことや必要なことをいろいろ説明するつもりでした。ところが、長旅でかなり疲れていたようです。

「もう寝る」

そう言って、ほとんど何も説明できないまま休んでしまいました。

それならせめて、すぐ必要になりそうな食べ物などを用意しておこうということになりました。本当は3人で買い物へ行くつもりでしたが、本人はとても出かけられそうにありません。

そこでマリと2人でエル・コルテ・イングレスへ行き、必要そうなものを少し買いました。

家へ戻って冷蔵庫に入れ、ようやく私たちも帰路につきます。

エル・コルテ・イングレスを出た頃には、すっかり暗くなっていました。

この辺りは大きな町だからといって、どこも明るいわけではありません。

少し外れると街灯が少なく、暗い道が続きます。途中で少し道を間違えたうえ、村へ戻る前に走る高速道路にも照明があまりありません。

そこから先は、さらに暗い山道です。

時間を見ると、まだ午後8時でした。

「夏だったら、この時間でもまだ明るくて、暑い暑いと言っているのにね」

そんな話をしながら山を上りました。

冬時間になったばかりなので、日が暮れる早さが余計に際立って感じられます。同じ午後8時でも、夏とはまったく別の時間帯のようです。

朝から村を出て、事故現場を通り、マラガ空港へ行き、偶然見つけた店でシーフードを食べ、マルベーリャでSIMカードを買い、最後は暗い山道を走って村へ戻る。

予定を一つずつこなしているうちに、ずいぶん長い一日になりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/11/03

10月26日(月) 急な予定に追われた一日、夜は黄金色の月とカレー

この日は急遽、また海側の町まで行ってきました。

知り合いが突然こちらへ来ることになり、滞在する家の準備をする必要が出てきたためです。少し前にも掃除をした家ですが、今回は人を迎えるため、もう一度きちんと整えておくことになりました。

その前に朝食です。


家の1階は大理石の床ですが、2階は絨毯敷きです。そこで、まずは2階に掃除機をかけ、ベッドメイキングをして、家具などの埃を取りました。

ところが、いざ掃除機を使おうとすると、フィルターが入っていません。

その家には掃除機がないため、近所にある別の家から借りてきたものだったのですが、このままでは使えません。

そこで頼りになったのが、庭の手入れなどをしている男性です。ここのレジデンスのことをよく知っていて、困った時に相談すると何でも手伝ってくれる、とても親切な人です。

「掃除機のフィルターはない?」と聞いてみると、探して持ってきてくれました。

さらに、以前から気になっていたドアも見てもらいました。ドアの下のどこかから釘のようなものが出ているのか、開け閉めするたびにギギギと嫌な音がしていました。

前回来た時にも気になっていたので、そのことを伝えると、今度は一生懸命ドアを直してくれました。こういう時、近くに頼れる人がいるのは本当に助かります。

家へ向かう前には、滞在に必要になりそうなものをいろいろ買い揃えました。

掃除だけならそれほど時間はかからないだろうと思っていたのですが、買い物をして、荷物を運び、掃除やベッドメイキングをしているうちに、思った以上に時間が過ぎていました。

結局、村へ戻れたのは午後4時頃です。

途中のガウシン村

家へ帰る前に、ガソリンスタンドにあるバルへ寄りました。

最近よく飲むようになったのが、「トスターダ」という0.0%のノンアルコールビールです。アルコールが入っていないとはいえ、飲んでいると少しビールらしい感覚もあり、意外と美味しく感じます。

ひと息ついたところで家へ戻りましたが、それで一日が終わったわけではありません。

今度は銀行へ行き、それから自分の買い物です。

朝も買い物をしていましたが、それはあくまで知り合いを迎えるためのもの。自分の食料品などは後回しにしていたため、夕方になって改めてショッピングに行きました。

買い物を終えて家へ戻る頃、黄金色の月が山の上から姿を現しました。

バルコニーから見ると、ちょうど真正面です。

前日の夜もきれいな月を見ましたが、この夜もほとんど満月のように見えます。

毎月同じ場所に月が現れるわけではないので、次の満月もここから真正面に見えるかどうかは分かりません。それだけに、この日の月はしばらく眺めていたくなるほどきれいでした。

ただ、月を眺めてばかりもいられません。

前日から「カレーを作ろう」と思い、材料も買ってありました。

そこでようやく台所に立ち、カレー作りです。

朝から海側の町へ出かけ、買い物をして、掃除をして、村へ戻ってまた銀行と買い物。かなり動いた一日だったので、お腹も空いていました。

「食べ過ぎないようにしよう」と思いながら、出来上がったカレーをいただきました。

この日は10月末とは思えないほど暖かく、夏のような陽気でした。

天気予報では、コルテス村は26度ほどまで上がり、海側の町は23度ほど。それでも実際には、数字以上に暖かく感じました。

冬時間になったばかりだというのに、昼間はまだ夏のような空気です。

急に予定が入り、朝から慌ただしく動いた一日でしたが、最後にはバルコニーから黄金色の月を眺め、カレーを食べて、一日が終わりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/11/01

10月25日(日) スペインの栗と虎屋の羊羹、思い出した香港時代のこと

今日から冬時間になりました。時計の針を1時間戻すので、一日が1時間長くなったような感じがします。

たった1時間の違いなのですが、この時差が意外と体に響きます。これからしばらく、朝起きる時間や眠くなる時間にも微妙なずれを感じることになりそうです。

今日は、サバニージャとドゥケサの間にある海辺のバルで、友人が参加しているバンドのライブがありました。かなり大人数のバンドで、ほかの友人からも「行かない?」と連絡が来ていました。

天気も良く、海辺まで出かけるには気持ちの良い日です。ただ、ここから車で1時間以上かかります。

少し迷いましたが、結局行かないことにしました。

明日からの一週間は少し忙しくなりそうですし、今日はお酒を飲みたい気分でもありません。無理に出かけるより、家でゆっくり過ごしながら明日からの準備をすることにしました。

そんな日曜日のお茶の時間に食べたのが、ここ二日ほどかけて剥いた栗です。

今回は、その栗を虎屋の羊羹と一緒に食べてみました。

これが、とてもよく合いました。

羊羹は、夏にこちらへいらした日本人の知り合いから頂いたものです。重いのに虎屋の羊羹を二本も持ってきてくださり、それ以来、少しずつ大切に食べています。

虎屋の羊羹といえば、一時期Xでも話題になっていたのを思い出します。海外駐在員へのお土産として羊羹をもらうことについて、いろいろな意見が出ていたように記憶しています。

私にとっては久しぶりの虎屋でしたから、頂いた時は素直にうれしいものでした。

羊羹を食べながら、ずいぶん昔の香港時代のことも思い出しました。

当時、私は香港にある日系企業で働いていました。日本から出張で来る方も多く、お土産を頂く機会がかなりありました。

家族と一緒に駐在している方なら家へ持ち帰ることができますが、単身赴任の方は少し事情が違います。仕事関係の会食も多く、せっかく日本から頂いても、食べる機会がなかなかありません。

そのため、ありがたいことに、食べ切れない分を私が頂くこともよくありました。

今でも特に覚えているのが明太子です。

私自身も一箱頂くのですが、それとは別に、さらに何箱かまとめて「食べて」と渡されることがありました。

今考えると、なんとも贅沢な話です。

もちろん自分だけでは食べ切れないので、日本人の友人にお裾分けしていました。みんな喜んでくれて、そんな時は私もうれしかったものです。

大手日系企業で働いていると、日本から来る人も多く、それに伴って日本のお菓子や食品を頂く機会も増えます。今のスペインの山村暮らしとはまったく違う環境でした。

ただ、何でも配れば喜ばれるわけではない、ということも香港で学びました。

ある時、日本から頂いた「すやの栗きんとん」を香港人のスタッフに分けたことがあります。

私は「すやの栗きんとん」が大好きなので、「これはきっとおいしいだろう」と何の疑いもなく配ったのですが、どうも評判が良くありません。結局、食べずに捨ててしまった人までいました。

それを見た時は、とても悲しかったです。

自分がおいしいと思うものを、相手も同じようにおいしいと感じるとは限りません。国が違えば食文化も味覚も異なるのは当然なのですが、その時に改めて実感しました。

それからは、頂き物を香港人のスタッフにも分ける時には、「これは香港の人が好きかな」と考えるようになりました。分からなければ、先にスタッフに好みを聞いてから配ることもありました。

そんな経験を重ねるうちに、食べ物の好みは育った環境や食文化に大きく影響されるのだと感じるようになりました。

今日はそんな昔のことを思い出しながら、近隣の白い村ヘナワシルの山で採れた栗と、日本の虎屋の羊羹を一緒に食べました。

温かいお茶を飲みながら口にすると、やはりおいしい。

遠く離れたスペインに長く暮らしていても、こういう味を食べるとほっとします。

「やっぱり日本人の味覚がDNAに入っているのかな」

そんなことを思いながら、静かな日曜日の午後を過ごしました。

夜になってバルコニーへ出ると、雲一つない空に大きな月が浮かんでいました。

美しいまん丸満月です。

昼間はライブに出かけることも考えていましたが、結局今日は家でのんびり。

栗と羊羹を味わいながら昔の香港での暮らしを思い出し、夜にはバルコニーから美し満月を眺めました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/10/31

10月24日(土) 二日がかりの栗剥き、栗ご飯のおいしさを再発見

お昼頃、友人夫婦とお茶をする約束があり、12時頃に家を出ました。

メインストリートまで行くと、ちょうど教会でのミサを終えたお葬式の列がやって来るところでした。棺を共同墓地まで運ぶため、参列者たちが列になって歩いています。

ちょうど進もうとしていた道と重なってしまったため、慌てて進路を変え、遠回りして待ち合わせ場所へ向かいました。

カフェのテラスに座ってしばらくすると、今度は目の前を先ほどのお葬式の列が通っていきました。

村に暮らしていると、知っている人のお葬式に出会うこともあります。亡くなった方やその家族をよく知っていれば、私も参列することがありますが、今回は特に面識のある方ではありませんでした。そのため、テラスから静かに列を見送りました。

一緒にお茶をしたご夫婦は普段、海側の町に住んでいますが、週末はこちらの家で過ごしています。今年がこの村で迎える初めての秋です。

「こんなに寒くなるとは思わなかった」と話していて、今回はとうとう薪ストーブを焚いたそうです。

確かに、この時期の山の村は少し不思議です。昼間、太陽がしっかり出ていれば、バルのテラスでは半袖でも過ごせます。ところが日陰に入ると一気に寒くなり、家の中もすでにかなり冷えています。

私も最近は、電気ストーブをいつも足元に置くようになりました。

友人夫婦と別れた後は買い物を済ませ、家へ戻りました。

そして、前日から続いている栗仕事です。

まだ半分ほど皮を剥いていなかったので、この日も残りを全部片付けることにしました。

ところが、これが想像以上に大変でした。

皮を剥けば、つるんときれいな栗が出てくるわけではありません。渋皮が実の中まで深く入り込んでいるものが多く、それを一つずつ取り除かなければなりません。

少しずつ削るように取っていくため、最後には大きな栗の形はほとんど残らず、小さくころころ、あるいはぽろぽろと崩れた状態になりました。

それでも何とか全部剥き終えましたが、終わる頃には手がすっかり痛くなっていました。

剥いた栗はかなりの量になったので、二日ほどで食べる分は冷蔵庫へ入れ、残りは冷凍しました。

そして、この日の夕食は栗ご飯です。

栗はすでにしっかり茹でてあるので、ご飯には最初から入れません。お米に塩と昆布を加えて炊き、火を止める少し前に栗を入れ、その後そのまま蒸らしました。

出来上がった栗ご飯を食べてみると、これが思った以上においしかったのです。

実は私は、これまで栗ご飯をそれほど好きだと思ったことがありませんでした。

栗が大きなまま、ごろごろと入っている感じが、どうもあまり好みではなかったのです。

ところが今回は、渋皮を取るうちに栗が細かくなっていました。それをご飯に混ぜると、栗の味はしっかりするのに、一口ごとの食感はとても自然です。

「ああ、私は栗ご飯そのものが嫌いだったわけではなく、大きな栗がごろごろ入っているのが苦手だったのかもしれない」

そんなことに、この歳になって初めて気づきました。

こちらのお米なので、日本のお米で作ればまた少し違うのでしょう。それでも、自分で作った今回の栗ご飯はかなり気に入りました。

二日がかりの栗剥きで手は痛くなりましたが、たくさんあった栗もこれで全部処理できました。

しばらくは、秋の味を楽しめそうです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/10/30

10月23日(金) 朝は税務局、夜は栗と格闘した一日

 昨夜は遅くまで起きていたため、今朝はいつもより少し遅めの起床になりました。

起きてから、昨夜ダウンロードしておいた税務局からの書類を印刷しました。さらに、不動産関係で申請していた書類も届いていたので、そちらも印刷して準備を整えました。

今回問題になっているのは、私とは関係のない不動産です。

元夫とそのお姉さんの名義で登記されている不動産なのですが、なぜか税務局の記録では、元夫のお姉さんではなく私の名前が登録されています。そのため、その不動産について申告していなかったとして、税務局から連絡が来たのです。

実は、この問題があること自体は昨年頃から分かっていました。

別の申請をした際、「不動産を所有している」という理由で却下されたことがきっかけです。身に覚えがないので調べてみたところ、私とは関係のない不動産が、税務上は私の所有物として扱われていることが分かりました。

当然ながら、その不動産は私のものではありません。

そこで以前からヘストールに対応をお願いしていたのですが、今回は税務局から正式な通知が届き、「10営業日以内に回答してください」とのこと。期限があるとなると、のんびりもしていられません。

急いで必要な手続きを進め、何とか書類を揃えて、今日ヘストールのところへ持っていきました。

「これで大丈夫」と言われ、とりあえず一安心です。

とはいえ、こういう手続きは書類を渡しただけでは終わりません。その後どうなったのか、こちらから確認する必要もあります。今回はきちんと最後まで見届けようと思っています。

家へ戻ってから少し仕事をし、夕方はガソリンスタンドの隣にあるバルへ行きました。

ここ10日ほど風邪を引いていたので、お酒もずっと飲んでいませんでした。久しぶりにビールを二杯飲んでみたものの、まだ本調子ではないせいか、それほどおいしいとは感じませんでした。

そんなバルに、若者が栗を売りに来ました。

袋に入った栗は、おそらく1.5キロほど。それで4.5ユーロです。「新鮮だよ」と言われ、買って帰ることにしました。

この辺りでは、栗を生のまま食べる人もいます。

私も以前一度、生栗を食べたことがあります。意外に甘く、味そのものはおいしいのです。ただ、気になるのは虫。天然の栗なので、中に虫が入っていることも珍しくありません。

家に帰ってからYouTubeで茹で方を調べ、早速試してみました。

茹で上がった栗の皮を剥き始めたものの、これが思っていた以上の大仕事でした。

外側の皮だけならまだいいのですが、渋皮がかなり厚く、栗の実の中まで複雑に入り込んでいます。きれいに取ろうとすると、なかなか先へ進みません。

しかも、ときどき栗の中から茹で上がった虫が出てきます。

新鮮な天然物とはいえ、虫が入っている確率もかなり高いようです。

半分ほど剥いたところで、もう手が痛くて仕方ありません。結局、夜中まで栗と格闘しましたが、全部は終わらず、残りは翌日に持ち越すことにしました。

朝は税務局の書類と格闘し、夜は栗と格闘。

内容はまったく違いますが、どちらも思った以上に手間のかかる一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/10/29

10月22日(木) 身に覚えのない不動産、スペインの行政手続きで午前3時半

朝、洗濯物が仕上がったという連絡が入ったので、受け取りに行ってきました。

支払いをすると、思っていたよりずいぶん安く、「あれ、こんなに安かったかな」と思いながら、家に戻る前にガソリンスタンドの横のバルに寄りました。


朝食後は、家に戻り少し仕事をしていると、店から「ごめん、計算を間違えていた」と連絡が。

店は午後1時半に閉まってしまうので、今度は歩いて、散歩がてら早足で向かいました。支払いを済ませた後は少し違う道を通って帰宅し、再び仕事に戻ります。

その日の仕事もそろそろ終わりにしようかと思った頃、ふと、携帯に入っていたSMSのことを思い出しました。

確認してみると、何通か通知が来ています。おそらく同じ内容のものが三通ほどありましたが、その中に一通だけ違うものがありました。

そこで思い出したのが、夏に受け取れなかった書留です。

実は以前から、私には気になっている不動産の問題があります。

税務当局の記録上、ある不動産を私が50%所有していることになっているのです。

もちろん、私自身にはその不動産を所有している認識はありません。その物件は元夫側のもので、私たちが結婚する前から存在していたものです。以前にも似たような通知が届いたことがあり、その時に元夫へ確認すると、「大丈夫、関係ないから」と言われて、そのままになっていました。

ところが2024年分の手続きの際、税務当局から再び「あなたは不動産を所有しています」という趣旨の連絡が来ました。

「いやいや、持っていません」と、こちらとしては言うしかありません。

その物件は結婚前に元夫側が取得したものです。なぜ私の名前が入っているのか、今でも分かりません。昔のビザや何らかの手続きの関係で登録された可能性もあるのかと思いますが、確かなことは不明です。

以前からヘストール(行政書士のような職種)にも、「これは私のものではないので何とかしてほしい」とお願いしていました。そのたびに「大丈夫」と言われてきたのですが、今回届いた通知には、10日以内に返答するよう書かれていました。

こうなると、放っておくわけにはいきません。

まず苦労したのが、通知先のサイトへアクセスすることでした。案内されているリンクをクリックしても、なかなかつながりません。

ちょうど政府関係のウェブサイトでシステム上の問題が起きているという話も出ていたので、その影響なのかとも考えました。

そこでChatGPTに相談しました。

別のアクセス方法を教えてもらい、いくつか試した末、ようやく税務当局のサイトへ入ることができました。

確認すると、やはり例の不動産の件でした。

そうなると今度は、「自分の所有物ではない」ということをどう証明するかです。

不動産登記の情報を確認できる方法があると分かり、次はその手続きへ進みました。

スペインでは、こうした行政関係のサイトに入る際、電子証明書が必要になることがあります。税務当局のサイトでもそうですし、今回の不動産登記関係のサイトでも同じでした。

ところが、電子証明書を使ってもうまく入れません。

何度か試した末、以前携帯に登録していた認証用のアプリを使ったところ、ようやくアクセスできました。

この時ばかりは、本当に助かりました。

税務当局から届いた書類には、不動産を特定するための番号が記載されていました。その番号を使って調べると、物件の所在地なども確認できました。

さらに必要な登記情報を申請し、約10ユーロほどの手数料を支払いました。

これで必要な情報が無事に届くのかは、その時点ではまだ分かりません。それでも、ようやく一歩前に進めた気がしました。

そこまで終わった時には、夜中の3時半でした。

さすがに疲れましたが、今回もChatGPTにはかなり助けられました。

海外で暮らしていると、行政手続きで一番大きいのは、やはり言葉の壁です。専門用語が並んだ画面を見ても、それだけで気持ちが重くなることがあります。

それでも、画面をスクリーンショットして、「ここはどこを押せばいいのか」「次は何をすればいいのか」と一つずつ確認しながら進めていけば、何とか前へ進めます。

アクセスできなければ別の方法を探し、分からない画面が出れば、その都度意味を確認する。

AIにはもちろん注意すべき面もあるのでしょうが、少なくとも、言葉の壁を抱えながら一人でスペインに暮らしている私にとっては、かなり大きな支えになっています。

ヘストールには以前から頼んでいるものの、実際にどこまで進んでいるのか分からないこともあります。

今回、自分で通知の内容を確認し、不動産の登録番号や所在地まで把握できたことで、ようやくこちらからも具体的に話ができそうです。

それにしても、税務上は私が50%所有していることになっているのに、実際には何の権利もないとなれば困ります。

50%分の所有権まで本当にあるというのなら話は別ですが、税金の話だけこちらに来るのではたまりません。

昔の書類の中に、何か手がかりになるものが残っていたような気もします。捨ててしまった可能性もありますが、一度探してみた方がよさそうです。

朝はただ洗濯物を取りに行っただけだった木曜日。

それがまさか、真夜中の3時半までスペインの行政手続きと格闘する一日になるとは思ってもいませんでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/10/28

10月21日(水) ベナオハンの食肉施設閉鎖、思い出した20年前の村のお肉屋さん

 朝からよく晴れた一日でした。

外は気持ちのよい天気ですが、家の中にいると少しずつ寒さを感じるようになってきました。そろそろ散歩に出ようかと思ったものの、その前に車を動かしておいた方がよさそうです。

そこで車に乗り、コルテスの駅まで往復してきました。村から駅までは片道13分ほど。往復しても25分くらいなので、車を少し走らせるにはちょうどよい距離です。

途中、ガソリンスタンドの横にあるバルに立ち寄りました。友人が朝食を食べていたので、私も一緒に少し食べることにしました。朝食とはいっても、もう昼近い時間でしたが、コーヒーを飲みながらしばらく話をしてから村へ戻りました。

そんな穏やかな朝でしたが、今日は気になるニュースも入ってきました。

私は近隣で事故や災害などが起きた時に情報が入るようにしているのですが、今回はまたベナオハンの話でした。

ベナオハンには食肉関係の会社や施設がいくつかあります。そのうちの一つが閉鎖されたという知らせです。問題になったのは生肉そのものではなく、骨などを扱う施設だったようで、何らかの工業用薬品の使用が関係しているという話でした。

ベナオハンは我が家からそれほど遠くありません。そして、私が普段利用する村のスーパー「DIA」の中に入っているお肉屋さんも、確かベナオハンの会社が経営しています。

そのため、「ここのお肉は大丈夫なのだろうか」と一瞬気になりました。

もっとも、問題があれば行政から何らかの知らせが出るでしょうし、この辺りの小さな村では、こうした話は住民の間にもすぐ伝わります。今のところ特に何も聞いていないので、心配する必要はなさそうです。

そんなことを考えていたら、昔、この村にあったお肉屋さんのことを思い出しました。

私がここへ来た20年ほど前には、しっかりしたお肉屋さんが一軒ありました。店はとても繁盛していて、親子二人で忙しそうに切り盛りしていました。店に入ると、いつもお客さんが何人も待っていたのを覚えています。

今振り返ると、当時は村に子供や若者が今よりずっと多かったのです。

あの頃の子供たちは大人になり、仕事や進学のために村を出ていきました。若い世代が減れば、当然ながら家族の人数も少なくなります。大家族が減れば、お肉を買う量も以前とは違ってきます。

そのお肉屋さんも、随分前に店を閉めてしまいました。

今、村でお肉を買うなら、主にDIAの中にあるお肉屋さんです。

考えてみれば、私自身も昔に比べてお肉をほとんど買わなくなりました。

以前は35キロほどある犬が三匹いました。ドライフードやウェットフードだけではなく、お肉や野菜、ご飯などを使って手作りの食事も与えていました。

35キロの犬が三匹もいれば、食べる量はかなりのものです。

お肉も野菜も、今とは比べものにならないほど買っていました。私一人分に犬三匹分ですから、買い物袋もいつもずっしり重かったものです。

その犬たちがいなくなり、今は私一人です。

すると食料品そのものを買う量が驚くほど減りました。お肉などは特にそうです。

これは私と愛犬との話ですが、村全体でも似たような変化が起きているのかもしれません。

以前は子供が何人もいる家庭や、食べ盛りの10代の男の子がいる家も珍しくありませんでした。お肉屋さんが繁盛していたのも、そんな時代だったからでしょう。

今では若い人が減り、昔あった店も少しずつ姿を消していきました。

ベナオハンの食肉施設のニュースから、いつの間にか20年前の村のお肉屋さんまで思い出していました。

食料品をどれだけ買うかという小さなことにも、家族の変化や人口の変化、そして村が歩いてきた時間が表れるものなのだと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。