お問い合わせは ⇒ shiroimura.cortes☆gmail.com 迄、ご連絡くださいませ。(お手数ですが、☆を@に変更下さいませ)
コルテス村の地図 ⇒ こちら
【村の行事】2026年
祝日2月28日(土) Dia Andalucia、3月7日〜8日 カーニバル(予定)

2026/02/03

2月2日(月) 50万人合法化の話といちご

今日は雨が降ったり止んだり、時折太陽も出ました。

聞いていたほどの雨量ではありませんでしたが、明日はまた大雨だと聞きます。

この鬱陶しい季節が終わり、春になると、いちごがお店に並び始めます。

ですが、夜になると時折、2キロの箱を積んだ車がバルの前に止まります。店頭に並んでいるいちごより安いため、買う人は少なくありません。

私も買って、2キロは多いので、ジャムにしたりします。適当に作っても、これが意外と美味しいのです。

2022年4月、購入したいちご

いちごに限らず、いろいろな物が持ち込まれますが、ここでは特別なことではなく、よくある光景です。

そのいちごは、多くの場合、ウエルバから来ています。

そんな日常の風景の裏で、最近大きなニュースがありました。

スペイン政府が、国内にいる不法滞在者およそ50万人を合法化する方針を打ち出した、というニュースです。

バルセロナでは申請を待つ人たちの長い列ができ、その様子が報道されました。

数字として見る「50万人」はとても大きく、少し現実味がないようにも感じます。

けれど、その数字の中には、ウエルバのいちご畑で働いてきた人たちも含まれているでしょう。

これまで、不法滞在のまま働かざるを得なかった外国人労働者は少なくありませんでした。

では、今回の合法化で滞在資格を得た人たちは、これからもいちごを摘み続けるのでしょうか。

答えは、とても現実的です。

当面は、続ける人が多いと思われます。

すでに働いている農園があり、住む場所があり、収穫期のいちご農業は慢性的な人手不足です。

農園側にとっても、正式な形で雇えるのであれば助かる、という事情があります。

ただし、合法な滞在資格と就労許可を得ることで、選択肢は確実に広がります。

いちご摘みは体力的にきつく、季節限定で、賃金も決して高くありません。

これまで「ここでしか働けなかった」人たちが、建設や清掃、物流、介護など、別の仕事へ移っていくのも自然な流れです。

そして数年が経ち、ヨーロッパの居住権が取れれば、より条件のよい他の国へ移動する人もいるでしょう。

興味深いのは、農業側もそのことをある程度理解している点です。

全員が残るとは考えていません。

それでも、不法状態のまま働く人が減るのであれば、その方がよいと考えています。

今回の合法化は、人を縛りつけるための制度ではなく、不安定な状態を、少しだけ現実的な場所へ戻すためのものなのだと思います。

50万人という数字は、ニュースで見るととても重く感じられます。

けれど日常に目を向けると、雨が降ったり止んだりし、バルの前に車が止まり、箱いっぱいのいちごが売られていきます。

その風景は、これからもきっと変わりません。

ただ一つ違うのは、そのいちごを摘む人たちの立場が、以前より少し安定したものになるかもしれない、ということです。

そんな変化が、いま静かに始まっているように感じます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

2026/02/01

2月1日(日) タパスの夜に思い出した、岩に刻まれた仏像

気がつけば、1月はあっという間に終わり、もう2月に入っていました。

今日は一日、寒さが印象に残る日でした。空はどんよりとした曇り空で、時おりほんの少しだけ雨が落ちてきましたが、本降りになることはありませんでした。それでも、体感的にはしっかり冷え込み、外に出ようという気にはなれず、結局ほとんど家の中で過ごしました。こういう日は、無理に動かず、静かに時間をやり過ごすのも悪くありません。

そんな今日とは対照的に、昨夜は友人たちと外に出かけました。

ビールとタパスを楽しむ、いつもの気軽な集まりです。

集まったのは三人で、全員フランス語圏の人たち。会話は自然とフランス語が中心になりますが、私のことを気遣って、ときどきスペイン語や英語に切り替えてくれます。

ただ、私はフランス語が飛び交う空間そのものが嫌いではなく、むしろ耳に心地よく感じることも多いので、そのまま聞いていることがほとんど。時々、簡単なフレーズを教えてもらったりするのも、ちょっとした楽しみです。

会話の中で、一人の友人が、月曜日からスリランカへ行く話をしてくれました。2〜3週間ほどの滞在になるそうです。

彼は1992年にも一度スリランカを訪れたことがあり、当時の写真をスマホで見せてくれました。観光地として整備されていなかった時代、バイクで岩に彫られた仏像を見に行ったのだそうです。少し色あせた写真には、岩肌に刻まれた仏像が静かに佇んでいて、その場の空気まで伝わってくるようでした。

その写真を見た瞬間、私の中でも、ふと古い記憶が呼び起こされました。

そういえば子どもの頃、大分県の臼杵で、岩に彫られた仏像を見に行ったことがあったはずです。何歳だったのかははっきりしませんが、たしか小学4年生くらいだったと思います。

今は便利なもので、その場でスマートフォンを使って調べ、画像を見せながら「これ、似ているよね」と話しました。仏教の造形というものは、国や時代が違っても、どこか共通するものがあるのだと、あらためて感じました。

そのとき見た臼杵の仏像は、子ども心に「とても大きい」という印象が残っています。もし今、同じ場所を訪れたら、どんなふうに感じるのだろう。そんなことを考えているうちに、また機会があれば、こうした場所を訪ねてみたいという気持ちが、静かに湧いてきました。

スリランカはとても良いところだと友人は言っていました。人も穏やかで、魅力のある国なのだそうです。正直なところ、これまで自分が積極的に行きたいと思ったことはあまりありませんでしたが、彼が旅から戻ってきたら、またゆっくり話を聞いてみたいと思っています。

旅の話というのは、不思議と、聞いているだけでも心を遠くへ連れて行ってくれるものです。

最後までお読みいただきありがとうございました。


1月31日(土) 枝の落ちた公園で考えた、年を重ねてからの海外移住

風は少しあるものの、雲の切れ間からわずかに晴れ間がのぞいていたので、久しぶりに散歩に出ることにしました。

歩き始めてしばらくすると、空のあちこちに黒い雲が浮かんでいるのが目に入り、傘を持ってきた方が良かったかな、とも思いました。

公園に入ると、地面には大きな枝がいくつも落ちています。最初は昨夜の風で折れたのかと思ったのですが、よく見ると切り口がきれいで、人の手で事前に切り落とされたものだとわかりました。強風に備えて、あらかじめ整理されていたのでしょう。

地面はまだ湿っていて、水たまりがところどころに残っています。風がないときはそれほどでもありませんが、ひとたび風が吹くと、濡れた地面から冷気が立ち上ってくるようで、一気に身体が冷えます。

昨夜も夕方五時ごろから雨が降り出しましたが、今朝には上がっていました。天気予報では、昼頃から曇りに変わるものの、雨のマークはなく、明日も曇り。けれど、月曜日からはまた雨が戻ってくるようです。

そんなことを考えながら歩いているうちに、ふと、昨夜SNSで目にしたある話題を思い出しました。アンダルシアに住んでいるという方が、日本で話題になっているニュースについて触れていたのです。

それは、アメリカに長く住んでいた高齢のご夫婦が、最終的に日本に戻る選択をした、という内容でした。そのことが「制度を利用している」として批判を受けている、というものでした。

その投稿では、ご本人のお母様が72歳のときにスペインへ移住した経験が語られていました。特に費用を払うことなく医療制度に加入でき、また医療も充実していて素晴らしい、という趣旨でした。

読んでいて、確かにそういう時代はあったのかもしれない、と思いました。同時に、少し違和感も覚えました。この方がこちらにいらした頃は、1ユーロ90円代だったそうです。今の価値のほぼ倍です。

その頃は、制度も今よりずっと緩く、スペインらしく大らかで、いい加減なところがありました。物価も安く、日本の年金の額面が、こちらで十分生活できるものだった時代です。

けれど、今は状況がまったく違います。為替が変わり、同じ年金額でも実質の価値は大きく下がっています。物価は上がり、家賃もかかる。年金ビザを取るための条件も厳しくなりました。確か高額な医療保険にも入らなくてはいけなくなったはず。

さらに、高齢になってからの移住には、言葉の問題、手続きの煩雑さ、医療へのアクセスなど、現実的な壁がいくつも立ちはだかります。

実際、こちらでは「知り合いがいるかどうか」で物事がスムーズに進む場面が少なくありません。病院でも役所でも同じです。通訳を頼めば費用はかさみ、すべてを一人でこなすのは簡単ではありません。娘さんや家族がそばにいて、支えてくれるからこそ成り立つケースが多いのだと思います。

イギリス人の知人たちを見ていても、「帰るタイミング」を逃した人ほど苦労しています。子どもが中学生に上がると同時に帰国する人、孫が生まれるタイミングで戻る人。物価の高いイギリスに戻る選択ができるのは、資産や家族の支えがあるからです。

高齢になり、体力が落ちてから自国へ帰ろうとしても、家族の受け入れも叶わなず、一人で異国に残る選択をせざるを得ない場合の大変さは、想像以上だと思います。

それでも、この土地には、この土地なりの良さがあります。天気のいい日には、バーに行けば誰かがいて、言葉を交わし、笑い合える。たとえ生活が楽でなくても、人の気配と太陽の光が、心を少し軽くしてくれることもあります。

だからこそ思うのです。高齢で異国に移住するのは、身近にサポートしてくれる人がいてこそ、成り立つことなのだと。そうでなければ、斡旋業者などに多額の費用を支払う羽目になることもあります。

やはり慎重になるべきであり、それは制度の問題だけではなく、日々の暮らしの現実として考える必要があります。

若いうちに外の世界を見て、経験を積み、生活の拠点を見つけ、そして老後に暮らす場所を選ぶ。その過程で得た視野や知識は、きっと無駄にはなりません。

一部の例だけを切り取って判断するよりも、それぞれの人生の背景に目を向けてみる。そんな考え方も、一つの大切な視点かもしれません。

散歩の終わり頃、太陽は出ているのに、冷たい風が吹き続けていました。

晴れてはいるけれど、身にしみる寒さ。

そんな一日でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。