お問い合わせは ⇒ shiroimura.cortes☆gmail.com 迄、ご連絡くださいませ。(お手数ですが、☆を@に変更下さいませ)
コルテス村の地図 ⇒ こちら
【村の行事】2026年
祝日2月28日(土) Dia Andalucia、3月6日(金夜)〜8日(日) カーニバル

2026/02/26

2月22日(日) つぼむ花、走るエンジン音

今日は気温がぐんと上がり、風もなく、穏やかな一日になりました。

空は明るく、外に出ないのがもったいないようなお天気です。本当は昼間に散歩へ出たかったのですが、あれこれ用事をしているうちに時間が過ぎ、結局出かけたのは夕方になってからでした。

山の向こうに太陽が隠れ、あたりはすでに日陰。それでも通りには人が多く、誰もがこの暖かさを楽しもうとしている様子が伝わってきます。

崖崩れで閉ざされていた隣村への道も、ようやく通れるようになりました。そのせいか、今日は隣村からも人が遊びに来ています。

村営プールの横にあるホテルの前では、隣村に住むイギリス人とデンマーク人のカップルにばったり会いました。「これから帰るところ」と笑顔で話していましたが、道が開くというだけで、人の動きも気持ちもこんなに軽くなるものなのだと感じます。

昨夜のことも思い出しました。スーパーの帰りに近くのバルへ立ち寄り、顔なじみとビールを飲んだのです。冬の初めは凍えるほど寒かったのに、昨夜は外でもちょうどいい気温。風もなく、本当に心地よい夜でした。

そこにいたのはイギリス人、オランダ人、そしてスペイン人の男性。スペイン人の彼は英語も話しますが、以前は正直なところ少し聞き取りづらく、会話が楽とは言えませんでした。

ところが昨夜は、驚くほどクリアに話すようになっていたのです。聞けば、一緒にいたイギリス人の友人が発音をかなり厳しく指導しているとのこと。いわゆる「クイーンズ・イングリッシュ」で、曖昧な発音はすぐに直されるそうです。そしてその代わりに、スペイン語を教えてもらっているのだとか。

やはり、きちんと教わると変わるものですね。言葉が通じるというのは、こんなにも印象を左右するのだと改めて感じました。横で聞いていた私は、「いいなあ」と少しうらやましくなりました。

そんなことを思い出しながら散歩を続けます。夕方なので、黄色い花はすっかりつぼんでいました。

太陽が当たると大きく花びらを開くのに、日が陰るときちんと閉じるのです。昼間に来れば一面が鮮やかな黄色に染まっているはずなのに、今は静かに眠るような姿。

けれどアーモンドの花は違います。白や淡いピンクの花は、昼も夜も変わらず咲き続けています。同じ花でも、こんなに性質が違うのが面白いものです。

時折バイクが走り抜けていきます。今日はまさにバイク日和。暑すぎず寒すぎず、走るには最高の気候です。エンジン音を聞いていると、自然と昔のことを思い出します。

大学3年と4年、そして社会人になってしばらく、イギリスへ遊学に行くまで、私はバイクに乗っていました。250ccのホンダと、ベスパ50。

北海道ツーリングを終え苫小牧フェリターミナルにて

そのベスパは香港に移り住む前に高校時代の友人に譲りました。売るというより、「大切にしてくれる人に持っていてほしい」という気持ちでした。

スペインの免許は、日本の免許を切り替えたものです。最初は排気量に制限がありましたが、数年後には無制限になりました。手続きのために片道2時間半かけてマラガまで通い、事前に目の検査を受け、大使館で翻訳を用意しました。試験はありませんでしたが、日本の免許証は交換となり、返却はされません。

香港在住時にも免許を切り替えましたが、その際は日本の免許を渡す必要はありませんでした。ただ、実際に車を運転する機会はありませんでした。なぜ免許を取ったのかといえば、ハーレーに乗るグループと知り合い、スポーツスターの購入を考えたことがあったからです。けれどカスタム費や維持費を思うと現実的ではなく、結局断念しました。

スペインに来てからは一度だけ、ロンダのスペイン語学校で知り合ったイギリス系南アフリカ出身の女性のバイクに少し乗らせてもらったことがあります。でも、人のバイクはやはり緊張します。倒したら大変ですから。

そんな昔話を思い出しながら歩いていると、闘牛場の横のバルで友人にばったり会いました。結局また腰を下ろし、ビールを一杯、二杯、三杯。もう一杯と勧められましたが、さすがに断って帰ることにしました。

散歩中はあんなに暖かかったのに、帰り道はひんやりとした空気に変わっていました。それでも今夜は人通りが絶えません。若い人も年配の人も、それぞれのペースで行き交っています。

このまま一気に春になるわけではありません。まだ2月。きっと5月いっぱいまでは寒い日も戻ってくるでしょう。それでも、今日のような日があると、外へ出る足取りも自然と軽くなります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2月21日(土) 青空の土曜日、ビルバオから来た二人と

今日もよく晴れています。

風もなく、空には雲ひとつありません。冬の終わりとは思えないほど穏やかな陽ざしに包まれ、思わず深呼吸したくなる朝でした。

少し遅めの時間に散歩へ出ると、道ばたには黄色い花がきれいに咲いています。

マルハナバチが蜜を吸っています。

花びらを大きく広げ、光をいっぱいに受け止めている姿は、もうすっかり春の装いに見えます。まだ「春が来た」と言い切るには早いのかもしれませんが、景色だけを見れば季節は確実に前へ進んでいるように感じます。

そんな青空の下、午前中はコーヒーを飲みに出かけました。

先日の嵐のとき、村にホリデーハウスを持つビルバオのカップルから、留守中の家の様子を見てほしいと頼まれていました。

嵐が去ったあと、一週間の滞在を兼ねて家の状態を確認しに来ていて、明日には帰る予定とのこと。昨日バルで顔を合わせ、「明日の午前中にコーヒーでも」と約束していたのです。

二人は教師で、一人は高校の先生(現在はリタイアされているそうです)、もう一人は大学で教えているとのこと。私の拙いスペイン語にも、にこにこと耳を傾け、ゆっくりと話してくれました。言葉を選びながら話す私に、急かすことなく付き合ってくれるその優しさが、ありがたく、そして少し申し訳なくもありました。

話題は自然と、嵐のあとの家の様子へ。

その家には煙突が三つあり、そのうち使っていない一つから雨水がぽたぽたと落ちていました。私は大きなバケツを見つけて、その下に置いておいたのです。

ただ、木製の玄関ドアが雨を含んで膨らみ、開け閉めが本当に大変でした。特に鍵を閉めるときは力が必要で、「もう一度開けたら閉められなくなるかもしれない」と思い、バケツの様子を再確認しに行くことはできませんでした。

後で聞くと、水はあと少しで溢れるところまでたまっていたそうです。「置いておいてくれて本当に助かった」と言われ、胸をなでおろしました。

さらにそのドアは、やはり問題を起こしてしまったようです。無理に引いた拍子に取っ手が外れ、鍵の部分も壊れてしまったとか。結局、人を呼んで修理してもらい、なんとか出入りできるようになったそうです。

この地域には建築や改修工事に携わる人が多く、困ったときには誰かが助けてくれる環境があります。そうした支え合いがあることは、心強いものです。

彼らの住むビルバオも雨の多い土地だそうですが、今回の雨の規模には驚いたと言っていました。ビルバオからマラガ空港までは飛行機で約1時間。1日に3、4便あり、ほとんどが満席で、今回もやはり満席だったそうです。

マラガに近づくころ、機内から地上を見下ろすと、あちこちに水が広がっていて、その光景に思わず息をのんだと話してくれました。上空から見てもわかるほど、雨の影響は大きかったのです。

雲ひとつない今日の空からは、あの激しい雨がまるで遠い出来事のように感じられます。それでも、人々の話の中や、家や街のあちこちに、嵐の名残は確かに残っています。

青空の下で飲む一杯のコーヒーは、そんな出来事を静かに振り返る時間でもありました。

穏やかな光の中で、季節は少しずつ次へと進んでいるようです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2月20日(金) 嵐のあと、海辺の町へ急ぐ一日

今日はコスタ・デル・ソルの海沿いの町へ向かいました。ここから車でおよそ1時間半の道のりです。

高速道路に出るまでの山道では、ところどころで倒木が切られ、脇に積まれていました。嵐の爪痕が、まだはっきりと残っています。幹の断面は生々しく、あの風の強さを物語っているようでした。

この山道からは、下に流れる川を見下ろせる場所があります。川岸の高い位置まで泥の跡が残り、「ここまで水が来たのだ」と一目でわかります。

小さな橋を渡るとき、ゆっくり走る車窓からの景色。その川は、夏になれば干上がってしまうこともあるのに、今は茶色く濁った水が勢いよく流れています。まだ山からの水が下り続けているのでしょう。

一緒に行った友人の家族は、内陸のほうに住んでいますが、そこでも山からの水が家の中に入り込んだところが多くあったそうです。今回の雨が、いかに広い範囲に影響を与えたかがわかります。

ふと見ると、ところどころにアーモンドの花が咲いていました。私たちの村では、満開になる前に雨で傷んでしまい、例年のような見事な景色は見られませんでした。

でも、山の向きや日当たりによって開花の時期は微妙に違うようで、道沿いの斜面には、やわらかな白や淡いピンクがまだ残っていました。荒々しい嵐のあとにも、季節は確かに移り変わっているのだと感じます。

そして、高速道路に入る手前の直線区間。ここには速度チェックのカメラが設置され、以前は時速100キロほどで流れていた道が、今は60キロ規制になりました。

日本なら少しくらいオーバーしても大目に見られるのかもしれませんが、ここではそうはいきません。時間には余裕があったので、景色を眺めながらのんびりと進みました。

高速に入って20分ほど走ると、いつものサービスエリアがあります。そこのカフェテリアで朝食をとりました。

月に一度行くかどうかという頻度なのに、ウェイトレスさんは私たちのことを覚えていてくれます。珍しい組み合わせの二人組だからでしょう。

嵐の話をすると、カフェテリアの天井からも相当な雨漏りがあったそうです。さらに地震もあったとか。ただ、私の住む地域ほどの揺れではなかったようでした。

本当は、来週か再来週に行く予定でした。けれど、友人の家の管理会社から一本の連絡が入ります。

「隣の家に水が流れているようだ」と。

嵐の直後だけに、もしかして前回行ったときに窓を閉め忘れただろうかと胸がざわつきました。

さらに、庭の手入れを担当しているガーデナーが鍵を紛失したという知らせも。草刈りの最中にポケットから落としてしまったらしいのです。合鍵を用意する必要もあり、急きょ現地へ向かうことになりました。

家に着き、ガーデナーの方と合流して中を確認しました。窓はきちんと閉まっていて、室内に大きな被害はありません。ただ、問題はテラスでした。テラコッタタイルの継ぎ目が傷んでおり、そこから雨水が染み込み、隣家へ流れた可能性があるとのこと。

以前、コミュニティで修繕するかどうか話し合われた箇所ですが、費用の問題で結局は各自対応になった部分です。正式な連絡が来れば、保険会社に相談することになるでしょう。ひとまず状況確認と鍵の手配を済ませ、簡単に掃除をして家を後にしました。

せっかく海辺まで来たのですから、そのまま帰るのも惜しく、

デパートのEl Corte Inglésに立ち寄りました。場所は華やかな港町Puerto Banús。

高級ヨットが並ぶマリーナ、ブランドショップが続く通り。歩いている人たちもどこか非日常的で、豊かさの匂いが漂っています。

デパートでは春物の洋服を眺め、



最後は食料品売り場へ。以前より減ってしまったアジア食材の棚から、お豆腐ともやし、うどんを購入しました。日本の三倍ほどの値段でしょうか。それでも手に取ってしまいます。



それにしても、この日の天気は見事でした。

あの嵐が嘘のような青空。風もなく、光がやわらかく街を包んでいます。

朝は冬の冷たさだったのに、途中では春のように暖かくなり、海辺では夏の気配すら感じ、帰宅する頃にはまた秋のような空気。そして日が落ちると冬。まるで一日のうちに四季を巡ったようでした。

村に戻ってからはバルへ。最初の店でタパスをつまみ、その後もう一軒。



昼間の陽気とは打って変わって、夜風は冷たく、結局また冬物の上着をしっかり羽織ることになりました。最近はそれほど飲めるわけでもなく、ビールを数杯で切り上げて帰宅。

数日前まで、嵐と水の心配で気持ちが重くなっていたのに、この日はまるで別世界のような穏やかさでした。

自然の厳しさも、陽光のやさしさも、どちらも同じ場所にあるのだと、あらためて感じた一日でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。



2026/02/19

2月19日(木) 古いホテルの前で立ち止まる朝

朝9時、久しぶりに散歩に出ました。

公園の中は一面の緑。けれど昨夜降った雨の名残で、地面はまだぬかるんでいます。足元を確かめながら歩くたびに、湿った土の匂いが立ちのぼりました。

朝はまだ雲が残っていますが、このあと晴れていくという予報です。冷たい風が吹いていて、濡れた大地の水分を含んだ空気が体感温度をぐっと下げていきます。葉っぱや折れた枝があちこちに散らばり、嵐の名残がはっきりと残っていました。

空を見上げると、今日も飛行機雲が筋を作っています。

昨日は特に多く見えましたが、Xにはマラガの方からも似た写真が投稿されていて、同じ空の下にいるのだと少し不思議な気持ちになります。こんなに多いのは珍しい気もしますが、何か理由があるのでしょうか。

公園の一角にある古いホテルの前を通りました。

私がこの村に来た頃は、きれいに手入れされ、バルもにぎわっていました。20数年前、こちらで迎えた最初の大晦日。ここで開かれた華やかなパーティーをよく覚えています。大人たちが思い思いにおしゃれをして、新年を祝っていました。

けれどその後、経営は何度か変わり、結局は長いあいだ手つかずのままでした。ところが去年、売却されたという話を耳にしました。村の所有物だったので売られるとは思っていませんでしたが、真相ははっきりしません。

コロナ前には、イギリス人の実業家が長期契約を求めて村役場と交渉していたとも聞きました。もしあの時に改装してホテルを始めていたら、その後のパンデミックで大変なことになっていたでしょう。そう思うと、物事には巡り合わせがあるのだと感じます。

ここ数日晴れていたせいか、足元の野草が驚くほど高く伸びていました。

アーモンドの花も少し咲いていますが、嵐の影響で花びらはすでに散り、今は緑の葉が出始めています。今年は満開の景色は見られそうにありません。

そんな花を眺めながら写真を撮っていたら、近くで車が止まりました。窓ガラスがすっと下がり、そこにいたのはブライアンでした。

村にホリデーハウスを持っているイギリス人のご夫婦のご主人です。そして奥さんが、つい先日のクリスマスの頃に亡くなったのだと教えてくれました。

奥さんは小柄で明るく、とてもよく話す人でした。二度目の結婚で、子どもたちも含めて賑やかな家庭を築いていました。数年前にアルツハイマーを患い、最後に会ったときは、歩くにも介助が必要な状態でした。それでも私のことを覚えていてくれたのが、今も胸に残っています。

70代前半だったと思います。あの状態が長く続くよりも、本人にとっては安らぎだったのかもしれません。

お二人とは昔、夜11時半から朝方まで開いていたバルで、よく一緒に飲みました。

当時私はそのすぐ近くに住んでいて、酔っても50メートル歩けば家。12時頃に行き、気づけば3時や4時。そんな夜を何度も過ごしました。村の中で顔なじみが集まり、自然と同じ店に吸い寄せられていた頃です。

日本から来ていた若い旅行者の女性が、二人の様子を見て「将来あんな夫婦になれたらいいな」と言っていたのを思い出します。本当に仲の良いご夫婦でした。

こうして一人ずつ、知っている顔がいなくなっていきます。

それは寂しいけれど、避けられない流れでもあります。それでも、最後にまた会えたことが、私にとっては救いでした。

アーモンドの花を見ながら、そんなことを思いました。

散歩の後、隔週の木曜日に開かれるマーケットをのぞきました。まだ全部のお店が出ているわけではありませんでしたが、色鮮やかな野菜が並んでいます。

けれど今日は買わずに、村の八百屋さんで買うことにしました。やっぱり地元のお店を支えたいのです。

その足で郵便局へ行くと、ロンダから車通勤している局員さんの姿がありました。崖崩れの影響で道が閉鎖されていましたが、ようやく通れるようになったのです。工事をしてくださった方々に、心から感謝します。

三週間ぶりに会う局員さんと挨拶を交わし、こうやって日常が少しずつ戻ってくることに安堵しました。

ふと見上げると、朝の雲はいつの間にか薄れ、淡い青空が広がり始めていました。湿った風の冷たさの中にも、確かな光が差しています。季節も、暮らしも、静かに前へ進んでいるのだと感じた朝でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。


2026/02/18

2月18日(水) 飛行機雲の朝、水道水の知らせとカーニバル

朝、空を見上げると、何本もの飛行機雲がゆっくりと流れていました。

あれはきっと空軍機でしょう。静かな青空に、白い線だけが幾重にも残り、不思議な模様を描いていました。

今日は晴れるのかもしれない、そう思っていたのに、夕方になるにつれて空はゆっくりと曇りはじめ、空気も次第に冷えていきました。

せっかくの晴れ間に洗濯を、と思っていた目論見はあえなく外れました。

仕事をひと区切りつけたら散歩に出よう。

そう決めていたのですが、これがなかなか思い通りにいきません。

今しているのは、英語から日本語への翻訳です。訳文を作るだけならソフトウェアの助けもあり、以前よりずっと早く進みます。

けれど、その後のファクトチェックや細かな確認作業に思いのほか時間がかかります。事実関係を一つずつ確かめ、表現を整えていくうちに、気がつけば外はすっかり夜でした。

今日は歩けなかった、と少しがっかり。

明日は朝いちばんに出ようと思います。

夕方7時ごろ、小さな揺れが一度だけありました。

回数が減っているのはありがたいことですが、完全に気にならなくなるには、まだ時間が必要そうです。

嵐が本格化する前のことです。

ビルバオに住む男性カップルが、この村に家を持っています。群発地震が始まる前、すでに激しい雨が降っていた頃に「家を見てきてもらえる?」と電話があり、私も一度だけ様子を見に行きました。

暖炉のあたりから雨水が入り込み、床にぽたぽたと落ちていました。とりあえず大きめのバケツを置いて帰りましたが、あの雨量では到底足りなかったでしょう。

本当はもう一度行って水を捨てたかったのですが、木製のメインドアが湿気で膨張していて、閉めるのにひと苦労しました。

次に開けたら、きっと閉まらなくなる。そう思うと怖くなり、バケツが溢れているかもしれないと気になりながらも、再訪は断念しました。

その二人が先週から来ています。掃除をし、空気を入れ替え、湿気を追い出しているそうです。

金曜日に帰る前、お茶をしようという話になりました。

一人は退職した元教師、もう一人は現役で働いています。元教師の彼は、いつも丁寧で、はっきりとしたスペイン語で話してくれます。電話でも驚くほど理解しやすいのです。

普段かかってくる電話といえば、携帯会社のプロモーションなどで、早口のスペイン語が機関銃のように飛んできます。「わかりません、英語で話してください」と言うと、たいていそこで会話は終わります。

だからこそ、落ち着いて話してくれる彼との会話は、私にとって良い勉強になります。

こういう話し方なら、私のスペイン語も意外と通じるのだと、少し自信も持てました。金曜日のお茶に向けて、話したいことをいくつかメモしておこうと思います。

今日は村から二つ連絡がありました。

最近は村の公式WhatsAppをフォローしているので、通知がすぐに届きます。以前はFacebook中心で、ほとんど見ていなかったため情報を逃しがちでした。外国人グループのWhatsAppもありましたが、ある時期通知が多すぎてやになって抜けました。なのでしばらくは何も情報が入ってこない状態でした。

今は公式アカウントから直接届くので安心です。

一つ目は、カーニバルのお知らせ。

3月6日金曜日の夜から日曜日の夜まで。

「いろいろ大変だったからこそ、みんなで楽しみましょう」

そんな言葉が添えられていました。

3月8日日曜日のプログラム

カーニバルといえば、やはり本場はカディスです。

2025月3月3日カディス

2025月3月3日カディス

月曜日に行こうと誘われましたが、嵐の疲れもあり、今年は見送ることにしました。

去年は、ここからウブリケまで40分ほど運転し、そこから別の人の車に乗せてもらって向かいました。帰宅は午前3時頃。楽しかったけれど、体力は正直でした。

最近の天候や道路状況を思うと、夜の運転はどうしても気が進みません。

結局、今年のスペインの行事は、ほとんどこの村の中で完結しそうです。遠くへ出かけることが、少し億劫になっているのかもしれません。

それでも、カーニバルの知らせを読むと、ほんの少し気持ちが明るくなります。

もう一つは、水道水についての連絡でした。

ようやく、食器や果物、野菜を洗うのには問題ない、とのこと。ただし、料理や飲料水としてはまだ使えません。

今はスーパーにも水のストックがありますが、村からの配給もあります。今は一時的に届いていないそうですが、再開すれば連絡が入るとのこと。

それでも、食器を気兼ねなく洗えるようになるのは本当に嬉しいことです。これまでは洗ったあと、最後にペットボトルの水で濯いでいました。それ以前はサランラップを使い、できるだけ洗い物を出さないように工夫していました。

そんな小さな気遣いから解放されるだけで、心が少し軽くなります。

そう思っていた矢先、またわずかな揺れを感じました。

身体より先に、気持ちが揺れます。

まだ完全には、気が休まりませんね。

夕暮れ

最後までお読みいただきありがとうございました。

2026/02/17

2月17日(火) 閉ざされた道と、パンチ君のぬくもり

午後二時半ごろまでに、体に感じる揺れは一度だけでした。

もしかすると、気づかないほどの小さな揺れはあったのかもしれません。それでも、はっきりガタっと分かったのは一回だけだったことに、ほっとしています。

お天気がずっと悪かったこともあり、しばらく車を動かしていませんでした。バッテリーが上がっていたらどうしよう、と少し緊張しながらキーを回すと、無事にエンジンがかかりました。その音を聞いてホッとしました。

せっかくなので、村の外へ出てみることにしました。ロンダ方面へ向かう道です。

途中の集落では土砂崩れの被害が出ていて、隣村も同じ状況でした。ベナオハンからロンダへ向かう道は復旧した、という情報を見ていたので、こちらからも行けるかもしれないと期待していたのですが、まだ封鎖されたままでした。

引き返しながら、「やっぱりまだか」と思っていたところ、夕方になって村から連絡が入りました。午後に開通したとのこと。ただし、標識に従い、十分注意して走るように、と。

崖崩れはいつ再び起こるかわかりません。道が開いても、完全に元通りではないのだと改めて感じます。

そんな一日の合間に、思いがけず心を和ませてくれたのが、一匹の小さなお猿さんでした。

千葉県市川市で保護・飼育されている「パンチ君」というニホンザルの動画が流れてきたのです。人の手で育てられ、群れへ戻る練習をしている最中だとか。

いつもオランウータンのぬいぐるみを抱えていて、そのぬいぐるみと一緒に眠り、群れの中でも引きずるようにして持ち歩く姿が、なんともいえず愛らしいのです。

アルゴリズムは正直で、一つ見れば次々に関連動画が流れてきます。

そのぬいぐるみはIKEAの商品だそうです。日本のIKEAが寄付をしている写真も流れてきました。

すると、スペインのIKEAでも「パンチ君のママ」として紹介されていました。SNSの広がりは本当に早い。小さな村の出来事も、遠い国の動物園の話題も、あっという間に世界を巡ります。

お母さんは一人だけじゃないよ

動画の中で、パンチ君がぬいぐるみを奪われることはありません。ほかの猿たちも、特別にいじめる様子はないように見えます。

育ての親でもある餌を配る飼育員さんに飛びついて甘える姿を見ると、群れの仲間たちも「少し特別な存在」だと感じているのかもしれない、そんな素人なりの想像をしてしまいます。

猿といえば、ここからそう遠くない場所にもいます。

その場所はコルテス村から車で1時間半ほどに位置するイギリス領のジブラルタルです。

(2013年ジブラルタルのミュージックフェスに行ったときのブログ  https://kookstacortes.blogspot.com/2013/09/blog-post_7.html

スペイン本土には野生の猿はいませんが、ジブラルタルの岩山には「バーバリーマカク」という種類の猿が暮らしています。ニホンザルによく似ているんです。

昔ロープウェイで上へ登ったとき、間近で見かけたことがありますし、メインストリートのショッピング街に降りてくることもあります。かわいい顔をしていますが、野生動物。油断は禁物です。

子どもの頃、子ども会の遠足で猿山に行った記憶もあります。一人の男の子の荷物が取られてしまったので、安全のために外ではなく、結局バスの中でお弁当を食べました。

さらに昔、添乗員として働いていた頃に宮崎を訪れ、猿の多い場所へ行ったような気もしますが、記憶はもう曖昧です。

今日は朝こそ風が強く吹いていましたが、空は澄み渡る青空でした。気温は十九度まで上がり、午前中の強風も午後にはやみました。明日も良い天気の予報です。

嵐と揺れで傷ついた土地が、少しずつ静かに癒えていくようです。

そして、道が開いたように、私たちの気持ちも少しずつ、前へ進んでいけますように。

アーモンドの花

最後までお読みいただきありがとうございました。


2026/02/16

2月16日(月) 谷に、100年眠っていたダムが目を覚ました日

今日は強い風が吹いています。

窓を大きく開け放つには少し強すぎるけれど、ほんの少しだけ開けておくと、家の中にこもった湿気を一気に吹き飛ばしてくれます。

そんな午後、3時前のことでした。

一瞬、グラグラっと揺れたのです。外にいたら、おそらく気づかなかったでしょう。それほど小さな揺れでした。

けれど、連日の大雨のあとです。

まだ地面も、空気も、どこか落ち着かないまま。嵐の影響は、完全には去っていないのだと感じさせる瞬間でした。

今回やってきた低気圧の嵐

「レオナルド」と「マルタ」

山々を打ち続けた雨は、谷を満たし、川を膨らませ、そしてついに、「決して水が溜まらないはずのダム」を満水にしました。

私がここに移り住んでから、一度も水をたたえた姿を見たことがありません。

モンテハケ(Montejaque)ダムです。

いつもは乾いた谷に、巨大なコンクリートの壁だけが立っている。どこか未完成のまま時間が止まったような風景。

それが、溢れんばかりの水を抱えている。

その光景は、美しいというよりも、正直、怖いものです。

「もし決壊したら」

このダムは約100年、実質的に使われてこなかった構造物です。

内部のコンクリートが今どのような状態なのか、長年水圧を受けたことがない壁が、どこまで耐えられるのか。

誰にもはっきりとは分かりませんでした。

水位は堤体の上端まであとわずか。

緊張が走りました。

下流の川沿いに暮らす人たちには、予防的な避難措置がとられました。

静かな村に、アラートと不安が広がる。

歴史の遺物のようだったダムが、突然、現実の脅威になった瞬間でした。

そして、放水

「放水設備は本当に動くのか?」

そんな声も聞こえていました。

けれど最終的に、ダムに備えられていたサイフォン式の放水設備が作動し、水は制御された形で下流へと流されました。

決壊は起きなかった。

避難していた住民も、順次帰宅。今回の放水による被害は出ませんでした。

あの数日間、地域を包んでいた重たい空気が、少しずつほどけていくのを感じました。

安堵。

それがいちばん近い言葉かもしれません。

放水の様子

このダムの、少し皮肉な歴史

このダムは、現在の白い村モンテハケの郊外、コルテス村からは車で30分ほど。グアダレヴィン川の峡谷に建設されました。

計画が始まったのは1920年代。

その後、内戦と独裁のフランコ時代を経て完成します。

目的は、水力発電と灌漑。

当時としては未来を見据えた巨大プロジェクトでした。

しかし完成後、水を貯めてみると、水は地中へと吸い込まれていったのです。

この一帯は石灰岩のカルスト地形。

地下には空洞が広がり、水はそこへ消えてしまう。

結果、ダムは正式に運用されることなく、約100年もの間、「空っぽのまま」谷に立ち続けました。

巨大な失敗作。

あるいは、時代の遺構。

それでも、あの日、皮肉なことに、気候変動がもたらす極端な豪雨が、その「失敗作」を初めて満水にしました。

地下の空洞に流れた雨水が飽和状態になり、ダムに水が溜まったのです。

自然の力が設計の想定を超えた瞬間。

そして同時に、放水という形で、人の手もまた機能しました。

100年間眠っていたダムが、初めて本当に「試された」冬。

何も起こらなかったこと。

それが、どれほど幸運だったか。

谷に立つあのコンクリートの壁を見る目は、もう以前とは少し違っています。

あれは単なる「幽霊ダム」ではなく、歴史と自然と人間の選択が交差した場所なのだと、この冬、私たちは知ったのです。

モンテハケ村の音楽フェス

最後までお読みいただきありがとうございました。


2月15日(日) 太陽の下、久しぶりのタパス

良いお天気になりました。

朝の空にはまだ少し風が残っていましたが、長く続いた雨を吹き飛ばすにはちょうどいいくらいの風です。午後になると、雲ひとつない青空が広がりました。何日ぶりでしょう。ずっと待っていた光です。

雨が続いているあいだ、家の中はすっかり湿気を含んでいました。窓を開けることもできず、風を通すこともできない日々。壁に触れると、ひんやりというより、しっとりを通り越して水の感触です。じわじわと染み込んだ水分が、内側からにじみ出てくるような感覚でした。

特に西側の壁。風雨はずっとその方向から吹きつけていました。カディスの方角から来る風が、まともに当たる造りなのです。家全体ではないものの、その一角だけが湿気を抱え込み、静かに重たくなっていました。自然相手では仕方のないこととはいえ、やはり気になります。

午前中はその壁を拭き、少し掃除をしてから、どうしても外へ出たくなりました。太陽の下に行きたい。そんな気持ちが身体の奥から湧いてきます。

最初に入ったのはハシントのバル。パティオのある店ですが、日差しが当たる席が少なく、なんとなく物足りない。そこで、もう少し日向の多い別のバルへ移動しました。

考えることは皆同じだったようで、店内もテラスも人でいっぱい。それでも早めに行ったおかげで、なんとか席を確保できました。青空の下で食事をし、ビールを二杯。たったそれだけのことが、こんなにも贅沢に感じられます。




その後、近くのバルへコーヒーを飲みに行きました。そこも日当たりのいい場所です。

注文を済ませてから、ふと「ここの水はまだ不安だったのでは」と思い出しましたが、もう遅い。友人も普通に飲んでいます。「まあ、いいか」と、少し笑いながらグラスを手に取りました。きっと大丈夫でしょう。

家に戻ると、再び西側の壁を確認し、軽く拭き掃除の続きをしました。けれど、今日はそれさえもどこか軽やかです。

やはり太陽は偉大です。

光を浴びるだけで、こんなにも気持ちは違う。数日間の重たい空気が、身体の奥から少しずつ抜けていくのを感じました。

青空の一日。
それだけで、十分に幸せな日曜日でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。