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【村の行事】2026年
祝日8月15日(土) 、壁のないフェスティバル 8月14日(金) &15日(土)、夏のフェリア8月20日(木) 〜23日(日)

2026/10/22

10月15日(木) 小さな村の人間関係と、雨を待つ山々

今朝も散歩に出ました。

週末は少し天気が崩れる予報です。昨日までは雲一つない青空が続いていましたが、今日は山の方から少しずつ雲が流れてきています。

頭上にはまだ青空が広がっていますが、遠くの山を見ると白い雲が次々とこちらへ向かってきます。このままコルテス村までやって来るのか、それとも村を避けるように横へ流れていくのか。山に囲まれた場所では、空を見ていてもなかなか先が読めません。

散歩の途中、まずガラス瓶を捨てに行きました。

こちらのガラス回収容器は、日本で見慣れたものとはかなり違います。大きな容器の上の方に投入口があり、そこへ瓶を入れると、そのまま中へ落ちていきます。

投入口は、私が手を伸ばすくらいの高さにあります。瓶を入れた途端、下の方から「ガシャン」と大きな音がしました。

日本では、回収する瓶をなるべく割らないように扱う印象があります。そのため、初めてこの音を聞いた時には少し驚きました。こちらでは瓶をそのまま中へ落として回収するので、どうしても割れてしまうのでしょう。

瓶を捨て、そのまま村営プールの近くにあるホテルの横を通りました。何かの修繕なのか、ペンキ塗りなのか、一人の男性が作業をしていました。

遠目に見て、「あの人だ」と分かりました。

普段なら知っている人を見かければ挨拶をしますが、この時はスマートフォンを見るふりをしながら、そのまま通り過ぎました。

以前、知り合いの女性と付き合っていた男性です。二人が交際していた頃には、一緒に飲みに行ったこともありましたし、別れた後も道で会えば普通に挨拶をしていました。

ある時、彼が外で仕事をしているところを見かけ、写真を撮って送ったことがあります。それがきっかけだったのか、その後、個人的なメッセージが届くようになりました。

内容自体は特別ひどいものではありません。ただ、「¿Cómo estás, guapa?(元気? 美人さん)」といった書き方が、私にはどうにも引っかかりました。

スペイン語の「guapa」は、「可愛い」「きれい」といった意味で、ごく普通の呼びかけとして使われることもあります。名前を知らない女性に「guapa」と声をかけることさえあります。

だから、この言葉そのものが問題なのではありません。

ただ、誰が、どんな関係で、どんな調子で使うかによって、受け取る印象はかなり変わります。私は彼から送られてきた時に、「これはちょっと嫌だな」と感じました。

その後も何度かメッセージが来ましたが、返事はしていません。それ以来、道で見かけても、できれば関わらずに通り過ぎるようになりました。

小さな村に暮らしていると、人との距離は近くなります。

多くの人が私のことを知っていますし、私も村を歩けばたいてい誰かに挨拶します。そのおかげなのか、ここで暮らしていて嫌な思いをすることはほとんどありません。

もっと昔、村の子供たちから、アジア人だからという理由でからかわれるようなことは時々ありました。

ところが、ある頃からそれが急になったのです。

村にはイギリス人の友人家族が何組かいて、その子供たちはここで育ちました。女の子たちがティーンエージャーになる頃には、村の同世代の男の子たちも、彼女たちを意識する年頃になっています。

そして、その女の子たちのお母さんと私が親しい友人だと知られるようになった頃から、私に対するからかいもほとんどなくなりました。

村で築いてきた人間関係が、知らないうちに私を守る防波堤になっていたのかもしれません。

ただ、今でも夏休みなどに村外から子供たちが来ると、たまに同じようなことが起きます。それでも長くは続きません。おそらく誰かが「あの人は誰々の友達だよ」とでも教えるのでしょう。

そんな村なので、私が会いたくないと思う人は本当に数えるほどです。

ほとんどの人とは、道ですれ違えば「Hola」と挨拶をします。もちろん昔からほとんど挨拶をしない人もいますが、そういう人は私に限らず、誰に対しても同じようです。

そんなことを考えながら歩いているうちに、村の外れまで来ました。

雲は少し増えているものの、空気は暖かく、とても過ごしやすい朝です。このくらいの気候がずっと続いてくれればいいのですが、山や畑を見ると、そろそろ雨が必要なのも分かります。

地面はすっかり乾き切っています。

草もほとんど残っていません。馬が草を食べていた場所も、今ではほとんど何も生えておらず、茶色い地面が広がっています。

けれど、この土地では雨が降ると景色が驚くほど早く変わります。茶色かった地面から緑が顔を出し、山の色まで変わっていきます。

そろそろ、そんな景色を見たいものです。

雨が少ないことで気になるのは、植物だけではありません。

9月半ば頃から、山では雄鹿の鳴き声が聞こえるようになりました。鹿の繁殖期です。

夜になると、山の奥から低く太い声が響いてきます。もう一か月ほど続いているので、そろそろ終わりに近づいている頃でしょう。

この時期の雄鹿は、雌をめぐって角を突き合わせて争い、山の中を動き回ります。かなり体力を使う時期です。

これだけ乾燥した状態が長く続けば、鹿にとっても厳しいのではないかと思います。水場が少なくなれば、弱る個体も出てくるかもしれません。

一方で、命を落とした鹿がいれば、それを餌とするハゲタカなどの生き物もいます。厳しい自然の中にも、生き物同士のつながりがあります。

自然は一年ごとにきれいに区切られているわけではありません。鹿が増える年もあれば減る年もあり、それにつれて他の生き物の数も変わっていくのでしょう。

人間から見れば「今年は雨が少ない」「草がない」と心配になりますが、山の自然は、もっと長い時間をかけて変化しているのだと思います。

それでも、やはり雨は降ってほしい。

ただし、乾き切った地面にいきなり豪雨が降るのだけは避けてもらいたいところです。

固く乾燥した地面に一気に大量の雨が降れば、水が染み込む前に表土を流してしまいます。

できれば静かな雨が少しずつ降り続き、乾いた土の中までゆっくり水が届いてほしい。

朝の散歩で山から流れてくる雲を眺めながら、そんなことを考えた一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。