今日は強い風が吹いています。
窓を大きく開け放つには少し強すぎるけれど、ほんの少しだけ開けておくと、家の中にこもった湿気を一気に吹き飛ばしてくれます。
そんな午後、3時前のことでした。
一瞬、グラグラっと揺れたのです。外にいたら、おそらく気づかなかったでしょう。それほど小さな揺れでした。
けれど、連日の大雨のあとです。
まだ地面も、空気も、どこか落ち着かないまま。嵐の影響は、完全には去っていないのだと感じさせる瞬間でした。
今回やってきた低気圧の嵐
「レオナルド」と「マルタ」
山々を打ち続けた雨は、谷を満たし、川を膨らませ、そしてついに、「決して水が溜まらないはずのダム」を満水にしました。
私がここに移り住んでから、一度も水をたたえた姿を見たことがありません。
モンテハケ(Montejaque)ダムです。
いつもは乾いた谷に、巨大なコンクリートの壁だけが立っている。どこか未完成のまま時間が止まったような風景。
それが、溢れんばかりの水を抱えている。
その光景は、美しいというよりも、正直、怖いものです。
「もし決壊したら」
このダムは約100年、実質的に使われてこなかった構造物です。
内部のコンクリートが今どのような状態なのか、長年水圧を受けたことがない壁が、どこまで耐えられるのか。
誰にもはっきりとは分かりませんでした。
水位は堤体の上端まであとわずか。
緊張が走りました。
下流の川沿いに暮らす人たちには、予防的な避難措置がとられました。
静かな村に、アラートと不安が広がる。
歴史の遺物のようだったダムが、突然、現実の脅威になった瞬間でした。
そして、放水
「放水設備は本当に動くのか?」
そんな声も聞こえていました。
けれど最終的に、ダムに備えられていたサイフォン式の放水設備が作動し、水は制御された形で下流へと流されました。
決壊は起きなかった。
避難していた住民も、順次帰宅。今回の放水による被害は出ませんでした。
あの数日間、地域を包んでいた重たい空気が、少しずつほどけていくのを感じました。
安堵。
それがいちばん近い言葉かもしれません。
このダムの、少し皮肉な歴史
このダムは、現在の白い村モンテハケの郊外、コルテス村からは車で30分ほど。グアダレヴィン川の峡谷に建設されました。
計画が始まったのは1920年代。
その後、内戦と独裁のフランコ時代を経て完成します。
目的は、水力発電と灌漑。
当時としては未来を見据えた巨大プロジェクトでした。
しかし完成後、水を貯めてみると、水は地中へと吸い込まれていったのです。
この一帯は石灰岩のカルスト地形。
地下には空洞が広がり、水はそこへ消えてしまう。
結果、ダムは正式に運用されることなく、約100年もの間、「空っぽのまま」谷に立ち続けました。
巨大な失敗作。
あるいは、時代の遺構。
それでも、あの日、皮肉なことに、気候変動がもたらす極端な豪雨が、その「失敗作」を初めて満水にしました。
地下の空洞に流れた雨水が飽和状態になり、ダムに水が溜まったのです。
自然の力が設計の想定を超えた瞬間。
そして同時に、放水という形で、人の手もまた機能しました。
100年間眠っていたダムが、初めて本当に「試された」冬。
何も起こらなかったこと。
それが、どれほど幸運だったか。
谷に立つあのコンクリートの壁を見る目は、もう以前とは少し違っています。
あれは単なる「幽霊ダム」ではなく、歴史と自然と人間の選択が交差した場所なのだと、この冬、私たちは知ったのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
