この日は朝からレッスンが二つ入っていました。その合間に翻訳の仕事も進め、午前中は仕事中心に過ごしました。
仕事が一段落したところで、近くにある友人の家を見に行きました。友人はイギリス人家族で、長い間この村にホリデーハウスがあり、私は家の鍵を預かっています。
以前、嵐のあとに別の人が一度確認に行き、特に問題はなかったそうです。その後は見に行っていませんでしたが、この日、友人から様子を見てほしいと連絡がありました。
家に着くと、郵便物が何通も届いていました。請求書や支払いに関する通知のようでしたが、勝手に開けるわけにはいきません。とりあえず写真を撮り、「こんな手紙が届いているよ」と友人に送りました。
すぐに返事が来れば、その場で開封しようと思っていましたが、なかなか連絡がありません。随分たってから、「開けて中を確認してほしい」と返事が来たので、翌日にまた家に行って封を開けることにしました。
家の確認を終えたあとは、フランス対セネガルの試合を見るため、村の店へ向かいました。いつも一緒に観戦する親しい友人たちは来ていませんでしたが、店にいたのは普段から顔を合わせる村の人たちです。一人で来ても居心地の悪さはありませんでした。
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| 写真撮るのを忘れたのでChatGPTに作ってもらったイメージ画像 |
試合を見ながら、ヨーロッパに住む友人ともインスタのメッセージでやり取りをしました。離れた場所にいても、同じ試合を見ながら感想を送り合えるのは楽しいものです。
この日はセネガルを応援していました。けれども、残念ながらセネガルは負けてしまいました。
私がセネガルに親近感を持っているのは、長年の友人にセネガル人の男性がいるからです。名前はママドゥーといいます。日本人の奥さんとは香港にいた頃からの知り合いで、二人の結婚式にも出席しました。
セネガル人の知り合いは多くありませんが、ママドゥーを通じてセネガルの音楽に触れ、ドラムを教えてもらったこともあります。そのため、私にとってセネガルは、まったく縁のない遠い国ではありません。
試合に出ている選手たちを見ていると、どこかママドゥーに似ているような気がしてきました。
「みんなママドゥーの親戚みたい」
そんなことを思いながら見ていたので、敗戦が決まった時には、すっかりがっかりしてしまいました。
試合中、もう一つ気になったことがありました。セネガルの監督は白いシャツを着た、なかなか格好のよい人だったのですが、画面にはほとんど映りません。それに対して、フランスの監督は何度も映し出されます。
もちろん、試合の流れや放送側の判断もあるのでしょう。それでも、もう少し両チームを同じように映してくれてもよいのではないかと思いました。応援している側からすると、選手だけでなく、ベンチや監督の様子も見たいものです。
そんなことを考えながら、ビールを二本飲み、ほろ酔いで家に帰りました。
サッカーは家でも見られます。一人で小さな画面を眺めるのも、それはそれで気楽です。けれども、大きな画面を村の人たちと囲み、同じ場面で声を上げたり、ため息をついたりする時間には、また違った楽しさがあります。
応援していたセネガルは負けてしまいましたが、皆で試合を見る夜は、やはり楽しいものでした。
