8月が終わりました。
振り返ってみると、今年の8月はずいぶん長かったような気がします。
暑さに耐えながらプールに通い、友人たちが次々と村へ帰ってきて、祭りが始まれば昼も夜も外へ出る。
フェリアが終わると、今度は一人、また一人と友人たちが帰っていきました。
途中、朝晩が急に冷え込んで、もう秋が来たのかと思った夜もありました。でも、それで夏が終わったわけではありません。その後は再び35度ほどまで気温が上がり、暑い日が戻ってきました。
夏と秋の間を行ったり来たりしながら、少しずつ季節が動いていった8月でした。
月の前半は、とにかく暑い毎日でした。
昼間に外へ出る気にはなれず、ゴミを捨てに行くのも日が傾いてから。午後になると村営プールへ行き、冷たい水に入ってようやく生き返る、そんな日が続きました。
村の子供たちや10代の若者たちは、本当に夏を楽しんでいます。
スペインの夏休みは長く、約3か月。しかも日本のような夏休みの宿題もありません。プールへ行けば友達がいて、一日中泳いだり、寝転んだり、おしゃべりしたりしています。
女の子たちの水着も大胆で、若いというのはいいものだなあと眺めながら、私は私で静かに水に浸かっていました。
田舎では、都会ほど子供の習い事の選択肢はありません。その点を考えると、成長するにつれて物足りなさを感じる子もいるでしょう。
それでも10歳くらいまでの子供を育てるには、こんなに恵まれた場所も少ないのではないかと思います。
外へ出れば誰かがいる。子供だけで歩いていても誰かが知っている。大人も同じで、一人暮らしをしていても、家から一歩出れば誰かと話します。
これは都会ではなかなか得られない、村暮らしの良さです。
8月になると、普段は村を離れて暮らしている人たちも帰ってきます。
私の友人たちも、マドリードやセビリアなどから次々と戻ってきました。
ローラとも約3か月ぶりに再会しました。
AVEと代替バスを乗り継いでロンダまで来て、そこから一日一本の村行きのバス。都会からこの村へ帰ってくるだけでも、ちょっとした旅です。
それからはプールへ行ったり、バルへ行ったり、友人宅で食事をしたり。
ある時は、老後はマドリードにあるピソに姉妹や友人たち5人で住み、若い世代に面倒を見てもらおう、などと勝手な計画を立てて大笑いしました。
もちろん冗談です。
でも、年齢を重ねてくると、こんな冗談にも少しだけ現実味が混ざってくるのがおかしいところです。
友人との会話から、昔のことを思い出す日もありました。
友人のケンブリッジ出身の友人と話しているうちに、かつてイギリスで暮らしていた頃のシェアハウスや、家を交換して旅をする「ハウススワッピング」の記憶が蘇りました。
また、パラグアイへ移住したいという人の話を聞いて、大学時代に青年海外協力隊を受けたことまで思い出しました。あの時、赴任先として提示されていたのがパラグアイでした。
今とはまったく違う場所で、違う未来を思い描いていた自分がいました。
過去というものは、普段はどこかにしまわれています。それが誰かとの何気ない会話をきっかけに、急に目の前へ戻ってくることがあります。
そんな「記憶」と向き合う時間は、別の形でも続いています。
友人カルメンの祖父が、スペイン内戦後に亡命先のメキシコから家族へ送った1940年代の手紙を、少しずつデジタル化しています。
手書きのスペイン語を読み取り、文字に起こし、現代のスペイン語に直し、英語や日本語へ翻訳していく作業です。
ネイティブのスペイン人でも読めない文字や、今では使われない言い回しもあります。
AIの助けを借りながら、一文字ずつ確認していきます。
80年以上前に、一人の人間が家族を思って書いた言葉です。
紙の上に残された文字を読み解いていると、単なる翻訳作業とは少し違う、神聖な時間のように感じることがあります。
8月12日には日食もありました。
空を見上げたり、80年前の手紙を読んだり、数日前の出来事をブログに書いたり。
考えてみれば、この夏は随分いろいろな「時間」を行ったり来たりしていました。
そして8月後半、村は一年で最も賑やかな時期を迎えました。
フェリア(夏祭り)です。
その少し前から、村には仮設のバーやステージが現れ、夜になると大音量の音楽が流れ始めます。
まるで村全体がクラブになったようでした。
そして始まったのが、バキージャです。
村のメインストリートを柵で囲み、そこへ小型の牛を放します。
昔は何頭も一度に放されましたが、今は一頭だけです。
近くのウブリケでは以前、同じような行事で死亡事故が起き、その後開催されなくなったため、今年はこちらへ来た人も多かったようです。
通りは人でいっぱいになりました。
伝統行事として見れば面白いし、村の人たちが楽しみにしているのも分かります。
その一方で、出番を待つ牛が狭い場所に入れられ、周囲の大きな音や歓声に囲まれている姿を見ると、やはり「かわいそうだな」とも思います。
スペインに長く暮らしていても、何でもスペイン人と同じように感じるわけではありません。
好きなものもあれば、理解はできても好きにはなれないものもあります。
それでいいのだと思っています。
フェリアが本格的に始まると、そんなことを考えている暇もないほど村は賑やかになりました。
昼からバルで飲み、パエリアが振る舞われ、ケバブやベイクドポテトの屋台が並びます。
フラメンカ姿の女性たちが歩き、馬に乗った人たちもやって来ます。
バキージャが終わると、女性たちは一度家へ帰り、食事をしてシャワーを浴び、きれいに支度をして、午後4時頃から再び外へ出てきます。
フラメンコの衣装は、本当にスペイン人女性によく似合います。
くびれた腰と丸みのあるお尻があってこその服です。
寸胴の日本人に着物が似合うように、フラメンコの衣装はスペイン人の体形によく似合う。
私が着るとちんどん屋になるので着ません。
夜になればライブが始まり、さらに人が増えます。
そんな夜、知らないスペイン人から突然、「YouTubeを見ているよ」と声をかけられたこともありました。
これは嬉しかったです。
インターネットに向かって一人で動画を作っていると、誰が見ているのか分かりません。
それが突然、村の通りで現実の人間になって現れます。
不思議なものです。
ただ、楽しい祭りの中でも考えることはあります。
会場にパレスチナの旗が掲げられているのを見た時には、少し戸惑いました。
どの立場を支持するかとは別に、みんなが飲んだり音楽を楽しんだりする場所に政治的な主張を持ち込む必要があるのだろうか。
友人たちともそんな話をしました。
祭りは祭りとして、ただ楽しく飲んでいられる場所であってほしい。
私はそう感じます。
楽しいことばかりだったわけでもありません。
8月は車の故障にも振り回されました。
修理屋さんで説明を聞いても、車の専門用語をスペイン語で並べられると、私にはよく分かりません。
そこで修理屋さんとの会話を録音し、AIの「チャッピー」に聞かせて、日本語に訳しながら一つずつ説明してもらいました。
ギアボックス、タイミングベルト、ドライブシャフトブーツ。
日本語で聞いてもよく分からないものばかりですが、少なくとも何が壊れていて、何を直そうとしているのかは把握できます。
便利な時代になったものです。
また、海へ出かけた日には雨が降りましたが、その分暑すぎることもなく、きれいな海で泳ぐことができました。
海を眺めているうちに、約10年前に虹の橋へ行ってしまった愛犬と過ごした夏の記憶が蘇ってきました。
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| 2015年夏 |
楽しい記憶というものは、時間が経てば消えるわけではありません。
むしろ、何でもない景色や匂いをきっかけに突然戻ってきます。
フェリアが終わった8月24日頃、季節が一気に動いたように感じた日がありました。
朝は涼しく、夜になると半袖では寒いほどで、カーディガンやジャケットが欲しくなりました。
つい数日前まで40度近い暑さだったのに、温かい料理が食べたくなります。
友人宅で出してもらった温かい料理を食べた時には、「もう夏が終わるのかな」と思いました。
ところが、アンダルシアの夏はそう簡単には終わりません。
その後は再び気温が上がり、35度ほどになる暑い日も戻ってきました。
一度感じた秋の気配が引っ込み、また夏へ逆戻りしたようです。
それでも、人の動きは確実に夏の終わりへ向かっていました。
フェリアが終わると、バルも少し休みに入ります。
夏の間この村に戻っていた人たちも帰り始めました。
ローラもマドリードへ戻りました。
8月29日には、闘技場横のバルで彼女の送別をしました。
人が増える時も一気なら、いなくなる時も一気です。
気温だけを見ればまだ夏なのに、村の景色は少しずつ普段の姿へ戻っていきます。
翌30日は村営プールの最終日でした。
まだ暑い日は続くのに、プールは終わります。
でも監視員として働いている若者の多くは学生です。大学のある町へ戻らなければなりません。
そう考えると、暑いからといっていつまでも開けておくわけにはいかないのでしょう。
最後の日、一人でプールへ行きました。
冷たい水に入りながら、気温とは関係なく、この村の夏は一つ区切りを迎えたのだと思いました。
そして8月最後の日、今度は村を離れてペットシッティングへ向かいました。
車がないので友人に迎えに来てもらい、大型犬の世話を始めました。
8月上旬に行った別のペットシッティングでは、犬が足を痛めていて、こちらも腰が痛い状態でした。
犬の心配をしながら、自分の腰の心配もするという、何とも言えない状況です。
そして8月最終日から始まったペットシッティングでは、初日から部屋に大きなアシナガバチまで現れました。
天井近くの電球の周りを飛び回り、最後は熱で落ちてきたところを何とか処理しました。
旅先ならちょっとした事件ですが、自分の家にいれば起きなかったことです。
最近は、旅行そのものより、旅行へ行くために荷物をまとめたり、移動したりすることの方が面倒になってきました。
昔なら「どこかへ行きたい」と思っていたのに、今は「家が一番」と思うことが増えています。
これは年齢のせいでしょう。
でも、それを悪いことだとは思いません。
若い頃と同じものを好きでいる必要もないでしょう。
外へ出たい時には出る。
友人と飲みたい時には飲む。
山を歩きたければ歩く。
そして疲れたら、自分の家へ戻る。
8月は、村中が熱狂する祭りを楽しみ、たくさんの友人と会い、昔の記憶を思い出し、その一方で車の故障や身体の痛みにも悩まされた一か月でした。
賑やかなものを楽しむ自分もいれば、静かな家へ帰りたい自分もいます。
どちらか一方ではなく、どちらも今の私なのでしょう。
一度は秋が来たかと思うほど冷え込んだのに、また35度の暑さが戻る。
それでもプールは閉まり、友人たちは帰り、賑やかだった村は少しずつ静かになっていきます。
季節というものは、ある日突然切り替わるわけではないようです。
夏に戻ったり、秋を感じたりしながら、少しずつ次の季節へ向かっていくのでしょう。
今年の8月も、終わりました。




