今日は風が少し強い一日でしたが、昼間はよく晴れて、思いのほか暖かくなりました。春が近づいているのを感じさせるような穏やかな陽気です。
けれど、この村では太陽が山の向こうへ隠れると、空気が一気に変わります。山の影がそのまま村全体に広がり、それと同時に気温もすっと下がっていきます。ついさっきまでの春のような暖かさが消え、まるで季節が一歩戻ったかのように感じられるのです。
今日は午後、友人の家へ行ってきました。
村から車で少し離れた場所にある家で、道幅は車がぎりぎり二台すれ違えるくらい。周囲には畑や野原が広がり、いかにもアンダルシアらしい風景が続いています。
近いうちに彼女が数日間旅行に出ることになり、その間、私が犬の世話をすることになりました。いわゆるペットシッターです。
これまでにも何度か泊まりに行ったことのある家なので、大体のことは分かっています。それでも田舎の家というのは、細かな決まり事や注意点が多いものです。念のため、もう一度一緒に確認しておこうと思い、訪ねてきました。
その友人の名前はカルメン。
イギリスで育った人ですが、お母さんがスペイン人で、スペイン語も上手に話します。ただ本人の感覚としては、英語とまったく同じレベルというわけではなく、完全に同等なバイリンガルとは少し違う、そんな立ち位置のようです。
犬の世話の話がひと段落すると、自然と別の話題へ移りました。
彼女がいま取り組んでいるのは、お祖父さまが残した手紙の整理です。
お祖父さまはスペイン内戦の時代にさまざまな苦難を経験し、国外へ逃れるような出来事もあったそうです。その時代に書かれた大量の手紙が残されており、カルメンはそれを一通ずつ読み、文字に起こし、英語に翻訳する作業を続けています。
すでに四年ほど取り組んでいるそうですが、とにかく量が多い。昔の人は本当によく手紙を書いたものだと、あらためて感じます。
その話を聞きながら、私も以前、日本で荷物を整理したときのことを思い出しました。
古い手紙がまとまって出てきて、「こんなにやり取りしていたのか」と驚いた記憶があります。普段は忘れている時間が、紙の束と一緒に残っているのだと、そのとき初めて実感しました。
けれど、カルメンのお祖父さまの手紙は、それよりもはるかに多く、まさに山のように残っているのです。
問題は、それがすべて手書きだということでした。
古い筆跡を読み取り、それを打ち込み、さらに翻訳する。想像するだけでも気の遠くなるような作業です。
そこで私は、最近のAIを使ってみたらどうかと提案しました。
彼女のMacで作業中のファイルを見せてもらうと、操作にはあまり慣れていない様子でした。
AirDropの使い方も知らなかったので、まずはそこから説明します。私は眼鏡を持っていかなかったため画面が少し見えにくく、彼女はマウスを使わずトラックパッドだけで操作しているので、なかなか思うように進みません。
それでも何とかファイルを送ってもらい、AIで翻訳してみました。
すると、あっという間に英語訳が表示されました。
カルメンはかなり驚いていました。
さらに別の手紙では、薄くて読みにくい筆跡の中に船の名前が書かれていたのですが、それがどうしても判読できなかったそうです。そこでその手紙を写真に撮り、同じようにAIに読み込ませてみました。
すると文字がきちんと読み取られ、船の名前まで特定されました。しかも、その船がどのような船だったのか、歴史的背景まで説明が出てきたのです。
「すごい……」
彼女は本当に驚いた様子でした。
ただ翻訳するだけではなく、分からないことを質問すれば、背景や歴史まで教えてくれる。そんな使い方もできると伝えると、強い関心を示していました。
無料でも使えるけれど、これだけ資料があるならサブスクを利用した方が良いかもしれない、という話にもなりました。
帰宅してから、私はAIで整理した内容をGoogleドキュメントにまとめ、リンクをWhatsAppで送っておきました。
するとカルメンから、
「私のこの四年間は一体なんだったの?」
というメッセージが届きました。
これまで彼女は、手紙を読み、タイプし、翻訳し、そのすべてを手作業で積み重ねてきたのです。そう思うのも無理はありません。
けれど考えてみれば、ここまで技術が進んだのは本当にここ一年ほどのことです。翻訳の精度も、手書き文字の読み取りも、急速に進化しました。少し前までは難しかったことが、今では驚くほど簡単にできてしまいます。
もちろん、誰にも知られたくない資料であれば、手作業で進めるしかありません。ですが、今回のように歴史的価値のある手紙であれば、できるだけ早く整理し、形として残していくことにも意味があるように思えました。
そんなことを考えていると、あらためて自分の手紙のことが思い出されます。
私は以前、日本でかなりの手紙を整理しました。実家もほぼなくなり、保管する場所も限られていたためです。大きな段ボール二箱に収まる分だけ思い出を残し、それ以外は一通ずつ読みながら手放していきました。
手紙を読み返すと、その時の自分の生活がふっとよみがえります。
「ああ、この人とこんなやり取りをしていたのか」と、思いがけず記憶がつながることもありました。
今では、メッセージは一瞬で届きます。
とても便利な時代ですが、手紙のやり取りにはまた別の時間の流れがありました。文字を書き、封筒に入れ、何日もかけて相手に届く。その間に、相手のことを思い、想像する時間がありました。
そんな時代も、確かに存在していたのです。
今日は、ワンちゃんのお世話の打ち合わせから始まり、古い手紙と新しいテクノロジーの話へと広がった一日でした。
山の影が落ちる静かな村で、過去と現在が少しだけ交差したような、そんな時間でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
