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【村の行事】2026年
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2026/04/21

4月14日(火) 青空の朝、母を思い出す散歩道

朝9時半前に外へ出ると、久しぶりにほぼ雲のない青空が広がっていました。日差しがあるなら歩いているうちに暖かくなるだろうと思い、少し薄着で出たのですが、予想に反して空気はひんやりとしていて、思わず肩をすくめてしまいました。

ここ数日は気温が低めで、日中でも18度ほどの日が続いています。けれど、天気予報を見ると、この肌寒さもどうやら今日までのようです。明日からは20度を超える日が続くらしく、春を通り越して一気に初夏の気配が強まっていきそうです。

今朝は風もあったので、散歩には伊達眼鏡をかけて出ました。この季節になると毎年使い始めるのですが、今年は少し早めです。

というのも、私はオリーブの花粉に反応するので、いつもは5月に入ると目に違和感が出てきます。ところが今年は、すでに少し目がちかちかしていて、いつもより早くその季節が来たのかなと感じています。

秋から冬にかけて雨が多かったせいで、今年は花が一斉に咲くのではないか、花粉症の人にはつらい春になるのではないか、という話をよく耳にします。

このあたりは、春がゆっくり長く続くというより、短い期間に一気に草木が勢いづく印象があります。その分、花粉もまとめて飛びやすいのかもしれません。

私の場合は主にオリーブですが、枯れ草の細かなものが光を受けてきらきらと空気中を舞うと、それにも反応してしまいます。

ちょうど今も、あちこちから草刈り機の音が聞こえてきます。まだ少し早いような気もしますが、草が伸び切ってしまう前に一度刈っておく方が管理しやすいのでしょう。刈られた草は、湿気があるうちはまだよいのですが、乾いてくると細かなものが空気中を舞い始めます。

昨日まで滞在していたペットシッティング先の近所でも、週末に草刈りが行われていました。平日は皆さん仕事があるので、そうした作業は週末にまとめてするのでしょう。

せっかくの田舎の静けさの中で、鳥の声を聞きながらのんびりコーヒーでも飲みたいと思っていたのですが、外はずっと機械音が響いていて、結局家の中で過ごす時間が多くなりました。自然に囲まれた場所にも、暮らしの現実がきちんとあるのだと、そんな当たり前のことを改めて感じます。

散歩道の脇には、小さな花がいくつも咲いていました。中には、日が差すと花びらを開き、夕方になると閉じるのではなく、花びらが後ろへ反るように形を変えるものもあります。

花が眠るようにも見えるその動きが面白く、つい足を止めて見入ってしまいました。別の黄色い花は、こちらは素直に花びらを閉じるタイプのようで、同じ道端でも、それぞれ違う時間の過ごし方をしているのが興味深いです。

空を見上げると、ハゲワシが一羽、ゆっくり飛んでいきました。群れで来るのかと思ってしばらく待ってみたのですが、続きはありませんでした。それでも、久しぶりの朝の散歩はやはり気持ちがよく、鳥のさえずりに耳を澄ませながら歩く時間は、それだけで十分に満ち足りたものでした。

そんな穏やかな朝とは対照的に、昨夜はYouTubeで京都のある事件を扱った動画を見ていました。考察系の内容なので、どこまでが事実なのかは分かりませんが、そこで語られていた複雑な家族関係を聞いているうちに、昔の記憶がふいによみがえってきました。

私がまだ15歳くらいの頃、母の友人が娘さん夫婦と一緒に車で旅行をしていて、近くまで来たということで、我が家に遊びにきたことがありました。

娘さんの配偶者は婿養子でした。細身で背が高く、当時の私の目にも印象に残る、なかなかのイケメンだったのを覚えています。母の友人はお婿さんをとても気に入っていたようでした。

その後、母がぽつりとその家の事情を話してくれたことがあります。当時の私はまだ子どもで、その意味を深く理解できませんでしたが、大人になってから思い返すと、家を継ぐこと、土地を守ること、そして家族それぞれの思惑が絡み合うことの重さが、少し分かる気がします。

その家には長男がいたものの、東京で暮らし、そのまま地元へ戻らなかったそうです。しかも、長男のお嫁さんとはあまり折り合いがよくなかったらしく、結果として娘夫婦が家に入り、婿養子という形で家を支えることになったのだと聞きました。

母は当時、「長男がいるのに、婿養子はやめたほうがいいのに」と言っていました。そのときは意味がよく分かりませんでしたが、今なら、家の継承には感情だけでは済まない難しさがあるのだろうと思います。

その婿養子の話は、親戚の一人が後押ししたらしいとも聞きました。結婚そのものは本人同士の意思で決まるとしても、その後に成人の養子縁組をするとなれば、当然、娘さんの両親の同意が必要になります。つまり、誰かが知らないうちにそうなったというより、周囲も含めて納得の上で進んだ話だったのでしょう。

最初は古い家に住んでいたそうですが、その後、敷地内に立派な新しい家を建て同居していたようです。そしてその数年後にお母さんが亡くなり、お父さんと娘さん夫婦と一緒に暮らしていたのです。

そしてしばらくすると、長男家族が田舎へ戻り、古い家に住み始めました。

その後、お父さんが亡くなり、さらに数年後には、なんと娘さんが50代で病気のため亡くなったのです。

そうなると、大きく新しい家には婿養子の男性とその子供が住み、長男家族が古くて小さい家に住む、という状態になりました。

その後どうなったのかは分かりません。もう母もいないので、その家のことが耳に入ってくることもなくなりました。

今回の事件の報道を見て少し違和感があったのは、婿養子というのは、奥さんのご両親と養子縁組をするということですから、「知らなかった」という形では進みにくいのではないか、と思ったことです。

もちろん外からは分からない事情もあるのでしょうが、少なくとも当初は、皆が納得した上で進められ、さらにそれを後押しした人もいたのではないか、そんな気がしました。

スペインでも、田舎に行けば土地や家の相続をめぐる話は少なくありません。こちらでは兄弟姉妹が多い家庭も珍しくなく、土地を分けるだけでも大変だと聞きます。

売るにしても全員の合意が必要だったり、昔の土地の境界や登記が曖昧だったりして、なかなかすんなりとは進まないようです。

国は違っても、家や土地をめぐる問題が人の感情と深く結びつくのは同じなのかもしれません。

そんなことをあれこれ考えながら歩いているうちに、この日は母のことを思い出しながら、スペインの田舎の朝の散歩を楽しみました。

澄んだ空の下を歩きながら、遠い昔の記憶がふとよみがえる。そんな時間もまた、今の暮らしの一部なのだと感じます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。