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【村の行事】2026年
祝日2月28日(土) Dia Andalucia、3月6日(金夜)〜8日(日) カーニバル

2026/03/21

3月14日(土) アンダルシアの闘牛文化と、少し距離を置く私の気持ち

昨日はよく晴れていたのですが、今日は朝から空がどんよりと曇っています。なんとなく重たい空気の一日です。天気予報では今夜は雨になるかもしれないとのこと。そして明日は、また少し晴れ間が戻りそうです。

夕方、少し外に出てみました。寒いだろうと思って厚着をして出たのですが、歩いているうちにだんだん暑くなってしまいました。どうやら着込みすぎたようです。

外へ出た理由は、村で闘牛が行われる日だったからです。午後5時半から始まる予定になっていました。特に見に行くつもりはなかったのですが、どんな様子なのか少しだけ見てみようと思い、闘牛場の近くまで歩いてみました。

途中、闘牛士の姿を見かけました。

昨日から、アンダルシアのテレビ局Canal Surの中継車が来ており、今日は中継が行われるようです。

闘牛場の裏手には、鎧のような装備をつけた馬の姿も見えました。闘牛では、騎馬闘牛士が馬に乗り、槍で牛と対峙する場面もあります。その馬たちが会場に連れてこられていたのです。

歩いている途中、ばったり友人に会いました。すでに出来上がっていて、少し呂律が回っていない様子でしたが、「チケットがあるからあげるよ」と声をかけてくれました。入場料は15ユーロです。

ありがたい申し出でしたが、丁寧にお断りしました。

闘牛場では最初に、闘牛士たちが並び、主催者や村長に挨拶をするセレモニーがあります。その場面だけは少し見てみたい気もしたのですが、そのためだけにチケットをもらうのは気が引けました。それなら、本当に見たい人に使ってもらった方がいいと思ったのです。

それに正直なところ、私は闘牛を最後まで見ることができません。

この村の闘牛場はそれほど大きくないため、牛が苦しむ声がはっきりと聞こえてしまうのです。

実は、ずいぶん昔に何度か闘牛を見に行ったことがあります。当時は、闘牛というものをよく知りませんでした。赤い布をひらひらと操りながら、闘牛士が美しく牛と向き合う、そんなパフォーマンスのようなものだと、漠然と思っていたのです。

中継から

しかし実際には、最後には牛を仕留めることになります。それを初めて目にしたとき、「ああ、これは無理だ」と感じました。

通常、闘牛では3人の闘牛士が登場し、それぞれが2頭ずつの牛と対峙します。つまり、1回の闘牛で6頭の牛が使われます。牛たちは専用のトラックで運ばれてきますが、互いに接触しないよう、一頭ずつ仕切られています。

闘牛用の牛は特別に飼育されています。牧場は頑丈な鉄の柵で囲まれていることが多く、以前ドライブの途中でそうした場所を見かけたときは驚きました。「もしかして闘牛の牛がいるのでは」と思い、慌ててその場を離れたことを覚えています。

闘牛の牛は、できるだけ人間と接触しないように広大な土地で育てられるそうです。餌を与えるときも、人が直接近づくのではなく、トラックで運び、さっと置いて去る。そうして人に慣れないようにするのだといいます。

牛はとても賢い動物なので、人間に慣れてしまってはいけないのだそうです。

そして、およそ4年ほど放牧で育てられた後、闘牛場へと連れて行かれます。

そこに出された瞬間、周囲360度を観客に囲まれることになります。人々の歓声に包まれるその光景は、まるで古代ローマのグラディエーターの世界のようにも感じられます。

この村では、特に夏祭りのときに行われる闘牛が大きなイベントになります。その日は観客席も華やかで、女性たちはフラメンコの衣装をまとい、色鮮やかなドレスで会場を訪れます。村の女性たちが美しく着飾って集まる様子は、とても印象的です。

そして牛が倒れた瞬間、会場には大きな歓声が上がります。

私はその場面を見ることができず、思わず横を向いていました。ふと周りを見ると、美しく着飾った女性たちが笑顔で、食い入るようにその様子を見つめながら拍手をしています。

その光景を見たとき、「ああ、やはり文化が違うのだな」と強く感じたことを覚えています。

村の友人にその話をしたことがあります。彼自身も闘牛が特別好きというわけではないそうですが、子どものころ、祖父に連れられて夏祭りの闘牛を見に行った思い出があるのだそうです。だから今でも、その記憶の延長として闘牛を見に行くことがある、と話していました。

闘牛では、闘牛士がいかに素早く、牛を苦しめずに仕留めるかが重要だと言われます。その出来栄えによって観客は拍手を送ったり、時にはブーイングをしたりします。審判役である村長が評価を示すと、闘牛士には牛の耳や尾が「賞」として与えられます。

繰り返しになりますが、歓声に包まれるその様子は、まさにグラディエーターの世界を思わせ、ちょっとゾッとします。

夕方、家のバルコニーから闘牛場の方を眺めてみました。観客席には多くの人が集まり、馬を連れてくる人の姿も見えます。ただ、距離があるため音は聞こえません。

空は相変わらず曇ったままです。

せっかくのイベントですから、天気がもってくれるといいのですが、雨で足元が滑れば、牛にも人にも危険が及びます。

闘牛については、さまざまな意見があります。

この土地に根付いた長い文化のひとつであることは確かです。それでも私は、複雑な気持ちを抱きながら、少し距離を置いて眺めています。

そして最後に、ほんの少しだけテレビをつけて中継を見てみました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。