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【村の行事】2026年
祝日4月3日(金) Viernes Sano、3月29日(日)〜4月5日(日) セマナサンタ

2026/05/06

4月29日(水) フォークを噛んで気づいた、海外暮らしと歯の大切さ

朝から雨が降り、また冬に戻ったような一日でした。さすがにガスストーブをつけるほどではありませんが、机の近くには電気ストーブを置き、足元を温めながら過ごしました。

もう4月も終わり、あと少しで5月です。それなのに、こんなに肌寒い日が続くと、季節の感覚が少し狂ってしまいます。

スペイン、とくにアンダルシアというと、明るい太陽や乾いた空気を思い浮かべる人が多いかもしれません。たしかに、夏になれば容赦なく暑くなります。けれど、その前の「爽やかな春」は、意外と短いのです。

そして寒い、寒いと言っているうちに、ある日突然、夏のような暑さがやってきます。春らしい穏やかな日ももちろんありますが、それは長く続くというより、合間に少しだけ顔を出すような印象です。

そんな天気だったので、この日はほとんど家にこもって仕事をしていました。特に大きな出来事もなく、一日が終わるはずでした。

ところが、夕食中に少しヒヤッとすることがありました。

この日の夕飯は、鶏むね肉を薄く切ったものです。こちらの肉屋さんでは、鶏むね肉を買うときに「フィレテにしてください」とお願いすると、横から薄く切ってくれます。

機械で均一にスライスするわけではなく、お店の人が手で切ってくれるので、日本の薄切り肉ほど薄いわけではありません。それでも、普通のむね肉よりは火が通りやすく、味もなじみやすいので便利です。

それに下味をつけておいたものを焼き、ナイフとフォークで食べていました。

ところが、YouTubeを見ながら少しぼんやりしていたせいでしょう。フォークに刺した肉を食べようとした瞬間、思いきりフォークごと前歯で噛んでしまいました。

「痛っ」と思った次の瞬間、かなり焦りました。

歯が折れたり欠けたりしたら大変です。海外暮らしで何が怖いかといえば、病気やけがもそうですが、歯のトラブルもなかなか厄介です。

幸い、そのときは大事には至りませんでしたが、しばらく前歯の感覚が気になって仕方ありませんでした。

ちょうど先日、英会話レッスンの生徒さんでもあり友人のKさんと、歯の話をしたばかりでした。

その方は、なんと虫歯が一本もないそうです。すごいことです。世の中には、とくに念入りに歯磨きをしているように見えなくても、なぜか虫歯にならない人がいます。私の元夫もそうでした。丹念に歯を磨くわけでもないのに虫歯は一本もなく、歯医者にほとんど縁のない人だったのです。

一方で、私はそういうタイプではありません。だからこそ、歯のことになると少し敏感になります。

その友人と話していたとき、「スペインでは歯の予防はどうしているのですか」と聞かれました。

日本では、定期検診やクリーニングに行く人も多いですし、歯医者は身近な存在だと思います。けれど、スペインでは少し事情が違います。

もちろん、歯のクリーニングに行く人はいます。プライベートの医療保険に入っていれば、クリーニングが含まれている場合もあるようです。ただ、公的医療だけで歯の治療を広くまかなうという感覚は、あまりありません。

スペインの公的医療は、基本的に費用の負担が少なく、病院にかかる際にはありがたい制度です。ただし、待ち時間が長いことも多く、すぐに診てもらえるとは限りません。

そして歯科に関しては、私の理解ではかなり限られています。以前、顎の調子がおかしくなったときに一度診てもらい、レントゲンを撮ってもらったことはありました。けれど、一般的な虫歯の治療や詰め物の処置などは、基本的に自費で歯医者へ行くことになります。

公的医療で費用がかからないのは、主に抜歯だと聞いたことがあります。

そのためか、こちらでは若い人でも歯が抜けたままになっている人を見かけることがあります。もちろん、都会ではきれいに手入れしている人も多いですし、人によってかなり差があります。

ただ、歯を治すにはお金がかかるため、経済的な事情で後回しにせざるを得ない人もいるのだと思います。

私が以前、こちらで歯医者に行ったのは、もう4、5年前でしょうか。日本で入れていた詰め物が、こちらでよく売られているグミのようなお菓子を食べていたときに、ぽこっと取れてしまったのです。

そのときは歯医者に行って詰め直してもらいました。1回で処置は終わりましたが、たしか50ユーロほどだったと思います。今の為替で日本円に換算すると、なかなかの金額です。

一本直すだけでそれくらいかかると思うと、気軽に「ちょっと診てもらおう」とはなりにくいかもしれません。

クリーニングも、おそらく一回50ユーロくらいを見ておけばいいのではないかと思います。半年に一度なら年間100ユーロ。やろうと思えばできる金額ではありますが、毎日の生活の中で優先順位が下がってしまう人も多いのでしょう。

私も一度こちらでクリーニングを受けたことがありますが、少し荒い印象がありました。歯をきれいにするつもりで行って、逆に歯に負担がかかるのではないかと感じてしまい、それ以来あまり積極的には行っていません。

そのため、日本に帰ったときに歯医者で診てもらうことが多くなりました。保険なしで診てもらったこともありますが、それでもクリーニングや簡単なチェックなら、スペインと比べるとずいぶん安く感じました。日本の歯科医療は、改めて考えるとかなり身近で利用しやすいのだと思います。

スペインで暮らしていると、歯に限らず、「医療はどこで受けるのがよいか」という話を耳にすることがあります。

お金を貯めてインプラントをする人もいますし、大きな治療なら国外へ行く人もいます。先日会ったイギリス人は、イスタンブールで歯を治したと言っていました。

スペインから見れば、トルコは距離もそう遠くなく、費用も抑えられるようです。歯科治療だけでなく、植毛や美容整形でトルコへ行く人もいると聞きます。

その人の話では、現地の病院には包帯を巻いた人や、治療を受けたばかりの人がたくさんいて、まるで野戦病院のようだったそうです。もちろん少し大げさに言っていたのかもしれませんが、それだけ医療目的で訪れる人が多いということでしょう。

昔は、歯の治療といえばタイへ行くという話もよく聞きました。インドで治療を受ける人の話もあります。けれど、スペインに住んでいる人にとっては、距離や交通の便を考えると、イスタンブールが現実的なのかもしれません。

日本にいると、歯を治すために海外へ行くという発想はあまりないかもしれません。けれど、ヨーロッパでは国境を越えることが比較的身近です。治療費が安い場所、腕がよいと言われる場所を目指して、人が移動するのは珍しいことではありません。

夕食中にフォークを噛んでしまっただけの小さな出来事でしたが、そこから改めて、海外暮らしの中での歯の大切さを考えてしまいました。

虫歯がない人をうらやましく思いつつ、私はせめて今ある歯を大事にしなければなりません。

スペインの雨が窓を濡らす寒い夜、前歯の感覚を確かめながら、しばらくは硬いものに気をつけようと思ったのでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/05/05

4月28日(火) バックアップ日和に考える、言葉と暮らし

この日は、まるで冬が戻ってきたような空模様でした。空はどんよりと曇り、気温も上がらず、外に出ても春らしい軽やかさがあまり感じられません。もう4月も終わりに近づき、すぐそこまで5月が来ているというのに、なかなか「春本番」と思える日が続かないのは、少し残念です。

朝は英語のレッスンが一つありました。生徒さんというか友人ですが、英語で書いた短い文章を送ってくれていたので、それを一緒に確認していきます。

文法としては間違っていなくても、「実際にネイティブがそう言うかどうか」は、また別の問題です。昔なら、バルでイギリス人の友人に聞いたりしていましたが、今は便利なもので、まずはChatGPTに確認することもあります。

もちろん、それが100パーセント正しいとは限りません。ですから、気になる表現があれば、後日あらためてイギリス人の友人などに聞いてみることもあります。それでも、「文法的には合っているけれど、この言い方はあまり自然ではありません」といった指摘をしてくれるのは、やはり助かります。

英語を教えていると、よく思うことがあります。私たちは日本語のネイティブなので、外国語として日本語を話す人の言葉を聞くと、「とても上手だけれど、ここだけ少し不自然だな」と感じることがあります。逆に、その感覚こそが、外国語を学ぶ側にはなかなか見えにくい部分なのだと思います。

たとえば、YouTubeなどで日本語を流暢に話す外国の方を見かけることがあります。アメリカ人や韓国人の方が、日本語で自然に説明している動画を見ると、最初は「どうしてこんなに自然なのだろう」と驚きます。

気になってその人の過去の動画をたどっていくと、子どものころから日本で暮らしていた、あるいは小学校や中学校を日本で過ごしていた、という話に行き着くことがあります。そこでようやく「ああ、なるほど」と納得します。

韓国の方でも、最初に見たときは日本人だと思ってしまうほど自然な日本語を話す方がいます。よく聞いてみると、やはり小さいころに日本で生活していた時期があるようです。テレビで見かける韓国出身の評論家の方にも、幼少期を日本で過ごした人がいますが、やはり言葉の自然さには、そうした背景が大きく関係しているのでしょう。

私自身、英語を本格的に学び始めたのは24歳、イギリスへ行ったときです。ですから、子どものころからその言語に触れてきた人とは、どうしても感覚の部分で違いがあります。

文法としては正しくても、ネイティブはあまり使わない表現というものがあります。昔、ある単語を使ったら、イギリス人の友人に大笑いされたことがありました。「それ、私のおばあちゃんが使う単語だよ」と言われたのです。

本で学んだ言葉と、実際に日常で使われる言葉は違います。意味は通じても、古く聞こえたり、硬すぎたり、不自然に感じられたりすることがあります。そのあたりの感覚は、やはり実際に生活の中で触れていないと、なかなか身につきません。

言語を学ぶうえで、子どものころの環境は大きいと思います。たとえば、お母さんが日本人で、お父さんが英語圏の人だとします。もし英語圏で暮らしているなら、家庭の中で日本語をどう保っていくかは、お母さんの努力に大きく左右されます。

子どもは面倒くさがりますし、成長するにつれて日本語を話すのを嫌がることもあります。それでも、家庭の中で日本語を使い続けることが大切です。小さい子どもにとっては、「これは日本語」「これは英語」という意識はあまりありません。ただ、お母さんと話すときはこの言葉、お父さんと話すときはこの言葉、というように自然に使い分けていきます。

今ならYouTubeもあります。英語を身につけさせたいなら、英語圏の子ども番組やアニメを、英語だけで見せるという方法もあります。このとき大事なのは、「これは英語の勉強だ」と強く意識させすぎないことだと思います。ただ、その言葉の世界に自然に触れさせるのです。

以前、親戚の5歳くらいの男の子が家に来たことがありました。その子がテレビを見たがったので、スペイン語に吹き替えられたアニメを見せたことがあります。もちろん、その子はスペイン語などまったく分かりません。それでも、画面に釘付けになって見ていました。

子どもは、それでいいのだと思います。言葉が分からなくても、映像や声の調子、場面の流れで何となく見続けることができます。そうしているうちに、少しずつ音や表現に慣れていくのでしょう。

ただし、外国語を伸ばすには、まず母語の力をしっかり育てることも大切です。母語の力を超えて第二言語が伸びていくわけではありません。もし第二言語のほうが強くなれば、そちらが生活の中心の言語になっていきます。

本当の意味でのバイリンガルは、ふたつの言語を追いかけながら育てていくようなものだと思います。どちらか一方が大きく上に伸びるというより、互いに支え合いながら少しずつ上がっていく。もちろん、バイリンガルにもいろいろな形があります。片方が主で、もう片方が少し下にある人もいれば、どちらも自在に使いこなす人もいます。

そんなことを、レッスンではいろいろと話しました。英語の勉強から始まった話が、いつの間にか言語の育ち方や、子どものころの環境の話にまで広がっていったのです。

その後は、翻訳の仕事が入っていなかったので、これはいい機会だと思い、ずっと後回しにしていたパソコンのバックアップを取ることにしました。

バックアップは大切だと分かっていても、時間がかかるので、つい後回しにしてしまいます。この日は思い切って始めたのですが、やはりかなり時間がかかりました。それでも、終わってみると少し安心します。

バックアップを取ったついでに、ソフトウェアのアップデートも済ませました。これも、ずっと気になっていたことの一つです。

ただ、ここでアップデートをするときは、いつも少し緊張します。というのも、スペインの田舎では突然停電することがあるからです。停電になると、当然インターネットも切れます。アップデートの途中で電気やネットが切れたら、いったいどうなるのだろうと、毎回ひやひやします。

最近は比較的安定していますが、調子の悪いときは、本当に電気がプツプツと切れることがあります。長時間の停電というより、一瞬だけ電気が落ちるような感じです。それでも、パソコン作業中にはかなり怖いものがあります。

この日は幸い、停電もなく、無事にアップデートまで終えることができました。外の天気は相変わらず冬に戻ったようでしたが、気になっていた作業を一つ片づけられたことで、気持ちは少し軽くなりました。


最後までお読みいただ、きありがとうございました。

2026/05/04

4月27日(月) 草刈りの春と、ジブラルタルの国境話

朝9時ごろに外へ出ると、空気がとても気持ちよく感じられました。気温は13度ほどと表示されていましたが、体感ではもう少し暖かく、17度くらいあるようにも思えます。太陽の光はやわらかく、風は少し冷たくて、歩くにはちょうどよい朝でした。

いつものように公園を通ると、ついこの間まで青々としていた草がすっかり刈られていました。緑に覆われていた地面は、一気に土色が目立つようになり、少し寂しい景色です。

もちろん、これも必要な作業なのだと思います。春の草は、放っておくとあっという間に伸びてしまいます。茎が太くなれば刈るのも大変ですし、このあたりでは乾燥が進むと火事の危険もあります。早めに草を刈っておくのは、安全のためなのでしょう。

それでも、雨のあとに一面が緑に染まっていた時期を思うと、もう少しだけ眺めていたかった気もします。スペイン南部の春は美しいのですが、その美しさは長くは続きません。雨が少なくなるにつれて、緑の色も少しずつ薄くなっていきます。

公園の草刈りが終わると、次は私がいつも散歩している道沿いの草も刈られるのかもしれません。道端の花も、少し前まできれいに咲いていたものが、もうずいぶん落ちていました。春が深まるというより、少しずつ初夏へ向かっているのを感じます。

そんな朝の散歩中に、ふと思い出したのが、昨日予定されていた犬のイベントのことでした。

このあたりには、ペロ・デ・アグア・エスパニョールという犬種で有名なブリーダーがいます。スペインのウォータードッグで、巻き毛のような毛並みが特徴の犬です。

以前、裕福な人がヘリコプターで子犬を引き取りに来て、そのまま飛び立っていったという話を聞いたことがあります。それほど有名なブリーダーなのでしょう。

その犬種に関するイベントがあると知り、ポスターも見かけていたので楽しみにしていたのですが、当日になってポスターの上に「延期」と書かれた紙が貼られていました。少し残念でしたが、こればかりは仕方ありません。

この犬種の話をするとき、私はいつもオバマ元大統領の犬を思い出します。オバマ家が迎えた犬はポルトガル原産のウォータードッグだったと思いますが、見た目や名前が少し似ているので、つい混同してしまいます。

スペインの犬はペロ・デ・アグア・エスパニョール、ポルトガルの犬はポルトギーズ・ウォーター・ドッグ。どちらも水辺で働いてきた犬の仲間ですが、犬種としては別のものです。分かっているつもりでも、何度も間違えそうになります。

散歩を続けていると、冷たい風が頬に当たりました。太陽の光は暖かいのですが、風があるおかげで暑くなりすぎません。これで風が止まると、日差しがじりじりと強く感じられ、歩きながら上着を一枚ずつ脱ぎたくなるのですが、この日はその必要もありませんでした。

午後は少し仕事をしたあと、電球を買いに出かけました。数日前にも買いに行こうとしたのですが、そのときは店が閉まっていて買えなかったのです。

切れた電球を持って行き、店員さんに「これと同じものが欲しいです」と伝えました。すると、「あっちにありますよ」とだけ言われました。もちろん売り場がどこにあるかは分かっているのですが、私が知りたかったのは、同じ型の電球がどれなのかということです。

しかも、その日に限ってリーディンググラスを持っていませんでした。仕方なく、持参した古い電球の小さな文字を目を細めながら確認し、売り場の電球と見比べました。

かなり苦労しましたが、どうにか一つ買うことができました。本当は二つ欲しかったのですが、まずは試しに一つだけにしておきました。

電球には、白っぽい光のものと、暖かみのある少し黄色っぽい光のものがあります。こちらでは、暖色系のやわらかい照明が好まれることが多い気がします。いわゆる間接照明のような、落ち着いた明かりです。

ただ、私はあの暗さが少し苦手です。西洋の人たちは間接照明を好む人が多いように感じますが、私の目にはどうにも暗すぎます。

以前、元夫と暮らしていたときも、家の中が暗くて内心かなり不満でした。相手にとっては明るすぎる照明がつらいようで、結局こちらが我慢することになりました。

今は自分好みの明るさにできます。明るい電気を遠慮なくつけられるというのは、意外と大きな自由です。

その後、闘牛場の横にあるいつものバルへ行きました。

しばらくすると村の知り合いがやってきて、二人で話していたのですが、そのうちに別の二人も加わり、女性四人で井戸端会議のようなおしゃべりになりました。

彼女たち三人は、おそらく子どものころからずっと一緒に過ごしてきた仲なのだと思います。

一人は小学校の先生、もう一人はアンダルシア州の公務員、そしてもう一人は詳しくは分かりませんが、週に一度ジブラルタルへ行く仕事をしているそうです。

今週の水曜日は行かないと言っていました。理由は、イギリスの祝日だからだそうです。ジブラルタルはイギリス領なので、スペインにいながらも、こういうところで国境の存在を感じます。

ジブラルタルとスペインの関係がぎくしゃくすると、国境の通過が厳しくなることがあります。その話をすると、「今は全然大丈夫」と言っていました。

スペイン人は身分証明書で行き来できますが、私は日本のパスポートなので少し事情が違います。

短期観光であれば日本のパスポートはビザ不要のようですが、ジブラルタルは英国領であり、スペインとの国境事情も変わることがあります。実際に行く前には、念のため最新情報を確認しておいたほうがよさそうです。

2020年1月ジブラルタル空港

月曜日でしたが、結局ビールを2本飲み、楽しい夜になりました。暑くも寒くもなく、でも少し冬の気配も残るような空気。空には今にも雨が降りそうな雲が広がっていましたが、バルのテラスで過ごすにはちょうどよい夜でした。

草が刈られて少し寂しくなった朝の景色から、電球選び、そしてジブラルタルの国境の話まで、なんでもない一日の中に、いろいろな話が詰まっていました。

スペインの田舎暮らしは、特別なことがなくても、誰かと少し話すだけで一日がふっと豊かになります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/05/03

4月26日(日) 何もしない日曜日、スペインの村で

この日は昼食に誘われたのですが、結局行きませんでした。せっかくの日曜日ですし、誰かと会って楽しく過ごすのも悪くありません。

けれど、前日の夜に少し遅くまで起きていたこともあり、朝はゆっくりめの始まりでした。そのうえ、遅めの朝食をしっかり食べてしまったので、昼になってもあまりお腹が空いていなかったのです。

外は曇り空でした。春のアンダルシアらしい明るさはあるものの、空全体に薄い雲がかかっていて、気分もどこかぼんやりします。

昨日までに少し動き回っていた反動もあったのか、この日は何かをきちんと進める気力がなかなか出てきませんでした。

本当は、仕事も少し進めたかったですし、家のことも片づけたいと思っていました。けれど、気づけば何気なくゲームを始め、そのまま止まらなくなっていました。

横では、YouTubeの動画をラジオ代わりに流していました。特に集中して見るわけでもなく、ただ音だけが部屋に流れているような感じです。

ゲームをしながら、なんとなく耳に入ってくる声を聞いている。生産的とはまったく言えませんが、この日はそういう時間を求めていたのかもしれません。

頭を空っぽにしたかったのだと思います。

スペインにいると、日曜日は特に時間の流れがゆっくりになります。バルとキオスク、つまりタバコやビール、駄菓子などを売っている小さな店以外は閉まっているので、村全体もどこか静かです。

家族や友人と昼食をとり、昼からワインやビールを飲みながら長い午後を過ごす人も少なくありません。友人からも「バルに行こう」と誘われましたが、この日は外で飲む気分にはなれませんでした。

行けばきっと楽しい時間になったと思います。けれど、昼から飲んでしまうと、私の場合はその日がそこで終わってしまいます。何かをする気力もなくなり、夕方にはただだらだらと過ごすだけになってしまうのが目に見えていました。

せっかく誘ってもらったのに少し申し訳ない気持ちもありましたが、無理に出かけるよりは、家でぼんやり過ごすほうが今の自分には合っている気がしました。

午後になると、朝の曇り空が少しずつ晴れていきました。日差しが戻り、外は暖かくなっていきます。春らしい穏やかな日曜日になったのに、私はほとんど外へ出ることもなく、写真もほとんど撮りませんでした。

ブログを書くようになってから、日々の出来事を少し意識して見るようになりました。空の色、村の様子、バルでの会話、食べたもの。そうした小さな出来事が、あとから文章になることもあります。

でも、何もない日もあります。

いや、正確には何もないわけではなく、「何もしなかった」という一日があるのだと思います。どこにも行かず、誰とも会わず、頭を使うことも避けて、ただ時間を流す。そんな日も、暮らしの一部です。

スペインで暮らしていると、頑張りすぎないことの大切さを時々思い出します。もちろん、やるべきことはありますし、仕事も生活も待ってはくれません。

それでも、日曜日の村の静けさの中にいると、「今日はこれでいいのかもしれない」と思える瞬間があります。

何かをした日だけが、記録に残す価値のある日ではありません。何もしなかった日にも、その日の空気や、その時の心の状態があります。

写真はほとんどありませんが、こんな日もあっていいのだと思います。明日からまた、新しい一週間が始まります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/05/02

4月25日(土) 夕暮れのバルと、変わっていく人付き合い

この日は少し仕事をしました。時間にして4時間半ほどだったでしょうか。本当は、あと1時間も続ければ区切りのよいところまで終わりそうだったのですが、夕方になって友人から連絡が入りました。

「バルに行かない?」

正直なところ、仕事を終わらせたい気持ちはありました。それでも、こういう誘いを毎回断るのもどうかと思い、付き合いのつもりで出かけることにしました。

前日から天気はどんよりしていました。

雨も降り、この日も空には雲が残っていて、夕方に出かけるころも、どこか冬に戻ったような空気でした。バルの外に座ったときも、最初は少し肌寒く感じるほどです。

ところが、しばらくすると雲の切れ間から太陽が顔を出しました。

春の夕方の光は、真上から降り注ぐ夏の光とは違います。日が傾き、斜めから差し込んでくるため、白い壁に反射して、目を開けているのがつらいほど眩しくなります。

曇っていると思ってサングラスを持ってこなかったのですが、こういうときのスペインの光を甘く見てはいけません。特にアンダルシアの白い村では、壁に跳ね返る光まで強く、目に刺さるように感じることがあります。

そんな光の中でしばらく過ごしていると、顔見知りのカップルがやってきました。彼らは週末だけ営業するローストチキンの店に行くと言います。こちらでは、週末に鶏を丸ごと焼いて売る小さな店があり、家で食事を用意する代わりに、そこで買って帰る人も多いです。

ただ、彼らが向かおうとしていた時間は、まだ少し早すぎました。

「まだ早いよ」と言うと、彼らも「散歩がてら見てくる」と出かけていきました。しばらくして戻ってくると、やはりまだ開いていなかったようで、電話番号だけ持って帰ってきました。

こういう店では、電話で予約しておくのが一番確実です。何時ごろに取りに来てください、と言われるので、その時間に合わせて行けばよいのです。早めに行けば買えることもあるようですが、その「早め」が夜の8時ごろだったりします。

日本の感覚では、夜8時はもう夕食の時間というより、少し遅いくらいかもしれません。けれどスペインでは、夕食はだいたい夜9時ごろからです。ですから、夜8時に店が開くというのは、こちらでは少し早めの営業なんです。

夜9時前

日が長い季節なら、それでもまだ外は明るいので違和感は少ないのですが、冬のように日が短い時期には、「もう少し早く開けてくれてもいいのに」と思うことがあります。とはいえ、これも食文化の違いです。スペインで暮らしていると、食事の時間ひとつにも、その土地のリズムがあることを感じます。

そのローストチキンの時間まで、みんなはバルで過ごすつもりのようでした。私は帰りにスーパーへ寄ろうかとも思っていました。土曜日は開いていますが、日曜日は基本的に店が閉まります。スペインの地方では、日曜日に買い物をしようと思っても、スーパーも個人商店も閉まっていることが多いのです。

けれど、ビールを2本飲んだところで、なんだか急に疲れてしまいました。家にはまだ食べるものもありますし、無理に買い物をしなくてもよいかと思い、スーパーには寄らずに帰ることにしました。結局、みんなより先に席を立ちました。

最近、バルに行っても、以前ほど心から楽しめないことが増えたように感じます。昔は、みんなの会話を聞いているだけでも楽しく、何でもない話でケラケラ笑っていました。言葉の問題ではなく、もっと感覚的に気が合う人たちと一緒にいたからかもしれません。

気が合う人と出かけると、何をしていても楽しいものです。特別な場所に行かなくても、ただバルで飲んでいるだけで時間があっという間に過ぎていきます。以前は「バルに行こう」「行こう、行こう」という軽いノリがありました。

けれど最近は、誘われても「付き合いだから行こうか」という気持ちのほうが先に立つことがあります。もちろん、声をかけてもらえるのはありがたいことです。それでも、以前のようなワクワク感が少なくなっているのも正直なところです。

年齢のせいなのか、生活のリズムが変わったからなのか。いろいろ理由はあると思いますが、確実に言えるのは、昔仲の良かった人たちがそれぞれ母国へ戻ってしまい、今は気軽に会えなくなっているということです。

人と会うことが楽しい日もあれば、少し疲れてしまう日もあります。スペインの村暮らしは人との距離が近い分、そうした気持ちの変化も、よりはっきり感じるのかもしれません。

家に戻ってからは、少しだけのつもりでゲームをしました。ところが、気づけばまた遅い時間まで起きてしまいました。

私は夜12時を過ぎたあとの時間が、なぜかとても好きです。静かで、誰にも邪魔されず、これから何かを始めたくなるような不思議な高揚感があります。けれど、そこで何かを始めてしまうと、あっという間に2時間ほど過ぎてしまいます。

やはり、夜11時になったら寝る準備を始める。そしてベッドに入る。これを徹底しなければいけないと思いました。

春の夕方の眩しい光、バルでの何気ない会話、スペインらしい遅い夕食時間。そして、自分の中にある少しの疲れと夜更かしの癖。

特別な出来事があった一日ではありませんが、こうした小さな感覚の積み重ねこそ、旅先や異国で暮らす日々の記憶として残っていくのだと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/05/01

4月24日(金) 雨の金曜日、村のバルでよみがえる旅の記憶

昼過ぎ、2時少し前だったでしょうか。

友人から「タパスを食べに行かない?」と連絡が入りました。本当はその日は仕事を進めるつもりだったのですが、「まあ、土曜日にやればいいか」と思い、出かけることにしました。

というのも、その友人には以前から渡したいものがあったのです。誕生日のときにプレゼントを用意していたのですが、注文していたAmazonの荷物が間に合わず、結局その日は何も持っていけませんでした。

選んでいたのは、ビーチなどで使える大きめのサロンです。ちょっとしたものではありますが、柄が可愛くて、これはいいなと思って買っておいたものでした。その後なかなか会う機会がなかったので、今日こそ渡しておこうと思い、プレゼントを持って出かけました。

ところが、いざタパスを食べに行こうとすると、最近は気軽に入れる店が少なくなっていることに改めて気づきます。以前よく行っていたバルの一つは、オーナーが手術をしたとかで休業中です。このまま閉まってしまわないといいのですが。

あちらこちら考えた末に、結局、プールの横にあるホテルのバルへ行くことになりました。ただ、タパスとして頼めるものは冷たいものだけです。その他はアラカルトメニューか、日替わりランチでした。

私は「エンサラディージャ・ルサ(ロシア風サラダ)」を頼みました。日本でいうポテトサラダに少し似た料理で、スペインのバルではよく見かける一品です。

友人はバーガーのようなものを注文していたので、私は自分のサラダを食べながら、友人の皿に添えられていたチップスを少しもらい、ビールを飲みました。

とはいえ、最近はもうあまり飲めなくなりました。たぶんこの日も2杯ほどだったと思います。以前ならもう少し飲めたのかもしれませんが、今は2杯でも十分です。

その後、場所を変えて、ガソリンスタンドの横にあるバルへ行きました。そこで頼んだのは、コーヒーにベイリーズを入れたものです。

正確にはベイリーズそのものではなく、似たような少し安いリキュールだったかもしれません。それでも甘くて、コーヒーとよく合います。

ただ、昼からのビールに続いて甘いお酒入りのコーヒーを飲んだせいか、少し酔いが回ってきました。友人の車が大きくて座り心地がよかったので、しばらく車の中で横になって休ませてもらいました。まるで飛行機の座席に座っているような感じで、妙に落ち着くのです。

少し休んで外へ出ようとしたら、車の鍵がかかっていました。最近の車は何でも電動なので、中から簡単に出られないような気がして、一瞬あせりました。友人に電話して「開けて」と声をかけ、無事に外へ出ました。

そのころには、空模様がすっかり変わっていました。

さっきまで見えていた山や谷の景色が、濃い雲に覆われて、ほとんど見えなくなっていたのです。このあたりでは、天気がいいと遠くの山並みまできれいに見渡せるのですが、その日は視界が一気に閉ざされたようでした。

やがて雨が降り始めました。しかも、思っていたよりもしっかりとした雨です。途中からは雨脚も強くなり、昼間の明るい雰囲気が急に冷え込んだように感じられました。

雨宿りをするように、バルには少しずつ人が集まってきました。その中に、知り合いのギリス人のスティーブンがいました。この村に家を持っていて、時々こちらへ遊びに来ます。今回はイギリスの友人に村を見せていということで一緒に来たそうです。

話しているうちに「イギリスに遊びに来たのはいつだったっけ」と聞かれ、思い返してみると2017年でした。もうそんなに前のことだったのかと、自分でも少し驚きました。

2017年イギリスのパブにて

場所はイングランド南部の、とても美しいところでした。スティーブンはそこで結構大きなB&Bを運営していたのです。

2017年夏

当時、村の友人がそこでベッドメイキングの仕事をしていて、「遊びにおいでよ」と誘われたのがきっかけで、遊びに行ったのです。

2017年イギリスの可愛いお家

そのとき、ちょうど少し変わったセミナーが開かれていて、私はその様子をビデオで撮る手伝いを頼まれました。

内容は、世の中の出来事を疑ってかかる、いわゆる陰謀論者のような人たちの集まりで、聞いている分には面白いのですが、どこか不思議な世界でもありました。

いちばん印象に残っているのは、最後のほうで「地球は平らだ」といった話まで出てきたことです。さすがにそれには驚きました。

何でも疑うという姿勢は分からなくもありませんが、そこまで行くと、もう私には別世界の話のように感じられました。

そんな昔の話を、スペインの村のバルで、雨の音を聞きながら思い出しているのも不思議なものです。旅の記憶というのは、普段は忘れていても、誰かの一言で急に鮮やかによみがえることがあります。

しばらくすると、さらに人が増え、バルの中はにぎやかになってきました。ただ、雨のせいで気温もぐっと下がり、少し前まで夏のようだった空気が、今度は冬に戻ったように冷たく感じられました。

もうビールはいいかな、と思いました。寒さもあり、少し疲れも出てきたので、「そろそろ帰る」と言って、友人に家の近くまで送ってもらいました。

家に戻ってからは、あっという間に時間が過ぎていきました。少し休むつもりが、気づけば夜中です。結局、寝たのは2時ごろ、もしかすると2時を過ぎていたかもしれません。

いつも「12時には寝よう」と思っているのですが、夜中になると逆に目が覚めてしまい、そこからだらだらと時間を使ってしまいます。早く寝たほうがいいと分かっていても、なかなか徹底できません。

こうして金曜日は、軽くタパスを食べに行くつもりが、プレゼントを渡し、村のバルをはしごし、雨に降られ、懐かしいイギリスの記憶までよみがえる一日になりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/30

4月23日(木) 春の散歩と、バルで聞いた5000キロの旅

朝9時半ごろ、散歩に出ました。空には大きな雲ではなく、細かくちぎれたような雲が広がっていました。日差しはあるものの、まだ朝の空気には涼しさが残っています。

この日は、かなり薄着で出かけました。ただし上には厚手のジャケットを羽織っています。歩き始めればすぐ暑くなるのは分かっているのですが、日陰に入るとまだひんやりします。春のアンダルシアでは、この服装の調整がなかなか難しいのです。

村にはキャンピングカーを停める専用スペースがあります。そこ以外には停められないのです。今日は5台ほど、春から初夏にかけて、このあたりを旅する人が少しずつ増えていきます。

側にはキャンプ場のような場所もあります。バーベキューができたり、学生さんの団体が泊まることが多いです。そこを通りかかると、音楽が大きく流れていました。見ると、友人のアロンソがペンキ塗りの仕事をしていました。

「おいで」と声をかけられ、久しぶりに中へ入らせてもらいました。

ここに入るのは、本当に何年ぶりでしょうか。20年ほど前、アルゼンチン人の知り合いたちに「誕生日パーティーがあるから来て」と誘われて、ここへ来たことがあります。それ以来、外から眺めることはあっても、中に入ることはありませんでした。

普段は使われていないときにはチェーンで入口が閉められていますし、開いているときは誰かが使っているので、わざわざ入ることもありません。

久しぶりに足を踏み入れて、「そういえば、こんな場所だったな」と懐かしくなりました。思っていたより奥行きがあり、改めて見ると、村の中にもまだ知らない場所があるものだと感じます。

5月初めにはまた大勢の人が来るらしく、その前にペンキを塗り直しているとのことでした。観光地というほど大げさではありませんが、こうした小さな準備を見ると、季節が次の段階へ進んでいるのを感じます。

散歩を続けながら、ふと思い出したのが車の保険です。もうすぐ引き落としがあることをすっかり忘れていました。金額を確認しなければと思い、慌てて見てみると、もしかしたら電話をすれば20ユーロほど安くなる可能性はありそうでした。

ただ、その20ユーロのために電話をして、時間を使って、あれこれ交渉するべきかどうか。こういう小さな判断は、海外暮らしの中で意外とよくあります。今年はこのままにして、もし来年さらに高くなるようなら、そのときに電話してみようかと思いました。

道端には、今たくさんの花が咲いています。崖のような険しい場所や、屋根の上のようなところにも、たくましく花が咲いているのを見ると、こちらの植物の生命力に驚かされます。

朝の早い時間には、少し雲海のようなものも出ていたようです。ただ、私が歩いているころには、気温が上がり始め、すでに蒸発していました。もしきれいに見たいなら、朝8時前には外に出ていないといけないのでしょう。

いつも写真を取る場所に進もうとしましたが、少し歩きにくくなっていました。草が伸びてきて、足元が見えにくいのです。特に気をつけなければいけないのが、犬の落とし物です。

残念ながら、スペインではまだ処理をしない飼い主も少なくありません。草に隠れてしまうと見えづらいので、足元を確認しながら歩く必要があります。

その一方で、春の景色は本当に見事です。木々には花が咲き始め、蜂がぶんぶんと忙しそうに飛んでいました。

黄色い花が特に目立ち、畑や道端が一面明るく染まっています。

数日散歩に出ないだけで、景色が一気に変わってしまうほどです。

来月にはマラガとセビリアへ行く予定があります。一緒に行くのはヨーロッパ在住の友人なので、朝から晩まで観光地を駆け回るような旅にはならないと思います。

それでも、ある程度は歩くことになります。毎日の散歩で少しずつ体力をつけておかなければいけません。

そんなことを考えながら歩いていると、アーモンドの木が目に入りました。よく見ると、実がかなり大きくなっています。

アーモンドの花は、1月後半から咲き始めます。桜に似た淡い花で、2月半ばごろまでとてもきれいに咲くのですが、今年は嵐が続いたせいで、花の見ごろを楽しうことができませんでした。雨風で花が傷んでしまい、今年はどうなるのだろうと思っていたのです。

アーモンドには蜂の働きが必要なはずです。あれだけ雨が降っていたら、蜂もあまり動けなかったのではないかと心配していました。けれど、しっかり実ができているのを見て、少し安心しました。

ただ、一つひとつの実が大きいということは、もしかすると数は少ないのかもしれません。実の数が少ない分、一つが大きく育っている可能性もあります。今年のアーモンドはもしかすると例年に比べて味がいいかもしれない。そんなことを想像しながら、春の道を歩きました。

夕方には、楽しみにしていた予定が一つ流れてしまいました。

友人の娘ちゃんがマラガに来る予定で、もしロンダのほうまで来ることがあれば会おうと話していたのです。

ところが、彼女が滞在している家は、私の住む地域とは反対側、グラナダ方面だったようです。距離があるので今回は難しい、という連絡が来ました。

残念ではありましたが、彼女はイギリスで就職することが決まっています。マラガはイギリスから見ると、気軽に来られる休暇先の一つです。きっとまた会える機会はあるでしょう。

それにしても感心したのは、彼女の日本語です。彼女のお父さんはイギリス人、お母さんは私の日本人の友人で、アメリカ育ち。大学はイギリスへ進学し、生活の中心は英語圏だったはずです。

それなのに、彼女から届いた日本語のメッセージはとても自然でした。手書きではなくスマートフォンで打つ日本語とはいえ、それでも表現がしっかりしています。

先日ラインで会話しましたが、話す日本語も上手です。英語圏で育ちながら日本語を保つのは簡単ではありません。

私の友人は、もともと幼稚園の先生でした。きっと家で丁寧に日本語を教えてきたのでしょう。

海外で子どもをバイリンガルに育てるには、親、とくに日本語を守る側の親の努力が欠かせません。その積み重ねを思うと、本当にすごいことだと感じました。

そのあと、廊下の電球が切れていたことを思い出しました。夕方といっても、こちらではもう夜8時ごろです。急いで買いに出たのですが、店はすでに閉まっていました。

夜8時すぎでも明るい村

8時半まで開いていると思っていたのに、実際は8時で閉店だったのです。

しかもこの店は、昼もずっと開いているわけではありません。午後2時から5時半まではシエスタで閉まります。5時半に再び開けるなら、せめて8時半くらいまで開けていてくれたらいいのに、と少しがっかりしました。

帰る途中、いつものバルをのぞくと、顔なじみがいました。イギリス人のトム、オランダ人のカップル、そしてあとからノルウェーに住む夫婦も加わりました。

最初は何を話しているのかよく分からず、私はただ笑いながら座っていました。それでも、しばらくすると少しずつ話の輪に入っていきます。こういう時間が、村のバルの面白いところです。

オランダ人のカップルは、1年半ほど前にこの村に家を買いました。去年の12月にはご主人の節目の誕生日があり、オランダからたくさんの人が来て盛大に祝っていました。

その後しばらく姿を見なかったのですが、どうやら南フランスにあった家をようやく売り終え、これから本格的にこちらへ移り住むことになったそうです。

「嵐の時期に来なくてよかったね」と思わず言いたくなるほど、この冬は荒れた天気が続いていました。それでも、こうして戻ってきた二人を見て、村にまた新しい日常が始まるのだなと感じました。

そこへ、ノルウェーから来ている夫婦もやって来ました。奥さんはノルウェー人で、ご主人はアイスランド出身です。二人とも長くノルウェーで暮らし、学校の先生をしていたそうです。

今は退職して、長期の休暇を利用しながらスペインの村の家で過ごしています。

彼らはこの村に家を持って、もう8年ほどになるでしょうか。今回は3か月ほど滞在していたようですが、翌日には出発するとのことでした。

「何時のフライトですか」と聞くと、「車で帰るのよ」と言います。

ここからノルウェーの自宅まで、なんと約5,000キロ。途中、オランダで知り合いの結婚式に出席する予定があるそうで、そのため車で来たのだそうです。キャンピングカーではなく、普通の車です。

年齢的にも、車中泊やキャンピングカーでの寝泊まりではなく、きちんとホテルに泊まりながら移動したいと言っていました。翌日はまずサラマンカまで行き、そこで一泊するそうです。車で6時間ほどの移動だと言っていました。

さらに、ノルウェーに入ったら冬タイヤに替える必要があるとも話していました。スペインの村にいると、こういう話をさらりと聞くことがあります。日本にいると、5,000キロを車で移動するという感覚はなかなかありません。

この村には、驚くような旅をしている人たちが時々います。ランドクルーザーの屋根に寝泊まりできる高級テントを載せ、何か月も旅をしている人。ヨットで世界中を旅行したという人。国境をいくつも越えながら、当然のように暮らしと旅をつないでいる人。

私も日本に帰れば、比較的あちこち旅をしているほうだと思われるかもしれません。けれど、こちらにいると、私など足元にも及ばないような経験を持つ人が山ほどいます。そういう人たちの話を聞くたびに、世界の広さを思い知らされます。

この夜は、少し冷えました。ついこの間までは、春の夜の空気がまるで桜の花見のころのように柔らかかったのに、この日はまた冬に戻ったようでした。

ところが、ノルウェーの人にとっては、この気温でも「夏」なのだそうです。むしろ、この暖かさなのに外が暗いのが不思議だと言っていました。ノルウェーでは、このくらいの気温の夜なら、まだ外が明るい季節、白夜なのだそうです。

国が違えば、同じ気温の感じ方も、夜の暗さの受け止め方も違います。バルの片隅でそんな話を聞いていると、自分の中の当たり前が少しずつほどけていくような気がします。

最近はずっと村にこもりがちでしたが、そろそろ私ももう少し外の世界を見に行ってもいいのかもしれません。

朝の散歩で見た花やアーモンドの実、夜のバルで聞いた5,000キロの旅の話。小さな村にいながら、春の景色と遠い国々の空気が一日の中に混ざり合った、そんな木曜日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/29

4月22日(水) 白い村の眩しい朝と、セビリア旅の準備

今朝、外に出ると、思わず目を細めてしまうほどの強い光に包まれていました。太陽そのものが特別に強かったというより、空気の中に薄い靄がかかっていて、その靄に光が反射していたのだと思います。

ここは白い村です。家々の壁は白く塗られていて、日差しが当たると、それだけでも眩しいほど光を跳ね返します。そこに朝の靄が重なると、村全体が白く発光しているように見えるのです。目を開けているのが少しつらいほどでしたが、春らしい明るさに満ちた朝でした。

日中は、まさに春の陽気という感じでした。暑すぎるわけではなく、寒さもなく、外に出ると空気がやわらかく感じられます。そんな中、家で仕事をしていると、突然ヘリコプターの音が聞こえてきました。

バタバタバタバタと、かなり大きな音です。あまりにも長く聞こえるので気になって外へ出てみると、ヘリコプターはすぐ近くではなく、かなり遠くの方を飛んでいました。

ヒメラとコルテスの間あたりでしょうか。肉眼でははっきり見えませんでしたが、下に袋のようなものを吊るしているようにも見えます。

中央部にヘリコプターが飛んでいます。

最初は、「まさか山火事だろうか」と思いました。山火事の時には、ヘリコプターが水を運ぶことがあります。けれど、煙は見えません。まだ本格的に火事が起きやすい季節でもありません。いったい何をしていたのだろうと思いながら、しばらく空を眺めていました。

その後、ハゲワシも近くを飛んでいるのを見かけました。大きな翼を広げ、風に乗るようにゆっくりと旋回しています。春になり、鳥たちも活発に動き出しているのでしょう。餌を探しているのか、空の高いところから地上を見渡しているようでした。

仕事の合間には、来月の旅行について少し調べました。マラガからセビリアへ行く予定があるのですが、今は鉄道が通常通り走っていません。

2月の大雨の影響で、コルテス周辺の路線も止まっており、ローカル線は代替バスで運行されています。

普段なら、コルテスからロンダまでは鉄道で35分ほどです。ところが、代替バスになると1時間半ほどかかるようです。こういう時、地方に住んでいると交通機関の影響を大きく受けます。

マラガからセビリアへ行く場合も、鉄道会社のサイトで検索しても時刻表は表示されませでした。まだ復旧していないのでしょう。

ということは列車移動を考える人はバスに流れるということです。これは早めに手配した方がいいと判断し、バスのチケットを予約しました。

すると、私たちが乗りたい時間帯は、すでに残り数席しかありませんでした。時間を変えればまだ余裕はあったのかもしれませんが、希望していた便がほとんど埋まっていたので、早めに予約しておいて本当によかったです。

一方、セビリアからロンダへの移動は、おそらく大丈夫だと思っています。この区間はもともとバスを使う人が多く、鉄道から流れてくる人はそれほど多くないはずです。とはいえ、旅行の予定はできるだけ早めに確認しておくに越したことはありません。

今回の旅では、少しぶらりと出かけるような形にしたいと思っています。きっちり予定を詰め込みすぎるより、その時の気分や体力に合わせて動く方が楽です。特にスペインの旅は、あまり欲張りすぎない方が楽しめるような気がします。

マラガについては、今のところ特に事前予約が必要な場所はあまりないと思っています。もちろんピカソ美術館はあります。ピカソはマラガ出身なので、その意味では訪れる価値がある場所です。

ただ、私は以前バルセロナのピカソ美術館へ行ったことがあります。バルセロナの美術館は作品数も多く、見ごたえがありました。それと比べると、マラガのピカソ美術館は少し規模が小さい印象があります。

もちろん、マラガという土地とピカソを結びつけて見るなら面白いと思いますが、時間が限られている場合は、他の見どころを優先してもいいかもしれません。

一方で、セビリアは事前に考えておきたい場所がいくつかあります。まずは大聖堂です。そして、そのすぐ近くにあるアルカサル。どちらもセビリアを代表する観光名所です。

セビリア大聖堂には、これまで何度か入ったことがあります。さらに去年6月下旬には、大聖堂の屋根に上る夜のツアーにも参加しました。

2025年6月

サイトを見てみると、夜のコースは6月からのようで、今の時期は午前中のツアーしかありません。英語のツアーはすでに予約がかなり埋まっているようでしたが、スペイン語のツアーならまだ余裕がありそうでした。

去年、私が参加した時もスペイン語のツアーでした。説明を聞くための機器を渡されたような記憶がありますが、正直なところ、説明をどれほど聞いていたかはあまり覚えていません。友人と一緒に、ただ「ここはきれい」「この景色はすごい」と言いながら写真を撮っていた気がします。

ツアーでは、狭い階段をどんどん上っていき、最後に屋根の上へ出ます。夜のセビリアの景色はとても美しく、大聖堂の上から見る街の灯りは印象的でした。

2025年6月

ただ、6月下旬だったにもかかわらず、ましてやセビリアで、大聖堂の上はとても寒かったのを覚えています。薄着で行ってしまったので、風に吹かれながら「寒い、寒い」と言っていた記憶の方が強いくらいです。

夏の服では寒すぎました

その時に撮った動画もあるのですが、まだ編集できていません。こうして思い出すたびに、そろそろ整理しないといけないと思います。

今回もその屋根ツアーに参加するか、それとも大聖堂の中と塔だけに上るチケットにするか、まだ迷っています。アルカサルにも久しぶりに行きたい気持ちがあります。以前一度行ったことはありますが、かなり昔のことなので、もう一度ゆっくり見てみたい場所です。

コロナ直後の頃は、アルカサルも事前予約が必須で、チケットが取りにくかったような記憶があります。今はそこまでではないのかもしれませんが、予約しておけば並ばずに入れるので安心です。ただ、どのくらい観光客が多いのか、今ひとつ感覚がつかめません。

以前、5月ごろにマラガへ行った時は、まだ夏ではないのに街に人があふれていて驚きました。こんなに観光客がいるのかと思ったのを覚えています。もしかすると、今回もマラガの方が人は多いかもしれません。セビリアももちろん観光地ですが、実際に行ってみないと分かりません。

2024年5月、マラガの夜

田舎に住んでいると、人混みの感覚をすっかり忘れてしまいます。普段は外に出ても、人とすれ違うことさえ少ないような場所を歩いています。だからこそ、久しぶりにマラガやセビリアのような大きな街へ行くと、その人の多さにまず驚くのです。

今日はそんなふうに、朝の眩しい村の景色から始まり、ヘリコプターやハゲワシの飛ぶ空を見上げ、そして来月の旅の予定をあれこれ調べる一日になりました。

気がつけば、また少し遅い時間まで起きてしまいました。旅の準備は楽しいものですが、調べ始めるとつい時間を忘れてしまいます。スペインの交通事情も観光地の予約も、思ったより変化があるので、やはり早めに確認しておくのが大切だと改めて感じました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/28

4月21日(火) ドジャース観戦の土産話と、昔のアメリカの思い出

この日は久しぶりにぐっすり眠ることができ、朝から体の調子も整っていました。前日の疲れがすっと抜け、気持ちよく一日を始められる朝というのは、それだけでありがたいものです。

朝は、英会話レッスンの生徒さんでもあり、今では友人でもあるKさんと話しました。彼はつい先日、アメリカ・ロサンゼルスへ弾丸旅行に出かけていたそうです。3泊5日というなかなかの強行日程で、目的はもちろん野球観戦。ドジャースの試合を2試合も見てきたとのことでした。

1試合は大谷翔平選手、もう1試合は山本由伸選手が先発だったそうで、素晴らしい試合を見られたと目を輝かせていました。残念ながらホームランは見られなかったそうですが、それでも十分すぎるほど贅沢な体験でしょう。

さらに、佐々木朗希選手の投球練習も間近で見られたそうで、「テレビで見るよりずっと大きく、体格がすごかった」と興奮気味に話していました。画面越しでは伝わらない迫力というものは、やはり現地でしか味わえません。

ただし、楽しい思い出と同じくらい印象に残ったのが、スタジアム内の物価の高さだったようです。ロサンゼルスらしい話でもあります。

その話を聞きながら、私自身が昔ロサンゼルスを訪れた時のことを思い出しました。大学2年の夏、まずサンフランシスコに4週間滞在し、その後ロサンゼルスへ数日立ち寄って日本へ戻ったことがあります。

Golden Gate Bridge

今でも鮮明に覚えているのは、タクシーでサンタモニカへ向かった時のことです。こちらが頼んだわけでもないのに、運転手さんが観光ガイドのようにビバリーヒルズに立ち寄り、有名人の家を次々と案内してくれました。

「ここが誰々の家だよ」

そんな具合に、まるで即席ツアーです。今なら難しいかもしれませんが、40年以上前の、のんびりした時代ならではの思い出です。

サンタモニカといえば、当時の海辺にはローラースケート姿の人たちがいて、映画のワンシーンのような空気がありました。当然私もその中に入って滑りました。

その後はディズニーランドにも行き、まさに夢の「アメリカ」を体験した旅でした。ロサンゼルスという言葉を聞くと、今でもあの頃の景色がよみがえります。

また、サンフランシスコの球場にも足を運び、野球観戦もしました。どのチームの試合だったかはもう覚えていませんが、バケツのように大きな容器にポップコーンが山盛りに入っていて、その上からチーズがどろりとかかったものを抱えた、大柄な親子の姿だけは不思議と記憶に残っています。

そういう何気ない光景こそ、旅の思い出になるのかもしれません。

そんなことを懐かしく思い出しながら、昼前には車を動かし、ガソリンを入れに行きました。数日後に少し遠出をするかもしれないこと、そして普段あまり乗らない車は、ときどき走らせておかないとバッテリーにも良くありません。

燃料価格を見ると、以前はディーゼルの方が安かったのに、最近は逆転しています。ヨーロッパでは物流や産業でディーゼル需要が大きく、国際情勢の影響も受けやすいため、その変化が価格に表れやすいのでしょう。

夕方になってからは、散歩がてらスーパーへ寄り、そのままいつものバルへ向かいました。

店先には顔なじみのイギリス人たちが座っていて、私は「座っていい?」と聞く間もなく、半ば勝手に輪の中へ入り込みます。

一人は親しい友人ですが、残りの二人とは顔見知り程度です。少し図々しかったかなと思いつつも、こういう気軽さもまたスペインのバルらしさでしょう。

少し前までは夏のような暑さだったのに、この日はそこまで暖かくなく、夜になると冬用のジャケットが欲しくなるほど冷え込みました。春と初夏と冬の名残が、日替わりでやって来るような季節です。油断すると、すぐ風邪をひいてしまいそうです。

それでも、この夜はとても良い時間になりました。

最後はトムと二人でゆっくり話し込み、笑いながら昔話やたわいもない話を重ねました。私は、バルで深刻な話ばかりするのはあまり好きではありません。せっかく人が集まるのですから、笑って、少し酔って、元気になって帰るほうがいいと思っています。

そんな時間を過ごした帰り道、「今日も良い一日だった」と自然に思えました。

明日もまた目を覚まし、生きていられることに感謝できる。そう思える夜の終わり方は、なかなか悪くありません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/27

4月20日(月) 人に疲れる夜もある、村のバルにて

昨夕、友人たちと村のバルへ飲みに出かけました。春の夜は気持ちがよく、外で過ごすにはちょうどよい季節です。本来なら、そんな時間は一週間の始まりに向けて気分を整えてくれるはずでした。

ところが、この日は少し違いました。

お酒を飲んだこともありましたが、それ以上に、人と話すことでどっと疲れてしまったのです。朝は二日酔いに加えて、体の芯からだるいような感覚が残り、午前中はほとんど何も手につきませんでした。

なんとかブログを一本書いたものの、それだけで精一杯。午後から仕事を始め、夜まで続けましたが、最後は早めに切り上げて眠ることにしました。

たまにあります。体より先に、気持ちのほうが疲れてしまう日が。

バルという場所は、本来とても好きです。

誰かと笑いながら過ごし、ときには少し真面目な話をし、グラスを片手に時間がゆっくり流れていく。スペインの暮らしの魅力は、そんな何気ない社交の時間にもあると思っています。

けれど、その夜はひとりの友人に完全に主導権を握られてしまいました。

その人はとにかく話すことが好きで、一度話し始めると止まりません。こちらが相づちを打つ間もなく、次々に話題が変わっていきます。しかも会話というより、ほとんど一方通行です。

内容も決まっていて、政治、スペインの歴史、そして家族の話。その三本柱が延々と続きます。

悪い人ではありません。ただ、聞く側にかなりの体力が必要なのです。

さらに、その友人は英語で話します。

英語が上手ではない、という意味ではありません。むしろ十分に話せる人です。ただ、母語のリズムや発音が強く残った英語は、聞き手にとって想像以上に集中力を使います。

これはスペイン人に限った話ではなく、日本人にも同じことが言えるでしょう。誰でも母語の音に引っぱられて外国語を話します。

ただ、スペイン語話者は声量があり、感情表現も豊かです。そこへ勢いよく長い話が加わると、静かに飲みたい夜には少々刺激が強すぎます。

ネイティブの英語なら聞き取りにくくても、表現そのものが勉強になったり、音の流れを楽しめたりします。しかし、この日は「理解するために集中する」時間がずっと続き、気づけばかなり消耗していました。

しかも、その人は一対一で話すのを好みます。

皆で輪になって会話を楽しむというより、誰かひとりを捕まえて話し込むタイプです。大人数で集まっていても、誰が次の相手になるのか、なんとなく空気で分かります。

私はその癖を知っているので、できるだけ自然に距離を取ります。席を少しずらしたり、別の会話に加わったり。けれど、油断するとすぐに捕まります。

その夜も、まさにそんな感じでした。

バルで飲むというのは、お金も時間も使います。翌日に疲れが残れば、健康まで少し削ることになります。

それでも「行ってよかった」と思える夜なら、もちろん価値があります。笑って帰れれば、それで十分です。

ただ、この日はそうではありませんでした。

週の始まりの月曜日に、負のエネルギーまで引きずってしまったような一日。こんなスタートは、できればしばらく遠慮したいものです。

それでも、こうして書いてしまえば少し気が晴れます。愚痴もまた、暮らしを整える小さな方法なのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/26

4月19日(日) にぎやかな夜、静かな朝

昨夜は、友人の誕生日会に招かれて出かけました。会場は、村のプールの横にあるホテルのバーです。昼間の暑さがそのまま夜まで残り、外にいても心地よい、春というより初夏を思わせる夜でした。

その友人はイギリス人で、奥さんはスペイン人。集まった顔ぶれも自然とイギリス勢が多く、そこにスペイン勢が加わる、国際色豊かな集まりです。英語とスペイン語が入り混じり、笑い声の絶えない賑やかな時間になりました。

気づけば深夜近くまでバーで過ごし、その後は近くのクラブのような場所へ移動しました。そこはすでに大勢の人でいっぱいで、村の夜とは思えないほどの活気です。

聞けば、その日は小さな子どもの洗礼式があったそうで、その祝いの流れで親族や友人たちが集まっていたのでした。きれいに着飾った大人たちに混じって、子どもたちの姿もあります。しかも夜遅くになっても、まだ元気いっぱいです。

こういう光景を見ると、スペインの田舎では「子どもは早く寝るもの」という感覚が、日本とは少し違うのだと改めて感じます。家族の行事も社交の場も、大人と子どもが自然に同じ時間を共有しているのです。

夜1時ごろ、私はひと足先に帰ることにしました。村からクラブに向かって坂道を下りてくる人たちとは逆方向で、私は坂道を上って家まで戻らなければなりません。

暗い道を一人で歩きながら少し心細さもありましたが、向こうからミニスカート姿の若い女の子たちが笑いながら下ってきたりして、そんな様子を見ると、この村は夜中でもまだ安心して歩ける場所なのだと改めて思いました。

15分ほど歩いて家に着いたころには、心地よい疲れと少しの酔いが残っていました。

そして今朝は、案の定、軽い二日酔いです。天気は良いものの、前日のような暑さはなく、空気は少し穏やかでした。

外へ出かける気力もなく、冬物の薄手のセーターやニット類を手洗いしながら、静かに一日を始めました。季節が進んだことを感じる、ささやかな家仕事です。

夕方になると、友人からメッセージが届きました。家族のことで少し心配事があるらしく、落ち着かないので飲みに行かないか、という誘いでした。

そこで、いつもの闘牛場近くのバルへ向かいました。行ってみると、顔なじみの友人トムとマルコス、そしてワンちゃんもいて、まずはいつものように和やかな時間です。

ところが彼らが帰って二人きりになると、彼女は胸の内に溜めていたものを一気に話し始めました。息子さんのこと、家族のこと、自分の若いころのこと。

彼女はスペイン人ですが、幼いころをパリで過ごし、その後スペインへ戻り、多感な十代の時期に国の体制の変化を経験。その後はロンドンへ。

やがてフランス人のご主人と結婚し、世界を旅してきた人です。そうした背景もあって、彼女の話にはいつも時代や国境を越えた重みがあります。

特に、フランコ時代の暮らしや当時の空気を直接知る人の話は、私にとってとても興味深いものです。本で読む歴史とは違う、生きた記憶があります。

ただ、それが長く続くと、こちらも少し疲れてしまいます。

会話というものは、やはり50対50くらいが心地よいのかもしれません。たまには60対40でもいいでしょう。でも90対10、あるいは99対1になると、聞く側はなかなか大変です。

そんなことを思いながらも、結局その夜も、少し圧倒されつつ楽しく過ごしました。

家にこもって誰とも話さずに過ごすより、外へ出て、誰かと笑い、誰かの話を聞き、ときには少し疲れて帰ってくる。そのほうが、ずっと豊かな時間のように思えます。

そしてまた、明日から新しい一週間が始まります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/25

4月18日(土) 昼は夏、夜は春 アンダルシアの気まぐれな一日

 今日は昼から友人と近くのバルで待ち合わせをし、久しぶりにゆっくり昼食をとりました。

注文したのは、スペインでおなじみの Menú del Día(メヌー・デル・ディア)。平日の印象が強いですが、店によっては週末にも用意されています。

前菜、メイン、飲み物、そして食後のコーヒーまで付くことが多く、手頃な価格でしっかり食べられる人気の定番です。

この日の前菜は大きなサラダでした。ツナやゆで卵がのり、野菜もたっぷり。写真を撮り忘れてしまったのが惜しいほど、見た目にも食べごたえのある一皿でした。

続いて出てきたのは魚のフライ。外は香ばしく、中はやわらかく揚がっていて、昼から自然とビールが進みます。

結局、ビールを2本飲み、最後はコーヒーで締めくくりました。ほろ酔い気分で席を立つころには、土曜日らしいのんびりした時間が流れていました。

そのまま友人とスーパーの近くの別のバルでもう一杯。こういう「一軒で終わらない昼下がり」は、スペインではごく自然な過ごし方です。

それにしても、この日の暑さには驚かされました。前日も暖かかったのですが、夜になると急に冷え込み、冬用のジャケットを着てバルに座っていたほどです。ところが今日は一転、昼間はまるで初夏を飛び越えて真夏のような陽気でした。

日差しは強く、歩けば自然と日陰を探してしまうほどです。久しぶりに「暑いから影へ入る」という感覚を思い出しました。

ニュースを見ると、セビリアではまもなく春祭り Feria de Abril(フェリア・デ・アブリル)が始まる時期で、気温は30度を超えているとのこと。アンダルシアの春は短く、気づけば夏の入口に立っていることがよくあります。

スーパーの近くでは、どこかから歩いて来たらしい若者の集団とすれ違いました。高校生くらいでしょうか。村の子どもたちではなく、遠足かハイキングのような雰囲気です。静かな村に急ににぎやかな声が響き、いつもと少し違う景色になっていました。

買い物を済ませて帰る途中、小さな広場の前で思わず足を止めました。空気を入れて膨らませる子ども用の遊具、いわゆるエア遊具が突然現れていたのです。

最初は、コミュニオン(初聖体拝領式)の季節が始まったのかと思いましたが、どうやら誕生日会のようでした。

親たちが見守る中、子どもたちは元気いっぱいにはね回っています。細かな安全管理よりも、まずは皆で楽しむことを優先するあたり、いかにもスペインの田舎らしい大らかさを感じます。

家に戻って少し休んでいると、今度は夜の誘いが入りました。誕生日だからバルで一杯やるのでおいで、というものです。

昼間はあれほど暑くても、この土地は日が落ちると空気がすっと変わります。夏でさえ夕方から涼しくなることがあるので、今の時期ならなおさらです。結局、夜に出かけるときには、また厚手のジャケットが必要になるかもしれません。

昼は夏、夜は春どころか時には冬。

そんな気まぐれな季節の間を行き来しながら、今夜もまた村のバルへ向かいます。

最後までお読みいただき、ありがちな。