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【村の行事】2026年
祝日4月3日(金) Viernes Sano、3月29日(日)〜4月5日(日) セマナサンタ

2026/04/30

4月23日(木) 春の散歩と、バルで聞いた5000キロの旅

朝9時半ごろ、散歩に出ました。空には大きな雲ではなく、細かくちぎれたような雲が広がっていました。日差しはあるものの、まだ朝の空気には涼しさが残っています。

この日は、かなり薄着で出かけました。ただし上には厚手のジャケットを羽織っています。歩き始めればすぐ暑くなるのは分かっているのですが、日陰に入るとまだひんやりします。春のアンダルシアでは、この服装の調整がなかなか難しいのです。

村にはキャンピングカーを停める専用スペースがあります。そこ以外には停められないのです。今日は5台ほど、春から初夏にかけて、このあたりを旅する人が少しずつ増えていきます。

側にはキャンプ場のような場所もあります。バーベキューができたり、学生さんの団体が泊まることが多いです。そこを通りかかると、音楽が大きく流れていました。見ると、友人のアロンソがペンキ塗りの仕事をしていました。

「おいで」と声をかけられ、久しぶりに中へ入らせてもらいました。

ここに入るのは、本当に何年ぶりでしょうか。20年ほど前、アルゼンチン人の知り合いたちに「誕生日パーティーがあるから来て」と誘われて、ここへ来たことがあります。それ以来、外から眺めることはあっても、中に入ることはありませんでした。

普段は使われていないときにはチェーンで入口が閉められていますし、開いているときは誰かが使っているので、わざわざ入ることもありません。

久しぶりに足を踏み入れて、「そういえば、こんな場所だったな」と懐かしくなりました。思っていたより奥行きがあり、改めて見ると、村の中にもまだ知らない場所があるものだと感じます。

5月初めにはまた大勢の人が来るらしく、その前にペンキを塗り直しているとのことでした。観光地というほど大げさではありませんが、こうした小さな準備を見ると、季節が次の段階へ進んでいるのを感じます。

散歩を続けながら、ふと思い出したのが車の保険です。もうすぐ引き落としがあることをすっかり忘れていました。金額を確認しなければと思い、慌てて見てみると、もしかしたら電話をすれば20ユーロほど安くなる可能性はありそうでした。

ただ、その20ユーロのために電話をして、時間を使って、あれこれ交渉するべきかどうか。こういう小さな判断は、海外暮らしの中で意外とよくあります。今年はこのままにして、もし来年さらに高くなるようなら、そのときに電話してみようかと思いました。

道端には、今たくさんの花が咲いています。崖のような険しい場所や、屋根の上のようなところにも、たくましく花が咲いているのを見ると、こちらの植物の生命力に驚かされます。

朝の早い時間には、少し雲海のようなものも出ていたようです。ただ、私が歩いているころには、気温が上がり始め、すでに蒸発していました。もしきれいに見たいなら、朝8時前には外に出ていないといけないのでしょう。

いつも写真を取る場所に進もうとしましたが、少し歩きにくくなっていました。草が伸びてきて、足元が見えにくいのです。特に気をつけなければいけないのが、犬の落とし物です。

残念ながら、スペインではまだ処理をしない飼い主も少なくありません。草に隠れてしまうと見えづらいので、足元を確認しながら歩く必要があります。

その一方で、春の景色は本当に見事です。木々には花が咲き始め、蜂がぶんぶんと忙しそうに飛んでいました。

黄色い花が特に目立ち、畑や道端が一面明るく染まっています。

数日散歩に出ないだけで、景色が一気に変わってしまうほどです。

来月にはマラガとセビリアへ行く予定があります。一緒に行くのはヨーロッパ在住の友人なので、朝から晩まで観光地を駆け回るような旅にはならないと思います。

それでも、ある程度は歩くことになります。毎日の散歩で少しずつ体力をつけておかなければいけません。

そんなことを考えながら歩いていると、アーモンドの木が目に入りました。よく見ると、実がかなり大きくなっています。

アーモンドの花は、1月後半から咲き始めます。桜に似た淡い花で、2月半ばごろまでとてもきれいに咲くのですが、今年は嵐が続いたせいで、花の見ごろを楽しうことができませんでした。雨風で花が傷んでしまい、今年はどうなるのだろうと思っていたのです。

アーモンドには蜂の働きが必要なはずです。あれだけ雨が降っていたら、蜂もあまり動けなかったのではないかと心配していました。けれど、しっかり実ができているのを見て、少し安心しました。

ただ、一つひとつの実が大きいということは、もしかすると数は少ないのかもしれません。実の数が少ない分、一つが大きく育っている可能性もあります。今年のアーモンドはもしかすると例年に比べて味がいいかもしれない。そんなことを想像しながら、春の道を歩きました。

夕方には、楽しみにしていた予定が一つ流れてしまいました。

友人の娘ちゃんがマラガに来る予定で、もしロンダのほうまで来ることがあれば会おうと話していたのです。

ところが、彼女が滞在している家は、私の住む地域とは反対側、グラナダ方面だったようです。距離があるので今回は難しい、という連絡が来ました。

残念ではありましたが、彼女はイギリスで就職することが決まっています。マラガはイギリスから見ると、気軽に来られる休暇先の一つです。きっとまた会える機会はあるでしょう。

それにしても感心したのは、彼女の日本語です。彼女のお父さんはイギリス人、お母さんは私の日本人の友人で、アメリカ育ち。大学はイギリスへ進学し、生活の中心は英語圏だったはずです。

それなのに、彼女から届いた日本語のメッセージはとても自然でした。手書きではなくスマートフォンで打つ日本語とはいえ、それでも表現がしっかりしています。

先日ラインで会話しましたが、話す日本語も上手です。英語圏で育ちながら日本語を保つのは簡単ではありません。

私の友人は、もともと幼稚園の先生でした。きっと家で丁寧に日本語を教えてきたのでしょう。

海外で子どもをバイリンガルに育てるには、親、とくに日本語を守る側の親の努力が欠かせません。その積み重ねを思うと、本当にすごいことだと感じました。

そのあと、廊下の電球が切れていたことを思い出しました。夕方といっても、こちらではもう夜8時ごろです。急いで買いに出たのですが、店はすでに閉まっていました。

夜8時すぎでも明るい村

8時半まで開いていると思っていたのに、実際は8時で閉店だったのです。

しかもこの店は、昼もずっと開いているわけではありません。午後2時から5時半まではシエスタで閉まります。5時半に再び開けるなら、せめて8時半くらいまで開けていてくれたらいいのに、と少しがっかりしました。

帰る途中、いつものバルをのぞくと、顔なじみがいました。イギリス人のトム、オランダ人のカップル、そしてあとからノルウェーに住む夫婦も加わりました。

最初は何を話しているのかよく分からず、私はただ笑いながら座っていました。それでも、しばらくすると少しずつ話の輪に入っていきます。こういう時間が、村のバルの面白いところです。

オランダ人のカップルは、1年半ほど前にこの村に家を買いました。去年の12月にはご主人の節目の誕生日があり、オランダからたくさんの人が来て盛大に祝っていました。

その後しばらく姿を見なかったのですが、どうやら南フランスにあった家をようやく売り終え、これから本格的にこちらへ移り住むことになったそうです。

「嵐の時期に来なくてよかったね」と思わず言いたくなるほど、この冬は荒れた天気が続いていました。それでも、こうして戻ってきた二人を見て、村にまた新しい日常が始まるのだなと感じました。

そこへ、ノルウェーから来ている夫婦もやって来ました。奥さんはノルウェー人で、ご主人はアイスランド出身です。二人とも長くノルウェーで暮らし、学校の先生をしていたそうです。

今は退職して、長期の休暇を利用しながらスペインの村の家で過ごしています。

彼らはこの村に家を持って、もう8年ほどになるでしょうか。今回は3か月ほど滞在していたようですが、翌日には出発するとのことでした。

「何時のフライトですか」と聞くと、「車で帰るのよ」と言います。

ここからノルウェーの自宅まで、なんと約5,000キロ。途中、オランダで知り合いの結婚式に出席する予定があるそうで、そのため車で来たのだそうです。キャンピングカーではなく、普通の車です。

年齢的にも、車中泊やキャンピングカーでの寝泊まりではなく、きちんとホテルに泊まりながら移動したいと言っていました。翌日はまずサラマンカまで行き、そこで一泊するそうです。車で6時間ほどの移動だと言っていました。

さらに、ノルウェーに入ったら冬タイヤに替える必要があるとも話していました。スペインの村にいると、こういう話をさらりと聞くことがあります。日本にいると、5,000キロを車で移動するという感覚はなかなかありません。

この村には、驚くような旅をしている人たちが時々います。ランドクルーザーの屋根に寝泊まりできる高級テントを載せ、何か月も旅をしている人。ヨットで世界中を旅行したという人。国境をいくつも越えながら、当然のように暮らしと旅をつないでいる人。

私も日本に帰れば、比較的あちこち旅をしているほうだと思われるかもしれません。けれど、こちらにいると、私など足元にも及ばないような経験を持つ人が山ほどいます。そういう人たちの話を聞くたびに、世界の広さを思い知らされます。

この夜は、少し冷えました。ついこの間までは、春の夜の空気がまるで桜の花見のころのように柔らかかったのに、この日はまた冬に戻ったようでした。

ところが、ノルウェーの人にとっては、この気温でも「夏」なのだそうです。むしろ、この暖かさなのに外が暗いのが不思議だと言っていました。ノルウェーでは、このくらいの気温の夜なら、まだ外が明るい季節、白夜なのだそうです。

国が違えば、同じ気温の感じ方も、夜の暗さの受け止め方も違います。バルの片隅でそんな話を聞いていると、自分の中の当たり前が少しずつほどけていくような気がします。

最近はずっと村にこもりがちでしたが、そろそろ私ももう少し外の世界を見に行ってもいいのかもしれません。

朝の散歩で見た花やアーモンドの実、夜のバルで聞いた5,000キロの旅の話。小さな村にいながら、春の景色と遠い国々の空気が一日の中に混ざり合った、そんな木曜日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/29

4月22日(水) 白い村の眩しい朝と、セビリア旅の準備

今朝、外に出ると、思わず目を細めてしまうほどの強い光に包まれていました。太陽そのものが特別に強かったというより、空気の中に薄い靄がかかっていて、その靄に光が反射していたのだと思います。

ここは白い村です。家々の壁は白く塗られていて、日差しが当たると、それだけでも眩しいほど光を跳ね返します。そこに朝の靄が重なると、村全体が白く発光しているように見えるのです。目を開けているのが少しつらいほどでしたが、春らしい明るさに満ちた朝でした。

日中は、まさに春の陽気という感じでした。暑すぎるわけではなく、寒さもなく、外に出ると空気がやわらかく感じられます。そんな中、家で仕事をしていると、突然ヘリコプターの音が聞こえてきました。

バタバタバタバタと、かなり大きな音です。あまりにも長く聞こえるので気になって外へ出てみると、ヘリコプターはすぐ近くではなく、かなり遠くの方を飛んでいました。

ヒメラとコルテスの間あたりでしょうか。肉眼でははっきり見えませんでしたが、下に袋のようなものを吊るしているようにも見えます。

中央部にヘリコプターが飛んでいます。

最初は、「まさか山火事だろうか」と思いました。山火事の時には、ヘリコプターが水を運ぶことがあります。けれど、煙は見えません。まだ本格的に火事が起きやすい季節でもありません。いったい何をしていたのだろうと思いながら、しばらく空を眺めていました。

その後、ハゲワシも近くを飛んでいるのを見かけました。大きな翼を広げ、風に乗るようにゆっくりと旋回しています。春になり、鳥たちも活発に動き出しているのでしょう。餌を探しているのか、空の高いところから地上を見渡しているようでした。

仕事の合間には、来月の旅行について少し調べました。マラガからセビリアへ行く予定があるのですが、今は鉄道が通常通り走っていません。

2月の大雨の影響で、コルテス周辺の路線も止まっており、ローカル線は代替バスで運行されています。

普段なら、コルテスからロンダまでは鉄道で35分ほどです。ところが、代替バスになると1時間半ほどかかるようです。こういう時、地方に住んでいると交通機関の影響を大きく受けます。

マラガからセビリアへ行く場合も、鉄道会社のサイトで検索しても時刻表は表示されませでした。まだ復旧していないのでしょう。

ということは列車移動を考える人はバスに流れるということです。これは早めに手配した方がいいと判断し、バスのチケットを予約しました。

すると、私たちが乗りたい時間帯は、すでに残り数席しかありませんでした。時間を変えればまだ余裕はあったのかもしれませんが、希望していた便がほとんど埋まっていたので、早めに予約しておいて本当によかったです。

一方、セビリアからロンダへの移動は、おそらく大丈夫だと思っています。この区間はもともとバスを使う人が多く、鉄道から流れてくる人はそれほど多くないはずです。とはいえ、旅行の予定はできるだけ早めに確認しておくに越したことはありません。

今回の旅では、少しぶらりと出かけるような形にしたいと思っています。きっちり予定を詰め込みすぎるより、その時の気分や体力に合わせて動く方が楽です。特にスペインの旅は、あまり欲張りすぎない方が楽しめるような気がします。

マラガについては、今のところ特に事前予約が必要な場所はあまりないと思っています。もちろんピカソ美術館はあります。ピカソはマラガ出身なので、その意味では訪れる価値がある場所です。

ただ、私は以前バルセロナのピカソ美術館へ行ったことがあります。バルセロナの美術館は作品数も多く、見ごたえがありました。それと比べると、マラガのピカソ美術館は少し規模が小さい印象があります。

もちろん、マラガという土地とピカソを結びつけて見るなら面白いと思いますが、時間が限られている場合は、他の見どころを優先してもいいかもしれません。

一方で、セビリアは事前に考えておきたい場所がいくつかあります。まずは大聖堂です。そして、そのすぐ近くにあるアルカサル。どちらもセビリアを代表する観光名所です。

セビリア大聖堂には、これまで何度か入ったことがあります。さらに去年6月下旬には、大聖堂の屋根に上る夜のツアーにも参加しました。

2025年6月

サイトを見てみると、夜のコースは6月からのようで、今の時期は午前中のツアーしかありません。英語のツアーはすでに予約がかなり埋まっているようでしたが、スペイン語のツアーならまだ余裕がありそうでした。

去年、私が参加した時もスペイン語のツアーでした。説明を聞くための機器を渡されたような記憶がありますが、正直なところ、説明をどれほど聞いていたかはあまり覚えていません。友人と一緒に、ただ「ここはきれい」「この景色はすごい」と言いながら写真を撮っていた気がします。

ツアーでは、狭い階段をどんどん上っていき、最後に屋根の上へ出ます。夜のセビリアの景色はとても美しく、大聖堂の上から見る街の灯りは印象的でした。

2025年6月

ただ、6月下旬だったにもかかわらず、ましてやセビリアで、大聖堂の上はとても寒かったのを覚えています。薄着で行ってしまったので、風に吹かれながら「寒い、寒い」と言っていた記憶の方が強いくらいです。

夏の服では寒すぎました

その時に撮った動画もあるのですが、まだ編集できていません。こうして思い出すたびに、そろそろ整理しないといけないと思います。

今回もその屋根ツアーに参加するか、それとも大聖堂の中と塔だけに上るチケットにするか、まだ迷っています。アルカサルにも久しぶりに行きたい気持ちがあります。以前一度行ったことはありますが、かなり昔のことなので、もう一度ゆっくり見てみたい場所です。

コロナ直後の頃は、アルカサルも事前予約が必須で、チケットが取りにくかったような記憶があります。今はそこまでではないのかもしれませんが、予約しておけば並ばずに入れるので安心です。ただ、どのくらい観光客が多いのか、今ひとつ感覚がつかめません。

以前、5月ごろにマラガへ行った時は、まだ夏ではないのに街に人があふれていて驚きました。こんなに観光客がいるのかと思ったのを覚えています。もしかすると、今回もマラガの方が人は多いかもしれません。セビリアももちろん観光地ですが、実際に行ってみないと分かりません。

2024年5月、マラガの夜

田舎に住んでいると、人混みの感覚をすっかり忘れてしまいます。普段は外に出ても、人とすれ違うことさえ少ないような場所を歩いています。だからこそ、久しぶりにマラガやセビリアのような大きな街へ行くと、その人の多さにまず驚くのです。

今日はそんなふうに、朝の眩しい村の景色から始まり、ヘリコプターやハゲワシの飛ぶ空を見上げ、そして来月の旅の予定をあれこれ調べる一日になりました。

気がつけば、また少し遅い時間まで起きてしまいました。旅の準備は楽しいものですが、調べ始めるとつい時間を忘れてしまいます。スペインの交通事情も観光地の予約も、思ったより変化があるので、やはり早めに確認しておくのが大切だと改めて感じました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/28

4月21日(火) ドジャース観戦の土産話と、昔のアメリカの思い出

この日は久しぶりにぐっすり眠ることができ、朝から体の調子も整っていました。前日の疲れがすっと抜け、気持ちよく一日を始められる朝というのは、それだけでありがたいものです。

朝は、英会話レッスンの生徒さんでもあり、今では友人でもあるKさんと話しました。彼はつい先日、アメリカ・ロサンゼルスへ弾丸旅行に出かけていたそうです。3泊5日というなかなかの強行日程で、目的はもちろん野球観戦。ドジャースの試合を2試合も見てきたとのことでした。

1試合は大谷翔平選手、もう1試合は山本由伸選手が先発だったそうで、素晴らしい試合を見られたと目を輝かせていました。残念ながらホームランは見られなかったそうですが、それでも十分すぎるほど贅沢な体験でしょう。

さらに、佐々木朗希選手の投球練習も間近で見られたそうで、「テレビで見るよりずっと大きく、体格がすごかった」と興奮気味に話していました。画面越しでは伝わらない迫力というものは、やはり現地でしか味わえません。

ただし、楽しい思い出と同じくらい印象に残ったのが、スタジアム内の物価の高さだったようです。ロサンゼルスらしい話でもあります。

その話を聞きながら、私自身が昔ロサンゼルスを訪れた時のことを思い出しました。大学2年の夏、まずサンフランシスコに4週間滞在し、その後ロサンゼルスへ数日立ち寄って日本へ戻ったことがあります。

Golden Gate Bridge

今でも鮮明に覚えているのは、タクシーでサンタモニカへ向かった時のことです。こちらが頼んだわけでもないのに、運転手さんが観光ガイドのようにビバリーヒルズに立ち寄り、有名人の家を次々と案内してくれました。

「ここが誰々の家だよ」

そんな具合に、まるで即席ツアーです。今なら難しいかもしれませんが、40年以上前の、のんびりした時代ならではの思い出です。

サンタモニカといえば、当時の海辺にはローラースケート姿の人たちがいて、映画のワンシーンのような空気がありました。当然私もその中に入って滑りました。

その後はディズニーランドにも行き、まさに夢の「アメリカ」を体験した旅でした。ロサンゼルスという言葉を聞くと、今でもあの頃の景色がよみがえります。

また、サンフランシスコの球場にも足を運び、野球観戦もしました。どのチームの試合だったかはもう覚えていませんが、バケツのように大きな容器にポップコーンが山盛りに入っていて、その上からチーズがどろりとかかったものを抱えた、大柄な親子の姿だけは不思議と記憶に残っています。

そういう何気ない光景こそ、旅の思い出になるのかもしれません。

そんなことを懐かしく思い出しながら、昼前には車を動かし、ガソリンを入れに行きました。数日後に少し遠出をするかもしれないこと、そして普段あまり乗らない車は、ときどき走らせておかないとバッテリーにも良くありません。

燃料価格を見ると、以前はディーゼルの方が安かったのに、最近は逆転しています。ヨーロッパでは物流や産業でディーゼル需要が大きく、国際情勢の影響も受けやすいため、その変化が価格に表れやすいのでしょう。

夕方になってからは、散歩がてらスーパーへ寄り、そのままいつものバルへ向かいました。

店先には顔なじみのイギリス人たちが座っていて、私は「座っていい?」と聞く間もなく、半ば勝手に輪の中へ入り込みます。

一人は親しい友人ですが、残りの二人とは顔見知り程度です。少し図々しかったかなと思いつつも、こういう気軽さもまたスペインのバルらしさでしょう。

少し前までは夏のような暑さだったのに、この日はそこまで暖かくなく、夜になると冬用のジャケットが欲しくなるほど冷え込みました。春と初夏と冬の名残が、日替わりでやって来るような季節です。油断すると、すぐ風邪をひいてしまいそうです。

それでも、この夜はとても良い時間になりました。

最後はトムと二人でゆっくり話し込み、笑いながら昔話やたわいもない話を重ねました。私は、バルで深刻な話ばかりするのはあまり好きではありません。せっかく人が集まるのですから、笑って、少し酔って、元気になって帰るほうがいいと思っています。

そんな時間を過ごした帰り道、「今日も良い一日だった」と自然に思えました。

明日もまた目を覚まし、生きていられることに感謝できる。そう思える夜の終わり方は、なかなか悪くありません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/27

4月20日(月) 人に疲れる夜もある、村のバルにて

昨夕、友人たちと村のバルへ飲みに出かけました。春の夜は気持ちがよく、外で過ごすにはちょうどよい季節です。本来なら、そんな時間は一週間の始まりに向けて気分を整えてくれるはずでした。

ところが、この日は少し違いました。

お酒を飲んだこともありましたが、それ以上に、人と話すことでどっと疲れてしまったのです。朝は二日酔いに加えて、体の芯からだるいような感覚が残り、午前中はほとんど何も手につきませんでした。

なんとかブログを一本書いたものの、それだけで精一杯。午後から仕事を始め、夜まで続けましたが、最後は早めに切り上げて眠ることにしました。

たまにあります。体より先に、気持ちのほうが疲れてしまう日が。

バルという場所は、本来とても好きです。

誰かと笑いながら過ごし、ときには少し真面目な話をし、グラスを片手に時間がゆっくり流れていく。スペインの暮らしの魅力は、そんな何気ない社交の時間にもあると思っています。

けれど、その夜はひとりの友人に完全に主導権を握られてしまいました。

その人はとにかく話すことが好きで、一度話し始めると止まりません。こちらが相づちを打つ間もなく、次々に話題が変わっていきます。しかも会話というより、ほとんど一方通行です。

内容も決まっていて、政治、スペインの歴史、そして家族の話。その三本柱が延々と続きます。

悪い人ではありません。ただ、聞く側にかなりの体力が必要なのです。

さらに、その友人は英語で話します。

英語が上手ではない、という意味ではありません。むしろ十分に話せる人です。ただ、母語のリズムや発音が強く残った英語は、聞き手にとって想像以上に集中力を使います。

これはスペイン人に限った話ではなく、日本人にも同じことが言えるでしょう。誰でも母語の音に引っぱられて外国語を話します。

ただ、スペイン語話者は声量があり、感情表現も豊かです。そこへ勢いよく長い話が加わると、静かに飲みたい夜には少々刺激が強すぎます。

ネイティブの英語なら聞き取りにくくても、表現そのものが勉強になったり、音の流れを楽しめたりします。しかし、この日は「理解するために集中する」時間がずっと続き、気づけばかなり消耗していました。

しかも、その人は一対一で話すのを好みます。

皆で輪になって会話を楽しむというより、誰かひとりを捕まえて話し込むタイプです。大人数で集まっていても、誰が次の相手になるのか、なんとなく空気で分かります。

私はその癖を知っているので、できるだけ自然に距離を取ります。席を少しずらしたり、別の会話に加わったり。けれど、油断するとすぐに捕まります。

その夜も、まさにそんな感じでした。

バルで飲むというのは、お金も時間も使います。翌日に疲れが残れば、健康まで少し削ることになります。

それでも「行ってよかった」と思える夜なら、もちろん価値があります。笑って帰れれば、それで十分です。

ただ、この日はそうではありませんでした。

週の始まりの月曜日に、負のエネルギーまで引きずってしまったような一日。こんなスタートは、できればしばらく遠慮したいものです。

それでも、こうして書いてしまえば少し気が晴れます。愚痴もまた、暮らしを整える小さな方法なのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/26

4月19日(日) にぎやかな夜、静かな朝

昨夜は、友人の誕生日会に招かれて出かけました。会場は、村のプールの横にあるホテルのバーです。昼間の暑さがそのまま夜まで残り、外にいても心地よい、春というより初夏を思わせる夜でした。

その友人はイギリス人で、奥さんはスペイン人。集まった顔ぶれも自然とイギリス勢が多く、そこにスペイン勢が加わる、国際色豊かな集まりです。英語とスペイン語が入り混じり、笑い声の絶えない賑やかな時間になりました。

気づけば深夜近くまでバーで過ごし、その後は近くのクラブのような場所へ移動しました。そこはすでに大勢の人でいっぱいで、村の夜とは思えないほどの活気です。

聞けば、その日は小さな子どもの洗礼式があったそうで、その祝いの流れで親族や友人たちが集まっていたのでした。きれいに着飾った大人たちに混じって、子どもたちの姿もあります。しかも夜遅くになっても、まだ元気いっぱいです。

こういう光景を見ると、スペインの田舎では「子どもは早く寝るもの」という感覚が、日本とは少し違うのだと改めて感じます。家族の行事も社交の場も、大人と子どもが自然に同じ時間を共有しているのです。

夜1時ごろ、私はひと足先に帰ることにしました。村からクラブに向かって坂道を下りてくる人たちとは逆方向で、私は坂道を上って家まで戻らなければなりません。

暗い道を一人で歩きながら少し心細さもありましたが、向こうからミニスカート姿の若い女の子たちが笑いながら下ってきたりして、そんな様子を見ると、この村は夜中でもまだ安心して歩ける場所なのだと改めて思いました。

15分ほど歩いて家に着いたころには、心地よい疲れと少しの酔いが残っていました。

そして今朝は、案の定、軽い二日酔いです。天気は良いものの、前日のような暑さはなく、空気は少し穏やかでした。

外へ出かける気力もなく、冬物の薄手のセーターやニット類を手洗いしながら、静かに一日を始めました。季節が進んだことを感じる、ささやかな家仕事です。

夕方になると、友人からメッセージが届きました。家族のことで少し心配事があるらしく、落ち着かないので飲みに行かないか、という誘いでした。

そこで、いつもの闘牛場近くのバルへ向かいました。行ってみると、顔なじみの友人トムとマルコス、そしてワンちゃんもいて、まずはいつものように和やかな時間です。

ところが彼らが帰って二人きりになると、彼女は胸の内に溜めていたものを一気に話し始めました。息子さんのこと、家族のこと、自分の若いころのこと。

彼女はスペイン人ですが、幼いころをパリで過ごし、その後スペインへ戻り、多感な十代の時期に国の体制の変化を経験。その後はロンドンへ。

やがてフランス人のご主人と結婚し、世界を旅してきた人です。そうした背景もあって、彼女の話にはいつも時代や国境を越えた重みがあります。

特に、フランコ時代の暮らしや当時の空気を直接知る人の話は、私にとってとても興味深いものです。本で読む歴史とは違う、生きた記憶があります。

ただ、それが長く続くと、こちらも少し疲れてしまいます。

会話というものは、やはり50対50くらいが心地よいのかもしれません。たまには60対40でもいいでしょう。でも90対10、あるいは99対1になると、聞く側はなかなか大変です。

そんなことを思いながらも、結局その夜も、少し圧倒されつつ楽しく過ごしました。

家にこもって誰とも話さずに過ごすより、外へ出て、誰かと笑い、誰かの話を聞き、ときには少し疲れて帰ってくる。そのほうが、ずっと豊かな時間のように思えます。

そしてまた、明日から新しい一週間が始まります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/25

4月18日(土) 昼は夏、夜は春 アンダルシアの気まぐれな一日

 今日は昼から友人と近くのバルで待ち合わせをし、久しぶりにゆっくり昼食をとりました。

注文したのは、スペインでおなじみの Menú del Día(メヌー・デル・ディア)。平日の印象が強いですが、店によっては週末にも用意されています。

前菜、メイン、飲み物、そして食後のコーヒーまで付くことが多く、手頃な価格でしっかり食べられる人気の定番です。

この日の前菜は大きなサラダでした。ツナやゆで卵がのり、野菜もたっぷり。写真を撮り忘れてしまったのが惜しいほど、見た目にも食べごたえのある一皿でした。

続いて出てきたのは魚のフライ。外は香ばしく、中はやわらかく揚がっていて、昼から自然とビールが進みます。

結局、ビールを2本飲み、最後はコーヒーで締めくくりました。ほろ酔い気分で席を立つころには、土曜日らしいのんびりした時間が流れていました。

そのまま友人とスーパーの近くの別のバルでもう一杯。こういう「一軒で終わらない昼下がり」は、スペインではごく自然な過ごし方です。

それにしても、この日の暑さには驚かされました。前日も暖かかったのですが、夜になると急に冷え込み、冬用のジャケットを着てバルに座っていたほどです。ところが今日は一転、昼間はまるで初夏を飛び越えて真夏のような陽気でした。

日差しは強く、歩けば自然と日陰を探してしまうほどです。久しぶりに「暑いから影へ入る」という感覚を思い出しました。

ニュースを見ると、セビリアではまもなく春祭り Feria de Abril(フェリア・デ・アブリル)が始まる時期で、気温は30度を超えているとのこと。アンダルシアの春は短く、気づけば夏の入口に立っていることがよくあります。

スーパーの近くでは、どこかから歩いて来たらしい若者の集団とすれ違いました。高校生くらいでしょうか。村の子どもたちではなく、遠足かハイキングのような雰囲気です。静かな村に急ににぎやかな声が響き、いつもと少し違う景色になっていました。

買い物を済ませて帰る途中、小さな広場の前で思わず足を止めました。空気を入れて膨らませる子ども用の遊具、いわゆるエア遊具が突然現れていたのです。

最初は、コミュニオン(初聖体拝領式)の季節が始まったのかと思いましたが、どうやら誕生日会のようでした。

親たちが見守る中、子どもたちは元気いっぱいにはね回っています。細かな安全管理よりも、まずは皆で楽しむことを優先するあたり、いかにもスペインの田舎らしい大らかさを感じます。

家に戻って少し休んでいると、今度は夜の誘いが入りました。誕生日だからバルで一杯やるのでおいで、というものです。

昼間はあれほど暑くても、この土地は日が落ちると空気がすっと変わります。夏でさえ夕方から涼しくなることがあるので、今の時期ならなおさらです。結局、夜に出かけるときには、また厚手のジャケットが必要になるかもしれません。

昼は夏、夜は春どころか時には冬。

そんな気まぐれな季節の間を行き来しながら、今夜もまた村のバルへ向かいます。

最後までお読みいただき、ありがちな。

2026/04/24

4月17日(金) 外へ出れば誰かがいる村の夜

今日は、昼間は家にこもりずっと仕事をしていました。気がつけば夕方も過ぎ、時計は7時半から8時ごろ。まだ外は明るく、日も落ちきっていません。

せっかくの春の宵です。このまま一日を終えるのも惜しくなり、いつものバルへ出かけることにしました。

外へ出るときは、春らしい軽めの服装にしました。ただ、念のため冬のジャケットも手に持って出発です。結果的にはこれが大正解でした。

昼間は穏やかでも、日が傾くと空気は一気に冷えてきます。アンダルシアの春は、こういう油断ならないところがあります。

バルに着くと、顔なじみのスペイン人男性に声をかけられました。家電の修理を仕事にしている人ですが、時折DJとしても活動している、なかなか多才な人物です。今年の夏には60歳になるから盛大にパーティーすると話していました。

その日は彼の姉夫婦が遊びに来ており、「一緒に座って話そう」と誘われました。こういう気軽な誘いが、この土地らしいところです。私は席に加わり、ビールを飲みながらしばらく歓談。

彼らは9時半ごろ、夕食を食べに別の店へ向かいました。スペインでは夕食の時間が遅く、これくらいの時刻に食事へ出かけるのはごく普通のことです。私はそのまま残り、一人でもう少し飲むことにしました。

最初はテラス席にいたものの、やはり夜風が冷たく、途中から店内へ移動しました。タパスを一皿頼み、店の中を眺めながらゆっくり過ごします。

すると、ふと新しい設備が目に入りました。

ワインボトルを適温で保管するための冷蔵機が置かれていたのです。4本ほど並べられ、18度前後に保たれるような仕様に見えました。

この店は、どちらかといえば昔ながらの常連客が集う、素朴な「おじさんのバル」というバルです。流行や新しさとは縁のない場所です。

それだけに、こうしたモダンな設備が入っていたことに少し驚きました。時代は静かに変わっていくものです。

その後も、周りにいた常連たちとあれこれ言葉を交わしました。年齢を重ねた人たち同士の、気負いのない会話です。特別な話題があるわけではなくても、こうして誰かと言葉を交わせるだけで、家にこもっていた気分がほぐれていきます。

この村の良さは、外へ出れば自然と話し相手がいることかもしれません。都会には人があふれていますが、案外こういう何気ないつながりは少ないものです。人の多さと、人との近さは、必ずしも同じではありません。

帰り道、店で缶ビールを2本買い、ポケットに入れて歩きました。少し重みのある上着で夜道を歩く姿は、どこか負荷をつけた散歩のようでもあります。

けれど、こんなふうに外へ出て、人と話し、歩いて帰る。それだけで十分に気分転換になります。やはり、日々にはこうした小さな外出が必要なのだと感じた夜でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/23

4月16日(木) 春の夜風と、十年ぶりの再会の知らせ

今日は朝から机に向かい、仕事を進めていました。このまま夜まで静かな一日になるだろうと思っていたところ、思いがけない連絡が届きました。

香港時代からの友人です。今はアメリカのシリコンバレーに住んでいて、以前は家族でこの村まで遊びに来てくれたこともあります。

あれからもう十年近く経つでしょうか。当時まだ小学生くらいだった娘さんも、今では22歳になったそうです。

今回はその娘さんのことで連絡をくれました。イギリスの大学を卒業し、就職も決まっていて、仕事が始まる前にヨーロッパを旅しているとのこと。そして来週、マラガ方面まで来る予定だというのです。

村まで来てもらうには少し遠く、私がマラガまで出るのもなかなか大変です。そこで、「もしロンダまで来るなら会いましょう」と返事をしました。

久しぶりの再会、しかも成長した姿に会えるかもしれないと思うと、自然と胸が弾みます。

私は子どもも姪や甥もいないので、友人たちの娘さんや息子さんの成長を、どこか親戚のおばちゃんのような気持ちで見てしまいます。

以前この村に来たとき、彼女は私と同じくらいの背丈でした。けれど、最近の写真を見るとずいぶん背が高くなっていて、おそらく175センチ、もしかすると180センチ近いかもしれません。

あの頃は同じ目線で話していたのに、今度会えばこちらが見上げることになるのかもしれない。そんなことを想像するだけで、時の流れの早さに驚かされます。

そんな余韻に浸っていると、今度は村の友人から電話がありました。「少し飲みに行こう」と誘われ、仕事を切り上げて外へ出ることにしました。

ここ数日まで寒さが残っていたのに、今週に入って急に初夏のような陽気です。念のため厚手のジャケットを持って出たものの、この夜はまったく必要ありませんでした。

嵐のような雨と冷え込みが続いた冬が終わり、なおさら空気のやわらかさが際立ちます。今年いちばん気持ちのよい夜と言っても大げさではありませんでした。

この地方の春はとても短く、寒さが去ったと思うと、すぐに夏の気配が強まります。けれど、この夜だけは確かに「春そのもの」でした。

日本でいえば、桜を見に出かけたときのような、やわらかな空気と心地よさに似ています。

バルのテラスでグラスを傾けながら、そんな季節の一瞬を味わいました。

この日一緒にいたのは、友人のイサベル、途中から加わったスペイン人の友人二人、さらにイギリス人の友人一人。いつものように人が増えたり減ったりしながら、にぎやかな夜になりました。

とはいえ、この土地の天気は油断できません。暖かくなったと思っても、突然また冬のような寒さが戻ることがあります。

こちらには「5月40日までは冬物をしまうな」という言い回しがあります。

"Hasta el cuarenta de mayo, no te quites el sayo."

つまり6月10日ごろまでは寒の戻りがある、という意味です。実際、以前には5月上旬に山へ雪が降ったこともありました。

そんな土地だからこそ、この日のような穏やかな春の夜はなおさら貴重に感じられます。

思いがけない再会の知らせと、季節の贈り物のような心地よい夜。なんとも嬉しい一日になりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/22

4月15日(水) つばめが戻る村で、友人の来訪を待つ春

朝の空気にはまだ少し冷たさが残っていましたが、季節は確実に爽やかな春へ向かっています。村のあちこちでは草が伸び始め、つばめたちも戻ってきました。空を忙しそうに飛び交う姿を見ると、寒い時期は終わったのだと実感します。

今日はその前に、昨日の小さな出来事から書いておこうと思います。

散歩のあと、いつも立ち寄るスーパー近くのバルへ向かいました。ところが、着いてみるとまさかの休み。定休日は月曜日なので、「今日は月曜日だっただろうか」と一瞬わからなくなってしまいました。でも実際は夜まで月曜日だと思ってたくらいです。

バルを通り過ぎスーパーへ向かうと、ちょうどこちらでいう「朝食休憩」の時間帯でした。スペインのこの辺りでは、朝8時ごろから働き始め、10時から10時半ごろにいったん休憩を取る人が多くいます。そこでコーヒーとトーストを食べたり、近くのバルで軽く一息ついたりするのです。

村のスーパーにもグルテンフリー商品が登場

日本の感覚からすると少し不思議ですが、この土地ではごく自然な働き方です。その後また仕事に戻り、午後2時か3時ごろまで働く人が多いようです。

スーパーの中には精肉コーナーがあり、近隣の村の肉専門店が入っています。せっかくなのでそこで買おうと思ったのですが、売り場には誰もいません。奥にいたスタッフに声をかけると、「あとでね」との返事。どうやらその方たちも朝食休憩中だったようです。

結局、パックのお肉を買って帰りました。なんともこの土地らしい、のんびりした出来事でした。

そして今朝は、いつもより少し早い8時半過ぎに家を出ました。理由は村の草刈り作業です。

この時期になると、村の作業員たちが道路脇や空き地の草を刈り始めます。暑さが本格化する前なので、作業開始は9時ごろ。夏になると、もっと早朝から始まります。

私はこの草刈りが少し苦手です。というのも、機械で刈る際に小石が勢いよく飛んでくることがあるからです。周囲にカバーもなく、そのまま作業していることも珍しくありません。

以前、かなり怖い思いをしたことがあり、それ以来、作業中の近くは通らないようにしています。

そのため最近は、「自分も朝型に切り替えなければ」と思うようになりました。もともと夜型で、朝はすぐに体が動かないのですが、これから暑くなる季節です。草刈りの時間にも重ならず、暑さも避けられるよう、少しずつ散歩の時間を早めたいところです。

昨日は、フランスに住んでいる友人から、来月スペインに遊びに来るという連絡もありました。一緒に各地を回る予定なので、今から楽しみにしています。

日程は、マラガに2泊、セビリアに3泊、そしてこの村に2泊です。

マラガにはコスタ・デル・ソルの玄関口となる空港があるため、私にとっても身近な存在です。街へも何度も足を運んでいますが、意外と詳しく知っているわけではありません。

2019年には、日本から来た友人をマラガで案内したことがあります。中学時代からの付き合いで、高校も進学先も別々でしたが、不思議と縁が切れることはありませんでした。

社会人になってから再び親しくなり、一緒にお茶を習っていた時期もあります。

その後、私は海外へ出て、彼女は結婚し子育てに忙しくなり、それぞれ別の生活を送るようになりました。それでも、帰国のたびに会えば昔の空気に戻れる、そんな友人です。

彼女が遊びに来たときは、マラガ市内の同じホテルに泊まり、街を少し案内しました。とはいえ、私自身もそれほど詳しいわけではなく、案内役としては少々頼りなかったかもしれません。

中心街のラリオス通りも、この数年でずいぶん変わりました。昔ながらの店や老舗のカフェが姿を消し、新しい資本の店へと入れ替わっています。街は洗練され、便利になった一方で、どこか均一化していく寂しさもあります。

最終日は、マラガのバスターミナルで別れを惜しみ、彼女たちはグラナダ行きのバスに乗り、私はロンダ行きのバスで戻りました。

来月は、フランスの友人と一緒にマラガからセビリア行きのバスに乗る予定です。鉄道は2月の嵐の影響で、まだ完全には復旧していません。

これからマラガやセビリアの下調べもしておこうと思います。久しぶりに会う友人に、一年で最も気持ちのよい季節ともいえる5月のアンダルシアを楽しんでもらえたら嬉しいものです。

そう考えながら空を見上げると、つばめたちが何羽も飛び交い、巣作りに忙しそうでした。季節はこうして静かに、けれど確実に進んでいきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/21

4月14日(火) 青空の朝、母を思い出す散歩道

朝9時半前に外へ出ると、久しぶりにほぼ雲のない青空が広がっていました。日差しがあるなら歩いているうちに暖かくなるだろうと思い、少し薄着で出たのですが、予想に反して空気はひんやりとしていて、思わず肩をすくめてしまいました。

ここ数日は気温が低めで、日中でも18度ほどの日が続いています。けれど、天気予報を見ると、この肌寒さもどうやら今日までのようです。明日からは20度を超える日が続くらしく、春を通り越して一気に初夏の気配が強まっていきそうです。

今朝は風もあったので、散歩には伊達眼鏡をかけて出ました。この季節になると毎年使い始めるのですが、今年は少し早めです。

というのも、私はオリーブの花粉に反応するので、いつもは5月に入ると目に違和感が出てきます。ところが今年は、すでに少し目がちかちかしていて、いつもより早くその季節が来たのかなと感じています。

秋から冬にかけて雨が多かったせいで、今年は花が一斉に咲くのではないか、花粉症の人にはつらい春になるのではないか、という話をよく耳にします。

このあたりは、春がゆっくり長く続くというより、短い期間に一気に草木が勢いづく印象があります。その分、花粉もまとめて飛びやすいのかもしれません。

私の場合は主にオリーブですが、枯れ草の細かなものが光を受けてきらきらと空気中を舞うと、それにも反応してしまいます。

ちょうど今も、あちこちから草刈り機の音が聞こえてきます。まだ少し早いような気もしますが、草が伸び切ってしまう前に一度刈っておく方が管理しやすいのでしょう。刈られた草は、湿気があるうちはまだよいのですが、乾いてくると細かなものが空気中を舞い始めます。

昨日まで滞在していたペットシッティング先の近所でも、週末に草刈りが行われていました。平日は皆さん仕事があるので、そうした作業は週末にまとめてするのでしょう。

せっかくの田舎の静けさの中で、鳥の声を聞きながらのんびりコーヒーでも飲みたいと思っていたのですが、外はずっと機械音が響いていて、結局家の中で過ごす時間が多くなりました。自然に囲まれた場所にも、暮らしの現実がきちんとあるのだと、そんな当たり前のことを改めて感じます。

散歩道の脇には、小さな花がいくつも咲いていました。中には、日が差すと花びらを開き、夕方になると閉じるのではなく、花びらが後ろへ反るように形を変えるものもあります。

花が眠るようにも見えるその動きが面白く、つい足を止めて見入ってしまいました。別の黄色い花は、こちらは素直に花びらを閉じるタイプのようで、同じ道端でも、それぞれ違う時間の過ごし方をしているのが興味深いです。

空を見上げると、ハゲワシが一羽、ゆっくり飛んでいきました。群れで来るのかと思ってしばらく待ってみたのですが、続きはありませんでした。それでも、久しぶりの朝の散歩はやはり気持ちがよく、鳥のさえずりに耳を澄ませながら歩く時間は、それだけで十分に満ち足りたものでした。

そんな穏やかな朝とは対照的に、昨夜はYouTubeで京都のある事件を扱った動画を見ていました。考察系の内容なので、どこまでが事実なのかは分かりませんが、そこで語られていた複雑な家族関係を聞いているうちに、昔の記憶がふいによみがえってきました。

私がまだ15歳くらいの頃、母の友人が娘さん夫婦と一緒に車で旅行をしていて、近くまで来たということで、我が家に遊びにきたことがありました。

娘さんの配偶者は婿養子でした。細身で背が高く、当時の私の目にも印象に残る、なかなかのイケメンだったのを覚えています。母の友人はお婿さんをとても気に入っていたようでした。

その後、母がぽつりとその家の事情を話してくれたことがあります。当時の私はまだ子どもで、その意味を深く理解できませんでしたが、大人になってから思い返すと、家を継ぐこと、土地を守ること、そして家族それぞれの思惑が絡み合うことの重さが、少し分かる気がします。

その家には長男がいたものの、東京で暮らし、そのまま地元へ戻らなかったそうです。しかも、長男のお嫁さんとはあまり折り合いがよくなかったらしく、結果として娘夫婦が家に入り、婿養子という形で家を支えることになったのだと聞きました。

母は当時、「長男がいるのに、婿養子はやめたほうがいいのに」と言っていました。そのときは意味がよく分かりませんでしたが、今なら、家の継承には感情だけでは済まない難しさがあるのだろうと思います。

その婿養子の話は、親戚の一人が後押ししたらしいとも聞きました。結婚そのものは本人同士の意思で決まるとしても、その後に成人の養子縁組をするとなれば、当然、娘さんの両親の同意が必要になります。つまり、誰かが知らないうちにそうなったというより、周囲も含めて納得の上で進んだ話だったのでしょう。

最初は古い家に住んでいたそうですが、その後、敷地内に立派な新しい家を建て同居していたようです。そしてその数年後にお母さんが亡くなり、お父さんと娘さん夫婦と一緒に暮らしていたのです。

そしてしばらくすると、長男家族が田舎へ戻り、古い家に住み始めました。

その後、お父さんが亡くなり、さらに数年後には、なんと娘さんが50代で病気のため亡くなったのです。

そうなると、大きく新しい家には婿養子の男性とその子供が住み、長男家族が古くて小さい家に住む、という状態になりました。

その後どうなったのかは分かりません。もう母もいないので、その家のことが耳に入ってくることもなくなりました。

今回の事件の報道を見て少し違和感があったのは、婿養子というのは、奥さんのご両親と養子縁組をするということですから、「知らなかった」という形では進みにくいのではないか、と思ったことです。

もちろん外からは分からない事情もあるのでしょうが、少なくとも当初は、皆が納得した上で進められ、さらにそれを後押しした人もいたのではないか、そんな気がしました。

スペインでも、田舎に行けば土地や家の相続をめぐる話は少なくありません。こちらでは兄弟姉妹が多い家庭も珍しくなく、土地を分けるだけでも大変だと聞きます。

売るにしても全員の合意が必要だったり、昔の土地の境界や登記が曖昧だったりして、なかなかすんなりとは進まないようです。

国は違っても、家や土地をめぐる問題が人の感情と深く結びつくのは同じなのかもしれません。

そんなことをあれこれ考えながら歩いているうちに、この日は母のことを思い出しながら、スペインの田舎の朝の散歩を楽しみました。

澄んだ空の下を歩きながら、遠い昔の記憶がふとよみがえる。そんな時間もまた、今の暮らしの一部なのだと感じます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/04/20

4月13日(月) 春の陽気と、犬たちに癒された週末

朝は思いのほか冷え込み、まだ冬の名残を感じる空気でした。ところが昼を過ぎるころには一転し、日差しがぐっと強まりました。

外に出て日なたに立つと、暑いと感じるほどです。アンダルシアの春らしい、朝と昼とでまるで別の季節のような一日でした。

この日はペットシッティングを終えて、午後2時半ごろに友人宅をあとにしました。

ちょうど一番暖かい時間帯で、着ていた冬用のジャケットが少し場違いに思えるほどです。とはいえ荷物になるだけなので、脱いだ上着を抱えながら車まで何度か往復することになりました。

本来なら家の前まで車を寄せられるのですが、今回はそうはいきませんでした。

先日の嵐の大雨で、家の脇を流れる普段は小さな水路のような場所が一時的に川のようになり、山から石がごろごろと流れ込んできたのです。

今では水もほとんど引いていますが、道にはまだ石が残り、車では渡れない状態でした。そのため少し離れた場所に車を止め、荷物を抱えて二往復。

行きは「もう戻りたくない」と思い、持てるだけ抱えて一度で済ませようとしたのですが、結局は無理をせず往復するほうが早いものです。

それでも、この数日間をワンちゃんたちと過ごせたことは何より楽しい時間でした。

年老いたティナは、かつてとても活発な女の子でした。ねずみを捕まえるほど俊敏で、ハンターという名がふさわしい子でした。

でも今は後ろ足が震え、段差や階段では慎重に歩きます。転びそうになるたびに体をそっと支えてあげました。

老いた犬には、若いころの勢いとはまた違う愛らしさがあります。攻撃的なところや気の強さが薄れ、どこか穏やかな表情になるのです。

かつて自分が飼っていた犬の晩年もそうでした。最後のころは、静かでやさしい顔をした犬になっていました。

飼い主さんからは「ここ数日、あまりごはんを食べていない」と聞いていたので少し心配していました。

ところが私がいる間は食欲旺盛で、まるで食べたことを忘れてしまうかのように、何度でも欲しがります。

私が自分の食事を用意し始めると、いつも横に来て「それも欲しい」と見つめてきます。

しかし自分の犬ではない以上、勝手に何でも与えるわけにはいきません。しかも体に負担をかけない高品質なドッグフードを与えているので、余計なものは禁物です。

かわいそうだと思いながらも、「だめ、だめ」と言って我慢してもらいました。

もう一匹の男の子は、去勢済みで落ち着いていてもよさそうな年齢なのに、まだまだ元気いっぱいです。

ぴょんぴょん飛び跳ね、全身で喜びを表現してくれます。その無邪気さがなんとも愛らしく、見ているだけでこちらまで明るい気分になります。

ただ面白いのは、飼い主さんが一緒にいる時です。その時の彼らは、私のことなどほとんど見向きもしません。

ところが留守番の数日間だけは、まるで私が特別な存在になったかのように大歓迎してくれます。犬たちなりの切り替えなのかもしれません。

こうして数日だけ一緒に暮らすと、また犬と暮らしたい気持ちがよみがえります。とはいえ現実には簡単ではありません。

だからこそ、こうして時々世話を頼まれ、それぞれ違う個性の犬たちと過ごせる時間がありがたく感じます。

家に戻ってからは月曜日らしく仕事が待っていました。

今回はパソコンを持って行かなかったので、滞在中は少し気を抜き、のんびり過ごしてしまいました。そのぶん夜になってから仕事に向かうことになり、さすがに少し疲れました。

天気予報では、この先しばらく気温が上がるようです。

暖かい日が続くのは嬉しいのですが、すでに目がかゆくなってきました。どうやら花粉の季節も本格的に始まりそうです。

春の喜びと小さな悩み、その両方を感じながら一日が終わりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/19

4月12日(日) 雨上がりの春空と、ペットシッター2日目

ペットシッティングは2日目を迎えました。

昨夜は空模様が荒れ、雨もかなり強く降っていました。静かな田舎の夜に響く雷鳴は思いのほか迫力があり、眠りの浅い時間が続きます。

けれど朝になると雨は上がり、空にはまだ厚い雲が残っているものの、ひとまず落ち着きを取り戻していました。どこか湿り気を含んだ、雨上がりらしい朝です。

家の中では、預かっているワンちゃんも元気に過ごしていました。ただ、かなりの老犬なので、段差や階段には注意が欠かせません。少し目を離すと危ない場面もあるため、常に気を配る必要があります。

昨夜も、飼い主さんたちが普段寝ている2階へ行こうとしたのでしょう。階段を二、三段ほど上がったところで、足を踏み外して落ちてしまいました。大きなけがはなかったものの、見ているこちらがひやりとします。

そのため今日は、階段へ続く扉の前に水のボトルなどを置き、近づけないようにして過ごしました。閉めているだけでは、自分で押して開けてしまうことがあるのです。年を重ねても、行きたい場所への気持ちはしっかり残っているのかもしれません。

午前中は近くで草刈り作業が行われていて、機械の音がしばらく響いていました。のんびりした日曜日とはいえ、こうした生活の音もまた田舎の日常です。

午後遅くになると、空を覆っていた雲が少しずつ切れ、ようやく太陽が顔を出しました。日差しの下に出ると、体がぽかぽかしてきます。

庭には花も咲き、雨上がりの空気の中でいっそう鮮やかに見えました。




寒すぎず、かといって暑すぎもしない、この時期ならではの心地よさがあります。アンダルシアの春は、やはり一年でも特に過ごしやすい季節だと感じます。



もっとも、ワンちゃんの頭の中では季節より食欲のほうが大事なようです。ご飯を食べたばかりなのに、また何か欲しそうな顔でこちらを見つめてきます。

食べたことを忘れてしまったのか、それともただ甘えているだけなのか。そんな様子もまた、なんとも愛らしいものでした。 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。