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【村の行事】2026年
祝日4月3日(金) Viernes Sano、3月29日(日)〜4月5日(日) セマナサンタ

2026/05/07

スペインの白い村から、嵐と光が交差した4月

4月が終わりました。

振り返ってみると、この1か月は本当にいろいろなことがありました。天気はまるで季節の境目を迷っているように荒れ、雨が降ったかと思えば夏のように暑くなり、また冬のような寒さが戻ってきました。

その一方で、村ではセマナ・サンタの厳かな行列があり、犬たちとの時間があり、友人たちとのバルでの会話があり、そして5月の旅へ向けた準備も少しずつ進んでいきました。

スペインの白い村で暮らしていると、一日一日は小さな出来事の積み重ねです。けれど、ひと月単位で振り返ってみると、その小さな出来事の奥に、この土地らしい濃い時間が流れていたことに気づきます。

4月の幕開けは、スペインで最も大切な行事の一つであるセマナ・サンタ、つまり聖週間の終盤と重なりました。

村の広場には人が集まり、パソと呼ばれる大きな山車がゆっくりと進んでいきます。黒い喪服に身を包んだ女性たち、キャンドルの光に照らされる夜の通り、静かに響く音楽。

その場に立っていると、単なる観光行事ではなく、この村の人たちが何世代にもわたって守ってきた時間の中に、自分も少しだけ入り込ませてもらっているような気持ちになります。

今年は友人の勧めもあり、関係者でなければ入れないような場所から撮影する機会にも恵まれました。近くで見るパソは想像以上に大きく、担ぎ手たちの緊張や誇りが伝わってきます。

中でも印象に残ったのは、若い女性たちが担ぎ手として力を合わせている姿でした。伝統というと、どうしても古い形のまま受け継がれているもののように思いがちですが、実際には時代とともに少しずつ変わりながら続いているのだと感じました。

静かな音楽、祈るような表情、夜に揺れる灯り。そこには華やかさだけではなく、死や別れを見つめるような深い哀しみもありました。

スペインの春は、明るい太陽だけでできているわけではありません。祈りや沈黙、そして人々の記憶もまた、この季節を形づくっているのだと思います。

一方で、4月の天候は本当に落ち着きませんでした。

月の初めには、近くの村の人と話す中で、2月の嵐の話題になりました。土砂崩れで道が封鎖されたこと、近隣の駅のあたりでは川が氾濫し、停電が長く続いたこと。

時間が少し経ってから聞く話だからこそ、あの嵐がこのあたりに残した影響の大きさを改めて感じました。普段は穏やかに見える白い村の周辺も、自然がいったん荒れ始めると、人の暮らしは簡単に足止めされてしまいます。

そうかと思えば、月の中旬には突然30度を超えるような日がありました。ついこの間まで肌寒いと言っていたのに、急に日陰を探しながら歩くようになります。バルのテラスで涼みながら、「もう夏が来てしまったのだろうか」と思うほどでした。

けれど、その暑さも長くは続きません。翌日にはまた冬のジャケットが必要なほど冷え込み、雨が降り、空は灰色に戻ります。日本でいう三寒四温という言葉がありますが、こちらの4月は少し振れ幅が大きすぎるようにも感じました。

春をゆっくり楽しむというより、冬と夏の間を行ったり来たりしながら、気づけば一気に季節が進んでいく。そんなアンダルシアらしい春でした。

この気候の中で、今月は犬たちと過ごす時間も多くありました。

特に忘れられないのは、友人の犬が蛇に噛まれてしまったことです。最初にその様子を見たときは本当に心配しました。

腫れがあり、元気もなく、連日の通院や点滴が必要になりました。時間も手間も費用もかかる看護でしたが、少しずつ腫れが引き、表情が戻っていく姿を見るたびにほっとしました。

動物は言葉で痛みを説明できません。その分、こちらがよく見て、少しの変化に気づいてあげる必要があります。犬の世話をしていると、ただ可愛いというだけでは済まない、命を預かる重さを感じます。

また、老犬ティナとの時間も心に残っています。かつては機敏に走り回るハンターだったというティナも、今ではすっかり年を取り、動きもゆっくりになりました。その姿を見ていると、以前飼っていた自分の犬の晩年を思い出します。

若い頃の元気な姿ももちろん愛おしいものですが、年を取って穏やかになった犬には、また別の深い愛おしさがあります。

歩くのが遅くなり、耳が遠くなり、少しぼんやりする時間が増えても、その存在そのものが家の空気をやわらかくしてくれます。4月は、そんな命の移ろいについても考える月でした。

暮らしの中では、デジタルとアナログの狭間にいるような出来事もありました。

今月もAIは、私の生活の中でとても大きな役割を果たしてくれました。ブログを書くときの整理はもちろん、セマナ・サンタの夜の行列を撮影するためのカメラ設定を相談したり、英語レッスンの教材作りを手伝ってもらったりしました。

少し前なら時間をかけて調べていたことが、今では会話をしながら整理されていきます。田舎の村に暮らしていても、こうした技術のおかげで、できることの幅は確実に広がっています。

その一方で、こちらの田舎暮らしには、まだまだアナログな部分も残っています。郵便局で荷物を受け取るときには、プライバシーという言葉が少し遠く感じられることもあります。小さな村では、誰が何を受け取ったのか、なんとなく分かってしまう雰囲気があります。

また、銀行などもネット化が進み、窓口でできることが少しずつ減ってきています。便利になった面はもちろんありますが、高齢の人や、デジタルが苦手な人にとっては、かえって不便になっている部分もあるのではないかと思います。

スペインの田舎では、昔ながらの人間関係の濃さと、急速なデジタル化が不思議な形で同居しています。

人間関係についても、4月はいろいろと考えることがありました。

バルで友人たちと過ごす時間は、やはり楽しいものです。ふらりと行けば誰かがいて、飲み物を片手に近況を話す。そんな日常のバル文化が暮らしの中に自然と溶け込んでいて、この気軽さは大きな魅力です。

ただし、人と会うことは、楽しいだけではありません。スペイン人の声の大きさに圧倒され、自分の声がまったく届かないように感じることもあります。1対1で重い身の上話を長く聞き続け、帰る頃にはすっかり疲れてしまうこともありました。

外国で暮らしていると、言葉だけでなく、人との距離感にも少しずつ慣れていく必要があります。親しさと近さ、優しさと負担、付き合いのよさと自分の時間。その境目を見極めるのは、なかなか難しいものです。

そんな時には、一人で空を見上げる時間が助けになりました。満月を眺めたり、つばめが戻ってきて巣作りを始める様子を見たりすると、気持ちが少しずつ整っていきます。

村の暮らしは人との距離が近い分、自然との距離も近いのかもしれません。ざわざわした心を静めてくれるものが、すぐそばにあります。

4月の終わりには、5月に予定しているマラガとセビリアへの旅行の準備も進めました。

本来なら電車で行けるはずのところも、大雨の影響で一部区間が不通になっており、バスを予約しなければならなくなりました。

こういう時、スペインらしい不便さを感じます。予定通りにいかないことは珍しくありませんし、調べても情報が分かりにくいこともあります。

けれど、その不便さも含めて、久しぶりの都会への旅は楽しみです。マラガでは海の空気を感じたいですし、セビリアでは街の熱気やアートに触れたいと思っています。

白い村での日常があるからこそ、都会へ出る時間もまた新鮮に感じられるのかもしれません。

こうして振り返ると、4月は嵐と光、祈りと日常、命の世話と人付き合いが交差したひと月でした。

セマナ・サンタの厳かな夜があり、雨に濡れた朝があり、突然の夏日があり、犬たちと過ごす静かな時間がありました。バルで笑った日もあれば、人に疲れて早く一人になりたいと思った日もあります。

スペインの暮らしは、絵葉書のような美しい景色だけでできているわけではありません。不便もありますし、疲れることもあります。けれど、その一つひとつを含めて、ここで暮らしている実感があります。

5月はどんな月になるのでしょうか。

きっとまた、予定通りにいかないことがあると思います。暑さも増していくでしょうし、旅先での発見もあるはずです。

それでも、白い村に戻れば、いつものバルがあり、空を飛ぶつばめがいて、季節はまた少し先へ進んでいるのでしょう。

4月は、そんなことを静かに感じさせてくれる月でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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