朝、犬の散歩の後、この日は、前日からの持ち越しをなんとか片付けようと試みました。相変わらず入れない銀行のアプリです。
何度試してもだめなので、いろいろ考えているうちに、ふと思いました。もしかすると、スマホのアップデートをしていないことが原因かもしれません。
ただ、そのアップデートができません。スマホの容量が足りないのです。画面には、ストレージを減らしてくださいというようなメッセージが出ています。そこで一日かけて、スマホの中身を整理することになりました。
写真や動画はクラウドに入っているものも多いのですが、スマホから簡単に見られるものでも、パソコンに移そうとすると一度ダウンロードしなければなりません。それをパソコンに移し、スマホから削除する。単純な作業ですが、やってみるとかなり時間がかかります。
特に多かったのは、WhatsAppに残っていた動画です。
「こんな動画、もういらないでしょう」と思うものがたくさんあります。けれども、見ていると昔のことを思い出してしまいます。
いらないはずなのに、消すとなると少し迷う。スマホの容量を減らしたいだけなのに、いつの間にか思い出の整理をしているような気分になりました。
とにかく少しでも空きを作り、スマホをアップデートして、それでも銀行アプリに入れなければ、また銀行に連絡するしかありません。土曜日なら、まだコールセンターに人がいるかもしれません。
スペインのコールセンターは、国内につながることもあれば、南米につながることもあります。英語圏のサービスがインドにつながることがあるのと、少し似ているのかもしれません。
友人には、スペイン国内の銀行や保険会社のコールセンターで働いていた人もいます。私の場合はどこにつながるのか分かりませんが、もう一度試してみるつもりです。
夜は久しぶりに、クラブハウスの小さな集まりに参加しました。
コロナ禍のころに一時とても有名になった、音声だけで話せるアプリです。今でも一つだけ、たまに参加している部屋があります。ヨーロッパ在住の日本人が多く、日本にいる人や、以前ヨーロッパに住んでいた人もいます。
少人数なので、ゆっくり話せるのがいいところです。皆さん、それぞれの人生があって、経験も豊かです。けれども、それをひけらかす感じはまったくありません。実際に会ったことがある人は二人だけですが、どちらもとても魅力的な人です。
一人は日本で会った女性で、とても優秀な方です。でも、そういうところを前に出すのではなく、お茶目でかわいらしい雰囲気の人です。
もう一人は、以前うちの村に来た男性です。世界中を旅していて、その途中で奥さんと出会ったというような、話しているだけで楽しくなる人です。英語も堪能なので、こちらに来た時には村の英語グループの人たちともすぐに打ち解けていました。
その夜の話題の一つは、実家の片づけでした。
日本に帰ったら、実家が大変な状態になっていたという話です。海外に住んでいると、久しぶりに日本へ帰った時、実家の物の多さに直面することがあります。これは本当に、どこも同じなのだと思いました。
私も以前、日本に帰った時、自分の仕事場所を確保するのに苦労しました。家で仕事をしている人にとって、落ち着いて作業できる場所がないのはかなり大きな問題です。
ヨーロッパに住んでいる昔ながらの友人も、日本に帰るたびに実家の片づけをしなければならないと言っていました。親が高齢になったり、施設に入ったり、亡くなったりすると、残された家と物をどうするかという問題が出てきます。
その流れで、日本では物を捨てるのが本当に大変だという話にもなりました。
大型ごみを出すにも、自治体に連絡して、シールを買って、指定の日に出す必要があります。場合によっては、リサイクルショップや買い取り業者に持っていくこともあります。日本に一時帰国したとき、私もそういう手続きをした記憶があります。
それに比べると、私が住んでいるスペインの田舎では、大きな物を捨てるのはかなり簡単です。
村の外れに、車の修理工場や小さな作業場が集まっているような地区があります。スペイン語では、こういう工業地区のような場所をポリゴノと呼びます。
そこに大きなコンテナが置いてあり、大型の不要品はそこへ持っていけばいいのです。
もちろん分別はあります。けれども、日本のように大型ごみの日を待ったり、シールを買ったりする必要はありません。いらなくなったものを車に積んで持っていけば、それで終わりです。
さらに、そこに置いてあるものを誰かが持っていくこともあります。
日本の友人は、拾われたら困るから大きな物は切り刻んで捨てると言っていましたが、こちらではあまり気にしません。むしろ、誰かが使ってくれるならその方がいい、という感覚です。
スペインは国土が広く、人口密度も日本ほど高くないので、物の捨て方にも少し余裕があるように感じます。
洋服を入れる専用のコンテナもあります。ただ、それについては少し複雑な気持ちがあります。以前、そのコンテナから服を回収しているところを見たことがあるのですが、扱いがあまり丁寧ではありませんでした。
自分が着ていた服が雑に扱われるのを見ると、少し忍びない気持ちになります。それなら、最初からごみとして出した方がいいのではないかと思ってしまうこともあります。これはかなり日本的な感覚かもしれません。
そんな話をしているうちに、物を捨てることについて考えました。
家が物であふれてしまうようになったら、自分もまずいなと思います。もっとすっきり暮らしたい気持ちはあります。けれども、簡単には捨てられません。
私の親世代には、物を捨てられない人が多いのかもしれません。戦中や戦後の、物が少ない時代を知っている世代です。もちろん人によりますが、良いものを大切に持ち続ける感覚が強かったのだと思います。
母も、昔の質のよいものをいろいろ持っていました。だからこそ、それを捨てるのは忍びないという気持ちがありました。それでも、母が亡くなったあとに引っ越しをした時、結局多くのものは手放すことになりました。
私が今、スペインで物を捨てられない理由は少し違います。
ここで手放してしまうと、次に必要になった時にまた手に入るかどうか分からないからです。
特に、日本から持ってきたものや、日本で買ったものはそうです。こちらで簡単に買えるものならいいのですが、そうでないものは、最後の最後まで残してしまいます。
スマホの中の動画も、家の中の物も、結局は同じなのかもしれません。
いらないと思っても、そこには何かしらの記憶があります。消すこと、捨てることは、ただ容量や場所を空けるだけではありません。自分の過去と少し距離を置くことでもあります。
銀行アプリに入れないことから始まった一日でしたが、気がつけば、スマホの中の思い出や、日本の実家、スペインのごみ出し、そして物を持つことについて考えていました。
暮らしの中の問題は、ひとつだけで終わらないことがあります。小さな不便を片づけようとすると、思いがけず、自分の生活の形まで見えてくるものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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