6月は、待っていた夏がようやく姿を見せた月でした。日差しは強くなり、昼間は30度を超える日も増え、村の空気も少しずつ夏の色に変わっていきました。けれども、ただ暑くなっただけの一か月ではありません。歴史の重みに触れたり、自分の限界を知ったり、日常の小さな事件に冷や汗をかいたりと、心の振れ幅が大きい月でもありました。
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| ChatGPT生成 |
まず、6月に入ってうれしかったのは、今年初めてプールに入れたことです。
南スペインの夏は、暑くなると一気に暑くなります。日中の強い光の中で水に入る気持ちよさは、やはり格別です。年齢を考えると、あまり日焼けはしたくないと思う一方で、こちらの友人に「夏なのに焼けていないと格好が悪い」と言われると、少しだけその気にもなります。日本にいた頃とは違う感覚ですが、ここでは日焼けもまた、夏をちゃんと生きている証のように見えるのかもしれません。
そんな初夏らしい日々の一方で、今月前半は銀行アプリのトラブルにかなり振り回されました。
アプリに入れなくなり、カスタマーセンターに電話し、説明を聞き、また試してみる。その繰り返しです。古いスマホの容量不足もあり、酔った勢いでアプリを消してしまったことも重なって、事態はますますややこしくなりました。一時は、口座が凍結されるのではないかと本気で心配しました。
スペインで暮らしていると、銀行や行政の手続きは、ときどき大きな壁になります。言葉が分かっていても、相手の説明が早かったり、アプリの仕組みが変わっていたりすると、それだけで一日がつぶれてしまいます。最終的にはAIに手伝ってもらいながら、どうにか問題を解決できました。暗いトンネルを抜けたような安堵感がありました。
今月、私の心をいちばん大きく揺さぶったのは、友人カルメンの家に残されていた古い手紙のプロジェクトです。
カルメンの祖父母が、スペイン内戦後に離ればなれになった時代に交わした手紙です。古びた紙に残された手書きの文字を読み解き、現代のスペイン語に整え、日本語や英語にも訳していく作業を始めました。
これは、ただの文字起こしではありませんでした。
そこには、戦争で引き裂かれた家族の思いが残っていました。遠く離れた場所から妻や娘に宛てて書かれた言葉。お金のこと、暮らしのこと、写真のこと、会えない時間のこと。紙の上の文字は静かですが、その奥には声にならなかった悲しみや、どうにもならなかった時代の重さがあります。
カルメンと一緒に手紙を読みながら、涙が出ました。
AIに読み込ませれば何でもすぐに分かる、というわけではありません。古い筆跡や当時の言い回しは簡単には読めず、一文字ずつ追っていく必要があります。その作業は、歴史のほこりをそっと払うようでもあり、長いあいだ閉じ込められていた家族の記憶を、少しずつ外に出してあげるようでもありました。
一方で、6月は村の日常も相変わらず濃いものでした。
村の軒先には燕がたくさん飛び交い、役場のあたりでは巣から巣へと忙しく行き来していました。燕はまっすぐ飛ぶだけではなく、空中で跳ねるように動きます。その姿を見ていると、海の中を泳ぐイルカの群れのようにも見えました。山の村なのに、ふと海を思い出す。その不思議な感覚が、妙に心に残っています。
コルク樫の木を見に行った日もありました。スペイン南部では、コルクは風景の一部です。木の幹から皮をはがしても、また年月をかけて再生する。その姿を見ると、人間の暮らしと自然が、長い時間をかけて折り合いをつけてきたことが分かります。都会の観光では見えにくい、こういう土地の営みに触れられるのは、村暮らしの面白さです。
もちろん、のんびりしたことばかりではありません。
ある夜、バルコニーのドアが風で閉まり、外に締め出されてしまいました。夜中に、3階の高さにあるバスルームの窓へよじ登り、どうにか家の中へ戻りました。今思えばかなり危ないことをしています。酔っていたからできたのかもしれませんが、冷静に考えるとぞっとします。
スペインの田舎暮らしは、時におおらかで、時に雑で、時に思いがけない方向へ転がります。その予測できなさが面白くもあり、怖くもあります。
6月はサッカーの月でもありました。
ワールドカップの試合を見ようと、バルへ出かけた日もありました。ところが、見たい試合が地上波ではなく有料放送で、村のバルでは流していないこともありました。都会のスポーツバーなら当たり前に見られる試合も、小さな村ではそうはいきません。お客さんの数は限られているのに、放映権料は大きな町と同じようにかかる。そんな話を聞くと、村のバルが抱える現実も見えてきます。
それでも、バルでビールを飲みながら、誰かと話し、テレビをちらちら見る時間は、やはりスペインらしい日常です。試合そのものより、そこに集まる人たちの空気を味わいに行っているのかもしれません。
そして、6月21日。夏至の日には、朝4時45分に起きて、隣村ガウシンの山へ日の出を見に行きました。
まだ暗い中、懐中電灯を頼りに歩き始めました。空が少しずつ明るくなり、山の形が見えてくると、そこにいたこと自体が特別な体験のように感じられました。
ところが、明るくなってから道の右側が切り立った崖だと分かり、急に足がすくみました。私は高いところが苦手です。自分より年上の友人たちが平気で先へ進んでいく中、私は山頂まで行くのを諦め、途中で待つことにしました。
そのとき頭に浮かんだのは、「無謀な60代日本人女性、崖から転落」というニュースの見出しでした。
笑い話のようですが、その場では本気でした。行ける人は行けばいい。でも、怖いと思ったら引き返す。若い頃なら、無理をしてでもついて行こうとしたかもしれません。けれども今は、自分の限界を認めることも大事だと思います。山頂に立てなかったことは少し残念でしたが、あの朝、自分にとって必要だったのは、頂上ではなく、引き返す判断だったのかもしれません。
月の終わりには、いよいよフランスへ向かいました。
1週間分の荷物をまとめ、ロンダから移動し、マラガ空港へ。ロンダのバスステーションのトイレで50セントがなくて冷たい対応を受けたり、マラガ鉄道駅構内のサンドイッチが10ユーロを超えていて驚いたり、出発前から小さな出来事はいろいろありました。それでも、飛行機は無事にフランスへ到着しました。
パリを経て、そこからは車でのロードトリップです。
スペインの乾いた山の村から、フランスの田園風景へ。ひまわり畑を眺め、ブルゴーニュのブドウ畑を歩き、ボーヌでは中世の病院オテル・デューを見学しました。夜にはワインとエスカルゴを味わい、スペインとはまた違うヨーロッパの空気を感じました。
6月のコルテスは、夏の光と、古い手紙と、山の朝と、バルのざわめきに満ちていました。そして月末には、その日常を少し離れて、新しい旅が始まりました。
古い紙片に刻まれた過去を読みながら、自分の怖さや弱さにも向き合い、それでもまた別の空の下へ出ていく。そんな一か月だったように思います。
7月は、このフランスの旅の続きと、本格的なスペインの夏が待っています。
暑さに負けず、無理はせず、それでもできるだけよく見て、よく味わって、また書いていきたいと思います。

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