ようやく雨が上がりました。
朝、目を覚まして窓の外を見ると、まだ雲は残っているものの、雨は降らないという予報。あれほど続いた雨がようやく止み、気持ちも晴れ、空気がまるで違って感じられます。
強風注意の知らせは出ていましたが、思っていたほどではありませんでした。ときおり強く吹くことはあっても、身構えるほどではない。数日ぶりに「大丈夫そう」と思える朝でした。明日からしばらく穏やかな日が続く予報で、その言葉を何度も心の中で繰り返します。
地震も一日中なかったので、「今日はもう来ないのかもしれない」と思っていた夕方、ガタガタッと一度だけ揺れました。以前のような「ドン」という衝撃音ではありません。それでも、やはり身体は反応してしまいます。
外へ出ようかどうか迷いましたが、この日は結局家で仕事をすることにしました。締め切りが近く、日本時間の月曜日の朝には提出しなければなりません。
終わったら、日が沈む前にバルのテラスでビールでも飲めたらな、そんな小さなご褒美を思い描きながら机に向かいました。
日が当たるバルの時間には間に合わなかったのですが、友人から連絡があり、暗くなった8時に出かけました。
暗くなった村も傘をささずに出られる嬉しさ、村営プールの横にあるホテルの一階にあるバルに向かいました。
バルは、天気が回復したこともあり、多くの人でにぎわっていました。
そしてバレンタインということもあって、女性はおしゃれをしていて、久しぶりに見る華やいだ雰囲気。私たちもピザを頼み、ワインを飲みながらほっとした時間を過ごしました。
7人でいたのですが、4人の友人たちは「次の店へ行こう」と移動しましたが、私とあと二人はここで十分。もう一杯だけ飲んで帰ることに。
ふとカウンターの方を見ると、席を待っている三人組がいました。村の八百屋さんの若いご夫婦と、もう一人は私にとって特別な存在の愛犬を最後まで診てくれた獣医さん。顔なじみの三人です。
「もうすぐ席が空くよ」と声をかけ、一緒に座って話をしました。
長く続いた嵐と地震、そして崖崩れで閉鎖された道路。
「どうやって野菜を運んでくれていたの?」と尋ねると、「いろんな道を迂回して何とかね」と笑っていました。
本当に、あの野菜は命綱でした。
今はAIがすごい、テクノロジーがすごいと騒がれる時代ですが、こんな過酷な状況で体を使って働き、物を運び、店を開け、働いてくれる人たちがいなければ、私たちの生活は成り立ちません。
大きなチェーンのスーパーでさえ、配送センターからのトラックが遠回りをし、嵐の中を走ってきます。そして店員さんたちは雨風の中を歩いて出勤する。
最後に社会を支えているのは、やはり人の力なのだと、今回の経験で強く感じました。
そして最後は友人三人で、ここには書けないような冗談を言い合いながら、久しぶりにお腹を抱えて笑いました。こんなふうにゲラゲラ笑ったのはいつぶりだろう。
嵐のあとに訪れた晴れの日。
空が明るいだけでなく、心まで少し軽くなった夜でした。
そしてバルを出ると、ゴミ収集車が静かに通り過ぎていきました。
嵐の日も、地震の不安が続く日も、変わらず働いてくれていたのだと思うと、本当に頭が下がります。心から感謝の気持ちでいっぱいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。





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