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【村の行事】2026年
祝日8月15日(土) 、壁のないフェスティバル 8月14日(金) &15日(土)、夏のフェリア8月20日(木) 〜23日(日)
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2026/08/04

7月28日(火) タイヤ交換と、初対面の家族を訪ねた午後

朝は夏とは思えないほど涼しく、仕事のアプリを開いてみると、珍しく何も入っていませんでした。

午前中には、友人でもある生徒さんとの英会話レッスンが予定されていたため、その準備をしていました。すると、日本にいる彼から、住んでいる地域で雷を伴う激しい雨が降り、停電しているという連絡が入りました。

しばらくして電気は復旧したものの、雨と雷は収まらず、いつまた停電するか分からないとのことでした。そのため、この日のレッスンは中止にすることになりました。

ちょうどその頃、修理工場から、注文していたタイヤが届いたという連絡がありました。先日の車検では、タイヤの交換と、曇ったヘッドライトの修理が必要だと言われ、不合格になっています。そのため、前もって新しいタイヤを注文してもらっていたのです。

午前11時頃に車を持ってきてほしいと言われ、村の外れにある修理工場へ向かいました。

作業が終わるまで工場で待つこともできましたが、ほかにも用事があったため、歩いて家へ戻ることにしました。修理工場から村までは上り坂です。朝は涼しかったものの、11時を過ぎると日差しが強くなり、できるだけ日陰を選びながら歩きました。

村の中心部に入ると、メインストリートの上に日除けを取り付ける作業が進んでいました。夏祭りは8月の第3週ですが、それまでにも週末ごとにさまざまな催しがあります。暑い季節に備えて、通りを覆う日除けの準備が早くも始まっていたのです。

銀行の用事を済ませて家に戻り、午後の外出の準備をしながら、細かな作業を片付けました。もし仕事が入っていたら、かなり慌ただしい一日になっていたでしょう。何も入っていなかったのは、むしろ幸運でした。

そうしているうちに、修理工場からタイヤ交換が終わったという連絡が入りました。翌日に取りに行くことも考えましたが、やはりその日のうちに受け取ることにしました。

今度は坂を下り、再び修理工場へ向かいます。かなり暑くなっていましたが、下り坂だったので、行きよりは楽でした。代金を支払い、車を受け取って家へ戻りました。

タイヤ交換が終わると、次に気になったのは車検の再検査です。木曜日には村の外へ出かける予定があります。近場とはいえ、不合格のまま走るのは落ち着きません。万が一、警察に止められれば、罰金を科される可能性もあります。

車検の結果を記した書類にはQRコードが付いていました。読み取ると自分の車の情報が表示され、修理を行った工場の名前と事業者番号を登録できるようになっています。

手続きを進めると、翌日の夜8時前に空きがあったため、急遽予約を入れました。これで一つ、気がかりが減りました。

午後2時半には、マリが迎えに来てくれました。知人が海側の町に所有している家があり、普段は定期的に異常がないか確認しています。その持ち主が御家族とともに滞在しているというので、会いに行くことになったのです。

目的地までは、車でおよそ2時間かかりました。以前はもう少し早く着いたのですが、途中の道路に速度監視カメラが設置され、制限速度が時速60キロになった区間があります。かつては車がかなり速く走っていた場所ですが、今ではゆっくり進まなければなりません。

そこを抜けて高速道路に入り、二つほど先の出口で降りて、ゴルフ場の多い地域へ向かいました。

電話では何度も話していましたが、直接会うのは初めてです。家には御本人と息子さん、お孫さんがいらっしゃいました。よく知っている間柄ではないうえ、「来ていただけますか」と頼まれて訪ねたものの、何を目的に呼ばれたのかが、私にはよく分かっていませんでした。

楽しく話をしながらも、何を求められているのか、私がどこまで手を出してよいのかを考えていました。

海外に長く住んでいると、希望や必要なことをはっきり言葉にする習慣が身に付きます。相手の気持ちを察することが重んじられる日本とは、少し違います。

私も香港に住んでいた頃、日本へ帰ると「言い方がきつい」と言われることがよくありました。はっきり伝えなければ物事が進まない環境に慣れていたからでしょう。

今回も、ゴルフクラブの会員資格がどうなっているのか調べてほしい、というような話が出ました。ただ、書類も連絡先も手元になく、本人でなければ確認できない内容もあります。電話で問い合わせても、私に個人情報を教えてくれるとは思えません。

そこで、話を続けるよりも直接行った方が早いと思い、皆で近くのゴルフクラブへ向かいました。私も初めて訪れた場所です。建物の中にはゴルフ用品の売り場と受付があり、その前にはすてきなレストランもありました。

受付で事情を尋ねてみましたが、会員に関する手続きはそこではできず、平日の午前8時から午後2時まで開いている事務所へ行かなければならないとのことでした。その時間はすでに閉まっていたため、この日は確認できませんでした。

銀行の手続きもうまくいっていないという話が出たので、必要であれば翌日一緒に行けると伝えました。ただ、そこまでの手助けを望んでいるのか、御家族で対応するつもりなのかは、その時はよく分かりませんでした。

海側の町では英語が通じる場所も多いため、私でも英語なら交渉できます。しかし、息子さんからは、自分たちで何とかしてみるという返事がありました。こちらからあまり前に出るのも違うように思え、そのままにしました。

そもそも、初めてスペインを訪れた方ではありません。海側の町に家を持ち、長年この地域で過ごしてきた方です。土地のことを何も知らないわけではないため、私があれこれ提案しすぎるのも失礼になるかもしれません。

ただ、息子さんや、特にお孫さんには、せっかくのスペイン滞在を楽しんでもらいたいと思っています。私の住む村まで来ていただけるなら、まずはバルで何かを食べ、その後、コルク樫の森を案内できればと思います。

日本では、コルク樫を実際に見る機会はほとんどありません。樹皮を剝がした木を見て、幹に触れてもらえば、この地域らしい体験になるはずです。観光地を巡るだけでは分からない、アンダルシアの自然に触れてもらえるのではないでしょうか。

帰り際には、日本から持ってきてくださったお土産をたくさんいただきました。小袋に分かれたお煎餅、ずっしりと重い羊羹、そして何種類もの即席味噌汁です。これだけの物を運んでくるのは大変だっただろうと思います。

羊羹を食べるのは久しぶりです。日本茶が少し冷凍庫に残っていたはずなので、一緒にいただくのを楽しみにしています。

帰り道では、ガウシン村のバルに立ち寄りました。お腹が空いていましたが、厨房が休憩に入っている時間帯で、温かい料理はありませんでした。そこで、エンサラディージャ・ルサというスペイン風のポテトサラダを食べることにしました。私はビールを、マリはコーラを注文しました。

いただいたお煎餅を一袋マリにも勧めると、「おいしい」と喜んで食べていました。日本のお煎餅は、こちらの友人たちにも意外なほど好評です。

村へ戻ると、ガソリンスタンドの隣にあるバルで、友人のトムを見かけました。少し一緒に飲みながら話をしていると、山の上から黄金色の月が昇ってきました。丸い光がゆっくりと姿を現す様子は、線香花火の火の玉を逆さにしたようで、とてもきれいでした。

トムは歯の調子が悪く、硬いお煎餅は遠慮していました。その代わり、即席味噌汁を一つ渡しました。英国人の彼は味噌スープをよく知っているので、喜んでいました。

その後、もう一杯飲もうということになり、プールのバルへ向かいました。途中でホアニートとビクトリアに会い、一緒に飲むことになりました。二人にもお煎餅と味噌汁を分けると、特に味噌汁を楽しみにしている様子でした。スペイン人の二人は、おそらくまだ飲んだことがないのでしょう。

この辺りでは、日本の食品は簡単には手に入りません。日本から何か送ってもらったり、お土産をいただいたりしたとき、分けられる物があれば、私は少しずつ友人たちに渡すようにしています。日本にはこんな食べ物があるのだと、知ってもらえたらうれしいからです。

結局、予定していたよりも何杯か多く飲んでしまいました。少しふらつきながら、重い羊羹の入った袋を大事に抱えて家まで歩きました。

車の修理に始まり、長いドライブと初対面の方との会話、そして夜のバルまで、盛りだくさんの一日でした。家に着いた頃には、体も気持ちもすっかり疲れていました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/24

7月15日(水) 朝は涼しく、海側では真夏の暑さ

朝起きると、思いのほか涼しく感じました。バルコニーから外を見ると、空の右半分は雲に覆われ、左側は晴れています。雲が広がっていたのは、地中海のある海側でした。

この日はちょうど、そちらへ出かける用事がありました。今日は一日曇りなのかもしれないと思いながら、マリと一緒に車で出発しました。外の空気もまだ涼しく、薄い羽織りものを持ってくればよかったと思うほどでした。

途中、ジブラルタルが夏には珍しく綺麗に見えました。またその後ろにそびえるモロッコの山も見えました。

高速を下りてから、サン・ペドロの工業団地にあるカフェで朝食を取りました。倉庫や工場が並ぶ一角にあり、ガソリンスタンドに併設されている店です。

以前は高速道路の途中にあるサービスエリアへ立ち寄っていました。月に一度ほどしか行かないのに、ウェイトレスさんたちが私たちのことを覚えてくれていた店です。しかし、残念ながら閉店してしまいました。高速料金の値上がりで利用者が減ったことも、理由の一つだったのかもしれません。

そのため、最近は高速道路を降りてから、このカフェで朝食を取っています。サービスエリアよりも少し安く、近くで働く人たちが次々に入ってきます。

客の多くは、工場や倉庫などで体を使って働く男性たちです。皆さんが注文するボカディージョの大きさには、いつも驚かされます。

私たちが食べるのは、その半分ほどの大きさで、チーズとハムを挟んだものです。

一方、周りの人たちは大きなパンに肉やベーコン、卵などをたっぷり挟んだものを、朝からしっかり食べています。

忙しい人たちが朝食の休憩に立ち寄る店だけあって、料理が出てくるのも会計も早く、ウェイトレスさんたちの動きにも無駄がありません。ゆっくり朝食を楽しむ観光地のカフェとは違いますが、こうした働く人たちの日常が見える店も、スペインらしくて面白いものです。

朝食の後は、ある住宅地の正門を開閉するためのリモコンを買いに行きました。その住宅を利用する知人が近々来るのですが、車で出入りする際に必要なリモコンを持っていなかったためです。

本来なら住宅地の管理会社が用意してくれるものだと思いますが、私は契約者本人ではありません。管理事務所へ相談すると、販売店には連絡しておくので、自分で買いに行くように言われました。

海岸部の住宅地では外国人の住民も多いため、事務所では英語が通じます。難しい手続きでもなく、リモコンは無事に購入できました。

その後は住宅へ向かい、到着する人を迎えるための準備をしました。必要なものはそろっているだろうかと確認しているうちに、朝の涼しさはすっかり消え、外はかなり暑くなっていました。

掃除をしてくれていたマリも「暑い、暑い」と繰り返しています。冷たい水を飲めるように、1.5リットルのペットボトルを2本凍らせて持ってきていました。しかし、凍らせる時間が足りなかったため、午後まで氷は持ちませんでした。それでも、冷たい水を飲みながら何とか体を冷やしました。

用事を終えて帰る頃には、すっかり真夏の暑さです。途中、ガウシン村のガソリンスタンド脇にあるバルへ寄りました。ガソリンスタンドの隣にバルがある風景は、スペインでは珍しくありません。

温かい料理はもうないと言われたので、冷たいタパスをつまみながらビールを飲みました。その後、村へ戻ってからも、プールのそばにあるバルへ立ち寄り、もう一杯ビールを飲んでタパスを食べました。

朝から出かけて暑い中で動き回り、ビールもすでに二杯飲んでいたため、家に戻ると少し疲れていました。このまま家で休もうかとも思いましたが、その夜はイングランド対アルゼンチンの試合があります。やはり気になり、試合を見るために村のバルへ行くことにしました。

店にはトムや何人かの知り合いがいました。一緒に座って話をしながら、時々テレビへ目を向けましたが、店内はかなり暑く、途中から外へ出ました。

普段なら、太陽が山の向こうへ沈むと、ひんやりとした風が流れてきます。ところが、この夜は日が暮れても風がありませんでした。暑さと一日の疲れに耐えられなくなり、試合の途中で家へ戻り、続きを家で見ることにしました。

その後は、インスタでメッセージをやり取りし、WhatsAppのグループでもしばらく皆と話しました。グループのメンバーは、ほとんどが私よりずいぶん年下です。それでも年齢の差を意識させることなく、同じように会話へ入れてもらえるのが嬉しく感じます。

若い人たちと気軽に話せる時間は、私にとって楽しいひとときです。朝の涼しさから始まり、海側の暑さの中で用事を済ませ、最後は家でサッカーの試合と会話を楽しみながら、一日を終えました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/06/18

6月11日(木) 雲の村から海側の町プエルト・バヌスへ

朝起きると、この日も雲が低く降りてきていました。村全体が白く包まれているようで、空気もひんやりしています。南スペインといっても、山あいの村の朝は、こういう涼しさがあります。

この日は、友人のマリと一緒に海側の町へ行ってきました。知り合いの方が持っている家の様子を、定期的に見に行くためです。

長く空けている家は、何か問題が起きていないか、ときどき確認しておく必要があります。スペインで暮らしていると、こういう小さな頼まれごとも日常の一部になります。

村を出た時はずっと曇っていました。海側に近づくと少し晴れ間も見えましたが、それも長くは続かず、また雲が広がってきました。

海側に向かっています。

海方面へ行く時は、いつも高速道路を使います。海沿いには、同じ方向へ走る一般道もありますが、交通量が多く、混みやすいのです。そのため、少しお金を払っても高速に乗った方が楽だと思っていました。

ところが、この日は料金を見て驚きました。区間ごとの料金ではありますが、最初の短いところが2ユーロになっていたのです。冬料金のほぼ倍です。夏になると高速料金が上がり、冬には下がるのですが、それにしても少し上がりすぎではないかと思いました。

実際、高速道路を走る車は少なくなっているように感じました。2ユーロ払うくらいなら、一般道を行こうと思う人が増えるのも分かります。

その影響なのか、いつも寄っていたサービスエリアのカフェも閉まっていました。前回行った時には、中に人はいたものの、「閉まっています」と言われました。改装でもするのかと思っていましたが、今回もやはり閉まったままでした。

高速料金が上がれば、道路を使う人が減ります。すると、サービスエリアのカフェテリアに立ち寄る人も減ります。高速の全体としては同じ収入になるのかもしれませんが、そこで商売をしている小さな店には、やはり影響が出るのではないかと思いました。

結局、朝食は高速のサン・ペドロ出口まで下りてから取ることにしました。ちなみにここの区間は料金3.60ユーロです。

下りてすぐにポリゴノと呼ばれる工業地帯のような場所があり、そこにはスーパーや店もいろいろ並んでいます。その中のガソリンスタンドにカフェがあり、前回もそこで休憩しました。

店の人はとても感じがよく、気持ちよく朝食を取ることができました。旅先の有名なカフェではありませんが、こういう何気ない場所の方が、かえってその土地の生活が見えることがあります。


その後、目的の家へ向かいました。家の中を確認し、少し掃除をして、問題がないことを見届けました。用事が終わると、少し気持ちが軽くなります。

そのまま帰るのももったいないので、プエルト・バヌスにあるエル・コルテ・イングレスへ寄りました。エル・コルテ・イングレスはスペインを代表するデパートですが、特にプエルト・バヌスの店舗は、周囲の雰囲気もあって高級感があります。



何かを買うつもりがあったわけではありません。ただ、田舎の村に住んでいると、たまにこういう場所を歩くだけでも新鮮です。明るい売り場を見て、きれいに並んだ商品を眺めて、少し都会の空気を吸う。それだけで十分楽しい時間でした。


帰り道には、ガウシンの村にあるガソリンスタンド横のバルに寄りました。そこでタパスを少しつまみ、ビールを飲みました。海側から山の方へ戻る途中で、こうしてひと息入れる時間は、ちょうどよい区切りになります。


その後、さらにコルテスのガソリンスタンド横のバルにも寄りました。そこにはイギリス人の友人たちがいて、合流することになりました。

朝は雲に包まれた村から始まり、海側の町へ行き、デパートを少し歩き、帰り道にバルへ寄る。

木曜日の夕方は、友人たちと話しながらゆっくり過ぎていきました。予定していた用事も済み、少し寄り道もできて、楽しい一日になりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/04/16

4月9日(木) 遠出してスペインで初めてウォシュレットを見る

朝から空はどこか落ち着かず、晴れそうで晴れきらない、そんな曖昧な天気でした。

この日は、友人のマリと一緒に海側の町へ少し遠出することにしました。

道中、いつも立ち寄る高速道路のドライブインのカフェテリアに寄ろうとしたのですが、この日に限ってまさかの休業。

中には人の気配があり、手を振って「今日は開いていないよ」と合図されました。何度も訪れている場所だけに、こうしたことは初めてで、少し拍子抜けしてしまいます。

気を取り直して高速を降り、近くのポリゴノ(工業地帯)へ向かいました。工場や倉庫が立ち並ぶ一角にある、ガソリンスタンド併設のカフェで朝食をとることにします。

ちょうど朝食の時間帯で店内は人であふれていましたが、しばらくすると皆それぞれの仕事へ戻り、一気に静けさが戻ってきました。

ウェイトレスさんたちもどこかリラックスした様子で、常連客と気さくに言葉を交わし、私たちが会計を済ませて外に出る時もみんなとてもフレンドリーでした。

その後は、いつも訪れる場所へ向かいます。

日本人の方が所有している建物で、この日はテラスの手入れを少しだけ。タイルの隙間に入り込んだ苔をブラシでこすり落とす、地道な作業です。

ただ、海からの風が非常に強く、もう一つのテラスの作業は見送ることにしました。自然相手では、無理をしない判断も大切です。

ちょうどその近くで、マリのご主人ガスピが仕事をしているということで、現場を少し見せてもらうことになりました。そこは新しく造成されたエリアではなく、昔からある住宅地で、大きな古い家々が並ぶ趣のある場所です。

彼の雇用主は、そうした建物を買い取り、改装して新たな価値を与え販売する事業をしています。

室内を少し見せてもらうと、現代的な設備が印象的でした。特に驚いたのは、いわゆるウォシュレットです。日本では当たり前の存在ですが、ここではまだ珍しい設備です。

スペインの高級住宅設備ブランド

このブランドはバレンシア州に本社を置くメーカーだそうです。洗浄機能も自社で開発しているとのことです。日本製の技術とどう違うか、試しに使わせてもらえばよかった、と少し惜しい気もしています。

ちなみに「ウォシュレット」はTOTOの登録商標です。

さらに、ベッドサイドのテーブルには、スマートフォンを置くだけで充電できる機能が備わっていました。

半信半疑で自分の古いiPhoneを置いてみると、しっかり充電が始まったのです。思わず声が出るほど驚きました。知らないところで、暮らしの中のテクノロジーは着実に進んでいるのだと実感します。

写真を撮りたい気持ちもありましたが、さすがに室内は遠慮し、外観だけ記録に残しました。

帰り道には、手頃な価格帯で人気のスーパー「アルディ」に立ち寄ります。店内のアジア食品コーナーで、思いがけずキューピーのマヨネーズを発見しました。

決して安くはありませんが、割引になっていたこともあり、つい手に取ってしまいます。異国で見つける日本の味は、やはり特別なものです。

こんなのもありました。

道中は黄色いお花が沢山咲いていて綺麗でした。

村へ戻ると、いつものバルでひと息つきました。ただ、この日は思いのほか冷え込み、海側の暖かさを想定して薄着で出かけたことを少し後悔します。店内ではスペインらしい賑やかな会話が飛び交い、そのエネルギーにやや圧倒されてしまいました。

そこでテラス席へ移動すると、イギリス人の友人たちと合流。落ち着いた空気の中で、ようやくほっと一息つくことができました。

帰りはマリに家まで送ってもらい、そのまま静かに一日を終えます。ビールを一杯飲んだだけなのに、思いのほか疲れていたのか、酔いがすっと回りました。

特別な出来事があったわけではありません。それでも、予定通りにいかないことも含めて、その一つひとつがどこか旅のように感じられる、そんな一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/01/16

1月16日(金) 太陽の国スペインにある「二つの世界」

コスタ・デル・ソルと白い村

朝は雲が広がっていましたが、その隙間からはきれいな青空ものぞいていました。

少し気持ちが明るくなるような空でしたが、夕方になるとまた雨が降り出しました。

家の中は湿気がこもり、室内干しの洗濯物はなかなか乾きません。

「そろそろ太陽が恋しいな」と思いながら、こんな日常を過ごしています。

そんな何気ない一日の中で、ふと目に留まったのが、スペインの観光に関するニュースでした。

過去最高を更新するスペインの観光客数

2025年、スペインを訪れた外国人観光客の数は、約9,700万人に達し、過去最高を記録しました。

前年をさらに上回るこの数字は、スペインがいまも世界有数の観光大国であることをはっきりと示しています。

数字だけを見ると、

「やはりスペインは観光の国だな」

と、納得してしまいそうです。

けれども、このニュースを見ながら、私はどうしても別のことを思い出してしまいます。

マラガ県という「特別な場所」

私が暮らすマラガ県にあるコスタ・デル・ソル は、単なる観光地ではありません。

ここは、

外国人観光客と、外国人居住者(いわゆるエクスパット)が、何十年も前から同時に存在してきた、スペインの中でも非常に特殊な地域です。

その始まりは、フランコ政権下の1960年代にさかのぼります。

外貨を稼ぐためにつくられた「明るいスペイン」

当時のスペインは外貨不足に苦しみ、国家戦略として「観光による外貨獲得」に力を入れました。

太陽、海、安い物価。

それらを前面に押し出して、外国人を呼び込む。

コスタ・デル・ソルは、その象徴的な舞台でした。

この場所は、

「外に向けて見せるスペイン」

として、意図的につくられた空間だったのです。

イギリス人が見た「二つのスペイン」

1960年代後半から70年代にかけて、

親に連れられてコスタ・デル・ソルにホリデーに来ていた、というイギリス人は少なくありません。

そんな一人が、こう話してくれたことがあります。

内陸部の白い村へ観光に行ったとき、あまりの貧しい生活に驚いた、と。

そうです、その白い村の一つが私が住んでいるコルテス村です。

ビーチ沿いの明るく豊かなリゾートと、内陸部の質素な暮らし。同じ国とは思えないほどの落差が、確かに存在していました。

今の白い村、そしてコスタ・デル・ソル

現在、アンダルシアの白い村々は整備が進み、インフラも整い、生活しやすい環境になっています。

静かで、落ち着いた日常があります。

けれども、そこから車で1時間半ほど走ると、また別世界に出ます。

コスタ・デル・ソル。

お金の匂いが、はっきりと漂う場所です。

フェイスリフトを施し、ぶっくりと膨らんだ唇の女性たち

並ぶ高級ブランドショップ

港に停泊する豪華ヨット

今も昔も、相対的な構図は、あまり変わっていないように感じます。

数字の裏にあるもの

9,700万人という観光客数は、スペインの成功を示す明るい数字です。

けれど、その背景には、特定の地域に富が集中し、「見せるスペイン」と「生活するスペイン」が並存してきた歴史があります。

マラガ県、とくにコスタ・デル・ソルは、その象徴のような場所です。

おわりに

雨で洗濯物が乾かない朝と、世界中から人が集まるリゾートの喧騒。

この二つが同時に存在しているのが、いまのスペインであり、そしてマラガ県の日常です。

観光客数のニュースをきっかけに、そんな土地の重なり合った歴史に、あらためて思いを巡らせる一日になりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。