今日は郵便局に荷物を取りに行きました。
届いていたのは、ヨーロッパの鉄道時刻表です。
今から38年ほど前、私がバックパッカーとして1か月ほどヨーロッパを鉄道で旅した頃、頼りにしていたのが「トーマス・クック」の時刻表でした。
当時は今のようにスマートフォンもインターネットもありません。列車の時間を調べるには、分厚い時刻表をめくるしかありませんでした。
私はそのトーマス・クックの時刻表と、『地球の歩き方』のヨーロッパ編の必要な部分だけを持って旅に出ました。当時、旅人の間では『地球の騙し方』などと冗談を言うこともありました。情報が必ずしも正確ではなかったからです。それでも、ほかに頼れるものが少なかった時代には、十分に役立つ本でした。
その後、トーマス・クックの時刻表はなくなってしまいました。
ところが最近、何となく調べてみたところ、その流れをくむヨーロッパ鉄道の時刻表が今も発行されていることを知りました。
「これは買わなくては」
そう思い、すぐに注文しました。
イギリスから届くため、送料や税金などもあり、時刻表としてはなかなかのお値段です。それでも私にとっては、少し特別な本です。
私は昔から時刻表を見るのが好きで、日本へ帰ると、今でもまずJRの時刻表を買います。列車に乗る予定がなくても、ページをめくりながら「ここからここへ行くなら、この列車で……」などと考えているだけで楽しいのです。
そんなわけで、懐かしいものと再会したような気持ちで郵便局から帰ってきました。
家に戻って少し仕事をした後は、毎週恒例となっているカルメンの家へ向かいました。
今取り組んでいるのは、カルメンの家族に残されている古い手紙のデジタル化です。スペイン内戦後、メキシコへ渡った祖父が、スペインに残った妻へ送った手紙を、写真に撮り、AIも使いながら文字起こしをしています。
手書きなので判読が難しい部分も多く、一通ずつ時間をかけて読み進めています。
そしてこの日は、とうとう、とても悲しい手紙にたどり着いてしまいました。
これまで読んできたのは祖父本人から妻へ送られた手紙でしたが、今回の手紙を書いていたのは別の人物でした。
そこには、彼が亡くなったことが記されていました。
まだ45歳でした。
もちろん、今生きていれば120歳を超えるような時代の人です。亡くなっていること自体は、今の私たちから見れば不思議なことではありません。
それでも、手紙を順番に読んでいると、感覚がまったく違います。
少し前まで、その人が妻に向かって自分の気持ちを書いていたのです。
しかも最後の数通では、夫婦の間が少しぎくしゃくしていました。
メキシコとスペインに離れて暮らし、今のように電話やメッセージですぐ話せるわけでもありません。一通の手紙が届くまでに何週間もかかり、その返事が戻るまでには、さらに時間がかかります。
生活そのものも苦しかった時代です。
離れていることへの不安や、経済的な問題、返事を待つ長い時間。小さな誤解も、その場ですぐ解くことはできません。
そんな状況の中で、互いに少し意地を張ったり、相手の態度を誤解したりしていたことが、手紙から伝わってきました。
そのやり取りを何通も続けて読んだ直後だっただけに、突然現れた死の知らせには胸が詰まりました。
歴史資料として読んでいるはずなのに、いつの間にか、その時代の中に入り込んでしまうのです。
何十年も前の出来事なのに、「あの後、もう手紙を書くことはなかったのか」と思うと、何とも言えない気持ちになりました。
その日の夕方は、別の友人に誘われていたバーベキューへ出かけました。
友人宅のパティオで、皆で食べながら、いろいろな話をしました。
昼間に読んだ手紙のことが頭のどこかに残っていたせいか、人と一緒に食事をし、何でもない話をして笑える時間が、いつも以上にありがたく感じられました。
昔の旅を思い出させる鉄道時刻表が届き、80年以上前の家族の手紙を読み、夜は友人たちとバーベキューを囲む。
過去と現在を行ったり来たりしたような、そんな木曜日でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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