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【村の行事】2026年
祝日8月15日(土) 、壁のないフェスティバル 8月14日(金) &15日(土)、夏のフェリア8月20日(木) 〜23日(日)

2026/07/24

7月15日(水) 朝は涼しく、海側では真夏の暑さ

朝起きると、思いのほか涼しく感じました。バルコニーから外を見ると、空の右半分は雲に覆われ、左側は晴れています。雲が広がっていたのは、地中海のある海側でした。

この日はちょうど、そちらへ出かける用事がありました。今日は一日曇りなのかもしれないと思いながら、マリと一緒に車で出発しました。外の空気もまだ涼しく、薄い羽織りものを持ってくればよかったと思うほどでした。

途中、ジブラルタルが夏には珍しく綺麗に見えました。またその後ろにそびえるモロッコの山も見えました。

高速を下りてから、サン・ペドロの工業団地にあるカフェで朝食を取りました。倉庫や工場が並ぶ一角にあり、ガソリンスタンドに併設されている店です。

以前は高速道路の途中にあるサービスエリアへ立ち寄っていました。月に一度ほどしか行かないのに、ウェイトレスさんたちが私たちのことを覚えてくれていた店です。しかし、残念ながら閉店してしまいました。高速料金の値上がりで利用者が減ったことも、理由の一つだったのかもしれません。

そのため、最近は高速道路を降りてから、このカフェで朝食を取っています。サービスエリアよりも少し安く、近くで働く人たちが次々に入ってきます。

客の多くは、工場や倉庫などで体を使って働く男性たちです。皆さんが注文するボカディージョの大きさには、いつも驚かされます。

私たちが食べるのは、その半分ほどの大きさで、チーズとハムを挟んだものです。

一方、周りの人たちは大きなパンに肉やベーコン、卵などをたっぷり挟んだものを、朝からしっかり食べています。

忙しい人たちが朝食の休憩に立ち寄る店だけあって、料理が出てくるのも会計も早く、ウェイトレスさんたちの動きにも無駄がありません。ゆっくり朝食を楽しむ観光地のカフェとは違いますが、こうした働く人たちの日常が見える店も、スペインらしくて面白いものです。

朝食の後は、ある住宅地の正門を開閉するためのリモコンを買いに行きました。その住宅を利用する知人が近々来るのですが、車で出入りする際に必要なリモコンを持っていなかったためです。

本来なら住宅地の管理会社が用意してくれるものだと思いますが、私は契約者本人ではありません。管理事務所へ相談すると、販売店には連絡しておくので、自分で買いに行くように言われました。

海岸部の住宅地では外国人の住民も多いため、事務所では英語が通じます。難しい手続きでもなく、リモコンは無事に購入できました。

その後は住宅へ向かい、到着する人を迎えるための準備をしました。必要なものはそろっているだろうかと確認しているうちに、朝の涼しさはすっかり消え、外はかなり暑くなっていました。

掃除をしてくれていたマリも「暑い、暑い」と繰り返しています。冷たい水を飲めるように、1.5リットルのペットボトルを2本凍らせて持ってきていました。しかし、凍らせる時間が足りなかったため、午後まで氷は持ちませんでした。それでも、冷たい水を飲みながら何とか体を冷やしました。

用事を終えて帰る頃には、すっかり真夏の暑さです。途中、ガウシン村のガソリンスタンド脇にあるバルへ寄りました。ガソリンスタンドの隣にバルがある風景は、スペインでは珍しくありません。

温かい料理はもうないと言われたので、冷たいタパスをつまみながらビールを飲みました。その後、村へ戻ってからも、プールのそばにあるバルへ立ち寄り、もう一杯ビールを飲んでタパスを食べました。

朝から出かけて暑い中で動き回り、ビールもすでに二杯飲んでいたため、家に戻ると少し疲れていました。このまま家で休もうかとも思いましたが、その夜はイングランド対アルゼンチンの試合があります。やはり気になり、試合を見るために村のバルへ行くことにしました。

店にはトムや何人かの知り合いがいました。一緒に座って話をしながら、時々テレビへ目を向けましたが、店内はかなり暑く、途中から外へ出ました。

普段なら、太陽が山の向こうへ沈むと、ひんやりとした風が流れてきます。ところが、この夜は日が暮れても風がありませんでした。暑さと一日の疲れに耐えられなくなり、試合の途中で家へ戻り、続きを家で見ることにしました。

その後は、インスタでメッセージをやり取りし、WhatsAppのグループでもしばらく皆と話しました。グループのメンバーは、ほとんどが私よりずいぶん年下です。それでも年齢の差を意識させることなく、同じように会話へ入れてもらえるのが嬉しく感じます。

若い人たちと気軽に話せる時間は、私にとって楽しいひとときです。朝の涼しさから始まり、海側の暑さの中で用事を済ませ、最後は家でサッカーの試合と会話を楽しみながら、一日を終えました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/23

7月14日(火) スペインが決勝へ、静かな村の通り

今日も外に出れば暑いのでしょうが、家の中はそれほど気温が上がらず、比較的過ごしやすい一日でした。真夏になると、外よりも家の中に熱がこもって暑くなることがありますが、今日はまだそのような感じではありません。

ただ、空の色はいつもの鮮やかな青とは少し違っていました。薄い青に霞がかかったような色です。南スペインでは、サハラ砂漠の方から熱気が流れ込むと、空がこのような色になることがあります。強烈な暑さというより、辺り全体が生ぬるい空気に包まれているようでした。

この日は朝からしっかり仕事をしました。近いうちに日本から知人が来る予定で、私の村ではありませんが、知り合いが所有している家に滞在します。その準備のため、明日は現地へ行かなければなりません。

ところが、そのために必要な買い物をすっかり忘れていました。夕方、仕事を終えてから出かけることにしましたが、夜にはサッカーのスペイン戦、準決勝があります。買い物が遅くなると、試合を見にバルへ行く時間にも影響します。

買い物の前には仕事も終わらせたい。試合にも間に合いたい。やること自体はそれほど多くないはずなのに、気持ちばかりが焦っていました。

しかも、この日は朝から妙に眠く、何も考えずに一日中寝ていたいような気分でした。暑いというより、空気がぬるく、その重さに体が引っ張られているようです。

それにしても、なぜこの年になって、こんなに毎日忙しく感じるのでしょう。以前より作業の速度が遅くなり、少しの用事でも一日が終わってしまうからかもしれません。本当に忙しいのか、それとも時間の使い方が変わっただけなのか。そんなことを考えながら、まずは目の前の仕事と買い物を済ませました。

夜になり、サッカーのワールドカップを見ようとバルへ向かって歩いていると、途中で知り合いに会いました。私が行こうとしていたのは、普段は年配の男性たちが多く集まるバルです。しかし、「近くの店に行こう。他の知り合いも来るから」と誘われ、予定を変えて一緒に行くことにしました。

店に入ってみると、そこは若者ばかりでした。思いがけない場所に来てしまったようで、最初は少し場違いな気もしました。

それでも、試合が始まると店内には明るい空気が広がりました。店の人が客のテーブルに、皆でつまめる軽い食べ物を運んでくれます。客を集めるためのサービスでもあるのでしょうが、気遣いが感じられ、思っていた以上に楽しく観戦できました。

ビールを3本飲んだところで、翌朝が早いことを思い出し、試合の途中で帰ることにしました。その時点でスペインは2点を入れており、このまま決勝に進めそうな雰囲気でした。

家まで歩く途中、村の通りは驚くほど静かでした。人の姿もほとんどありません。皆、家やバルで試合を見ているのでしょう。村全体がテレビの前に集まっているようでした。

家に着いてから続きを見ていると、スペインはそのまま勝利し、決勝進出を決めました。試合が終わると、外から車のクラクションが聞こえてきました。スペインでは、サッカーの勝利や結婚式などのお祝いの時に、車を走らせながら盛んにクラクションを鳴らします。

ただし、今回聞こえてきた音はほんのわずかでした。アリカンテに住む友人に聞くと、そちらでは花火まで上がっていたそうです。やはり都会は違います。

7月に入りましたが、村にはまだ人が少ないように感じます。以前は夏になると、もっと多くの人が戻ってきました。ワールドカップの試合がある夜などは、バルも通りも人でいっぱいになったものです。

今は、村を離れて都会へ働きに出た人が多く、簡単には帰ってこられません。そして、昔は元気に夜遅くまで騒いでいた人たちも、皆、少しずつ年を重ねました。村が静かになったのは、人口が減ったからだけではなく、そこに暮らす人たちの時間が流れたからでもあるのでしょう。

それでも、スペインは決勝へ進みました。決勝は日曜日です。その夜には、今日よりも多くの人がバルに集まり、昔のような賑やかさが少し戻ればいいなと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/22

7月13日(月) 古い手紙の文字を追い、いつものバルへ

この日は朝早く目が覚めました。昼から出かける予定があったため、その前に少しだけ仕事を済ませました。

ここ数日は暑い夜が続き、アイスノンを抱えて眠ることもありましたが、昨夜はそこまで暑くありませんでした。南スペインの夏でも、夜の気温が少し下がるだけで、随分と眠りやすく感じます。

昼からは、友人のカルメンの家へ向かいました。今、二人で進めている古い手紙のデジタル化作業をするためです。

手紙は、カルメンの祖父から祖母へ送られたものです。手書きの原本だけでなく、亡くなったカルメンの叔母さんがタイプで書き起こしたものも残されています。

タイプされた文章は手書きより読みやすいものの、文字が薄くなっている部分があり、簡単には判読できません。まず手紙の写真をChatGPTに読み取ってもらい、その結果と原本を照らし合わせながら、一行ずつ確認していきました。

カルメンが原本を読み、私は画面に表示された文章を見ながら、「ここは違う」「この単語ではない」と修正していきます。AIでも読めない箇所はあるため、結局は最初から最後まで、二人で丁寧に確認しなければなりません。

カルメンは英語を母語としています。スペイン語は話せますが、文章を声に出して読むと、時々英語らしい発音になることがあります。

一方、日本語の母音は「あ・い・う・え・お」と音がはっきりしています。日本人はローマ字を読む感覚でスペイン語を発音できるため、会話力とは別に、文字を読むだけならスペイン語に近い音を出しやすいのかもしれません。カルメンが読み間違えた箇所を私が直すと、「ああ、本当だ。違うね」と笑うこともありました。

ただし、カルメンは読みながら手紙の内容まで理解しています。文章の意味が分かるたびに、「今のところ、分かった?」と私に説明してくれます。

手紙には、家族との別れや当時の厳しい生活が書かれています。カルメンは読み進めるうちに、「かわいそうに」と感情を動かされることもあります。

私はその場では、スペイン語の意味よりも文字と音を追うことに精一杯です。カルメンが胸を打たれている隣で、私は「まだ意味は分からないけれど、とにかく正しく読まなければ」と、黙々と文字を拾っていました。

同じ手紙を見ていても、一人は内容を受け止め、もう一人は文字を確認しています。二人の役割は違いますが、それがかえって作業を進める助けになっています。

作業を終えた後は、ガソリンスタンドの横にあるバルへ行きました。顔見知りが何人か集まっていたので、その輪に加わり、少し飲んでから家に戻りました。

古い手紙の文字を追い、遠い時代に生きた家族の声に触れた後、いつものバルで知り合いたちと過ごす。静かな作業と賑やかな時間が同居した、月曜日の一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/21

7月12日(日) ローラの誕生日、スペインの村で移民二世を考える

この日は、親しい友人ローラの誕生日を一緒に祝いました。彼女は、ここで暮らす私にとって家族のような存在です。誕生日会に参加するというより、身内の大切な日を祝っているような気持ちになりました。

ローラの猫ちゃん

最初に向かったのは、村のプールにあるバルです。そこで思いがけず、昔からの知り合いであるラウールに会いました。

ラウールは現在マドリードで暮らしていますが、この村には父親のホリデーハウスがあるため、毎年二人の息子を連れて帰ってきます。とても聡明で、話していると知識の深さが伝わってくる人です。

長男がまだ小さかった頃、私が抱き上げて一緒に写真を撮ったことがあります。当時は本当に可愛らしい子供でしたが、今ではすっかり成長し、賢そうな少年になっていました。長く同じ村に暮らしていると、こうして子供たちの成長を見られる機会があります。

その後、別の店へ移って飲んでいると、村で育った青年が仕事仲間を連れてやって来ました。その仕事仲間は、恐らくモロッコ出身の家族と共に、幼い頃スペインへ来た人なのだと思います。

少し人見知りのようで、バルにいる人たちとはあまり話をしていませんでした。その姿を眺めながら、異なる文化の中で育つ移民の子供たちについて考えました。

外国から移り住んだ第一世代は、生まれ育った国の文化や習慣を持っています。一方、その土地で生まれたり、幼い頃に連れてこられたりした第二世代は、家庭にある親の文化と、自分が暮らす国の文化の間で育ちます。

自分で生まれる国や育つ環境を選んだわけではありません。それでも、二つの文化の間で、自分がどこに属するのかを考えながら成長していくことになります。

だからこそ、幼い頃からその国で育った子供たちが、「ここで育って良かった」と思える社会にすることが大切なのだと思います。

移民政策については、さまざまな意見があります。私自身も、移民を無条件に受け入れるべきだと考えているわけではありません。しかし、国が受け入れると決めたのであれば、そこで育つ子供たちを社会の一員として守り、育てていかなければならないと思います。

そして、それは移民の子供たちだけの問題ではありません。

もともと日本に生まれた子供たちにも、「日本に生まれて良かった」と思ってもらえる社会をつくる必要があります。どこから来たかにかかわらず、これからの国を支えるのは、そこで育つ若い世代だからです。

私は若い頃、日本で教えられてきた考えを、あまり疑わずに受け入れていました。しかし、国外に出て暮らしてみると、日本の常識が世界の常識ではないことに気づきます。同時に、日本にいた頃には見えなかった日本の良さも見えてきました。

今は物価や賃金、為替の問題もあり、若い人が海外へ出るのは簡単ではありません。それでも、機会があるなら、一度は外へ出てみてほしいと思います。

外国に行ったからといって、特別な答えが見つかるとは限りません。それでも外から日本を見ることで、日本の悪いところだけでなく、良いところにも気づけるはずです。

この日はローラの誕生日を祝いながら、昔から知っている子供の成長を眺め、移民の子供たちや日本の若者のことまで、さまざまなことを考えました。

少し話が広がりましたが、長く外国で暮らしていると、目の前の何気ない光景が、自分の生まれた国について考えるきっかけになります。

涼しくなった夜8時

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/07/20

7月11日(土) 昼はプールのバルへ、夜はサッカー観戦を諦めて

この日は朝から特に予定もなく、家でゆっくり過ごしていました。すると、友人のローラから「プールのバルへ行くよ」と連絡があり、私も出かけることにしました。

しばらく村に遊びに来ていなくて、連絡がなかったので、どうしているのかと思っていましたが、少し体調を崩していたようです。久しぶりに会い、プールのそばにあるバルでビールを飲みました。

つまみには、焼いたイベリコ豚を少し注文しました。暑い日の午後に、外で飲む冷たいビールと豚肉はよく合います。長居はせず、食べ終わると家に戻り、その後は再びのんびり過ごしました。

夜は、イングランドとノルウェーのサッカーの試合を見るつもりでした。ところが、スペインの地上波では放送されていませんでした。有料放送に加入しなければ見られないようですが、一試合のために今から料金を払う気にもなれません。

以前は、イギリスのテレビ番組を見られるように、現地の友人が設定してくれたものがありました。しかし、最近になってアクセスできなくなっていました。別の友人に尋ねると、おそらく利用期限が切れているのだろうとのことでした。

試合を見ていた友人からは、「こちらは有料放送に入っているから、見においで」と声を掛けてもらいました。ただ、その時にはすでに午後11時半を過ぎ、間もなく日付が変わる時間でした。

バルで見るのであれば出かけたかもしれませんが、こんな遅い時間に人の家を訪ねるのは気が引けます。結局、この日は試合を諦め、そのまま家で静かに夜を過ごしました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/19

7月10日(金) バルでスペイン戦、家にはヤモリ

今日も、午後4時、5時ごろになると、やはり厳しい暑さが戻ってきましたが、夜は涼しい風が吹き、久しぶりに過ごしやすく感じました。

この日は少し仕事が入っていたので、まずはそれを片づけました。本当は、頭がよく働く朝早いうちに始めた方が効率は良いのでしょう。少し時間がたって暑くなってくると、考える力まで鈍ってしまいます。南スペインの夏は、気温だけでなく、仕事の進み方にも影響します。

仕事の後は、引き続きフランス旅行の写真を整理しました。動画もかなり残っていますが、まずはブログに使う写真から少しずつ選んでいます。

ところが、作業は思うように進みません。スマートフォンのストレージがほとんど一杯になっているため、クラウドに保存された写真がなかなか端末に下りてこないのです。そのため、写真をコンピューターへ移そうとしても、うまく読み込めないことがありました。

そろそろ、容量の大きい新しいスマートフォンに替えた方がよいのかもしれません。それでも、不要なデータを消したり、何度か操作をやり直したりしながら、何とか写真を移すことができました。

旅先では気軽に撮っていた写真も、帰ってから整理しようとすると、思いのほか時間がかかります。それでも、一枚ずつ見返していると、旅先の景色だけでなく、そのときの暑さや、移動中に起きた出来事まで少しずつよみがえってきます。

この日の夜は、スペイン代表の試合がありました。写真整理をいったん切り上げ、試合を見るためにバルへ向かいました。

運よく、外の席が空いていました。そこからは店内にあるテレビの画面が見えるため、涼しい風に当たりながら試合を観戦できます。

ただ、友人が一人、二人と集まってくると、サッカーを見るよりも話に夢中になってしまいます。結局、試合をじっくり見るというより、画面を時々確認しながら、皆で話して過ごす夜になりました。

スペインの勝利がほぼ決まったころ、集まりもお開きとなり、家へ戻りました。

ところが、帰宅してキッチンの天井を見上げると、これまで家の中で見たことがないほど大きなヤモリがいました。

ヤモリそのものは怖くありません。それでも、いつも見るものよりかなり大きかったため、少し落ち着かない気持ちになりました。追い出そうとはせず、キッチンの電気を消して、そのまま寝室へ行くことにしました。

あれほど大きなヤモリのお腹を満たすだけの虫が、我が家にいるのでしょうか。もし本当にいるのなら、それはそれで少し嫌だなと思いながら、一日を終えました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/18

7月9日(木) 車検の予約と、夜によみがえったモロッコの旅

この日は朝から厳しい暑さでした。

少しだけ入っていた仕事を終えたあとは、先日のフランス旅行について、ブログの記事や写真を整理して過ごしました。旅から戻ってまだ数日しかたっていませんが、写真を見返していると、すでに少し前の出来事のようにも感じます。

そんな作業をしている途中、毎年恒例の車検、スペインでいうITVの案内がショートメッセージで届きました。

いつもなら、メッセージにあるリンクを押すと、そのまま予約画面へ進めます。ところが今年は、リンクを開こうとしたところ、「個人情報を抜き取られる可能性がある」という警告が表示されました。

本当に正規のリンクなのかもしれませんが、さすがにそのまま進む気にはなれません。いったん閉じて、パソコンから公式サイトを探し、改めて予約することにしました。

オンラインで手続きをするには、車のナンバーのほか、車両登録証に記載された番号が必要です。そこで、いつも書類を入れている場所を確認したのですが、登録証が見つかりません。

何度見てもありません。

あの紙をなくしたら、再発行のためにどのような手続きが必要になるのだろう。そう考えると、急に不安になりました。

しばらく探したあと、以前コピーを取ったことを思い出しました。もしやと思ってコピー機を開けてみると、登録証がそのまま中に残っていました。

見つかった瞬間は、本当にほっとしました。

必要な番号を入力して予約画面へ進むと、早ければ翌日にも空きがありました。しかし、さすがに急すぎます。期限までにはまだ余裕があったので、二週間ほど先の日を選びました。

車検は、できれば一度で通ってほしいものです。何か問題が見つかって再検査になると、修理を済ませて再び車検場へ行かなければなりません。その間の車の使用についても、人によって言うことが違います。

以前は「再検査まで普通に乗っても大丈夫」と聞いたこともありましたが、修理工場では「車検場や修理工場へ行く場合を除き、乗ってはいけない」と言われました。どちらにしても、面倒なことにならないよう、一度で合格するのが一番です。

昨年の車検には、友人の夫であるアンドレスが付き添ってくれました。

私は一人でも大丈夫だと思っていたのですが、本人は心配だったらしく、「一緒に行ってあげる」と言ってくれました。

車検の前には、別の修理工場で「ロンダまで三速のまま走ったほうがいい」と言われたことがあります。エンジンの中にたまったものを、ある程度外へ出しておくためだそうです。

ところがアンドレスは、三速で走ることよりも、回転数を示すメーターを一定の位置まで上げることが大切だと言います。

「そこまで上げないと駄目だ」

「この車は古いから、たぶん通らない」

隣でいろいろ言われるうちに、私はだんだん混乱してきました。ただでさえ暑い日で、車の冷房も十分には効きません。もう一人で静かに行きたかった、と途中で思ったほどです。

それでも結果は、一度で合格でした。

検査を通過したと分かった瞬間、思わず大きな声を出しそうになりました。ホッとした瞬間です。

ただ、車検そのものには毎年慣れません。

検査場では、「ボンネットを開けて」「右を点けて」「左を点けて」「今度はこれを押して」と、次々にスペイン語で指示されます。最初は何とかついていけても、途中から何を求められているのか分からなくなってしまいます。

結局、私が戸惑っている様子を見ると、検査員が運転席に座り、残りを操作してくれることになります。

今年も、できれば親切な検査員に当たってほしいものです。

予約を終え、ブログの整理などを続けているうちに夜になりました。夜10時からは、サッカーのフランス対モロッコ戦を見ました。

フランスとモロッコには、歴史的にも深い関係があります。モロッコ北部にはスペイン語が通じる地域もありますが、内陸へ入るとフランス語のほうが広く使われています。

試合を見ながら、以前、自分の車でモロッコを旅したときのことを思い出しました。スペインから海を渡り、サハラ砂漠の手前まで南下した旅です。

モロッコ

今となっては、いろいろな出来事を含めて楽しい思い出です。しかし、旅をしている最中は、「どうしてここまで来てしまったのだろう」と何度も思いました。

道路や宿、トイレなど、日本やヨーロッパの生活に慣れた私には厳しく感じることが多く、衛生面でも戸惑いました。ただ、夜の町を歩いていて、酔っ払いを見かけなかったことは印象に残っています。宗教上、表立ってはお酒を飲まないためです。

旅先では、その場にいるときには不便や疲れのほうが強く感じられても、時間がたつと、出来事の一つ一つが思い出に変わっていきます。

あれから年月がたち、モロッコの町や道路も随分変わっているはずです。次に訪れたら、以前とはまったく違う景色が見えるのかもしれません。

フランス旅行の記録を整理し、スペインの車検を予約し、夜にはサッカーから昔のモロッコ旅行を思い出す。外へ出ることのない暑い一日でしたが、頭の中ではいくつもの土地を行き来していました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/07/17

7月8日(水) 写真と地図でたどる旅、窓から入った一匹の蜂

この日は仕事が入らなかったため、朝からブログを書いて過ごしました。フランス旅行中に撮った写真や地図を見ながら、立ち寄った場所や、その日の出来事を一つずつ思い出していきます。

ChatGPT生成

今回の旅行は、ほとんど友人が計画してくれました。私は後についていくような形だったので、移動中も地図を細かく確認していません。フランスの地名には聞き慣れないものも多く、旅から戻ってみると、どこをどの順番で通ったのか曖昧になっていました。

幸い、旅行中はその日の出来事を音声で記録していました。それを聞き直し、写真と地図を照らし合わせながら文章にしていきます。旅の最中には分からなかった土地の位置関係も、こうして振り返ることで少しずつ見えてきました。

夏を迎えた南スペインの田舎は、日中になるとかなり暑くなります。それでも朝晩には気持ちのよい風が入ってくるため、ベッドルームの窓を一センチほど開けていました。

こちらの家には網戸がありません。虫が入ってくるのが嫌で、普段は窓を閉めていますが、この日は涼しい風を取り込みたくて、ほんの少しだけ隙間を空けていたのです。

ブログを書いているうちに、気がつけば外の気温が上がっていました。ふと窓を見ると、そのわずかな隙間から蜂が一匹入り込んでいます。

ミツバチではなく、肉食性で、さまざまなものを食べる掃除屋のような蜂です。アシナガバチの仲間でしょうか。しばらく様子を見ていると、こちらを威嚇しているようにも見えました。

長い棒を持ってきて、窓の隙間へ追いやろうとしましたが、蜂は反対側へ飛んでいってしまいます。仕方なく窓を大きく開け、どうにか外へ出ていくように誘導しました。

蜂が出ていったのを確認して外を見ると、何匹もの蜂がぶんぶんと飛び回っています。実は、屋根の下には大きな蜂の巣があります。以前から存在には気づいていましたが、自分ではどうすることもできず、そのままになっていました。そこから飛んできた蜂だったのでしょう。

フランス旅行中にも、朝食を食べていると大勢の蜂が寄ってきたことがありました。ただ、その時の蜂は食べ物を運ぶことに夢中で、人間を攻撃しようとしているようには見えませんでした。

今回、部屋に入ってきた蜂は、静かに休んでいたところを私に見つけられ、さらに棒で追い出されそうになったため、身を守ろうとしたのかもしれません。それでも、室内で向かい合うと、やはり怖いものです。

蜂との騒動が一段落した後は、電力会社の手続きを進めました。電話で細かな内容をスペイン語で説明するのは難しいため、最初の問い合わせは友人に手伝ってもらいました。

簡単な予約を取る程度なら何とかできますが、契約や電力についての詳しい話となると、聞き間違いがないか不安になります。友人に電話をしてもらい、その後の手続きはインターネットで自分が行うことになりました。

最後に書類を開き、内容を確認して承認する必要がありました。携帯電話に電話がかかってきて、そのままスマートフォンで手続きをするように言われましたが、何度試してもうまく進みません。

調べてみると、原因はブラウザだったようです。私のスマートフォンにはSafariしか入っておらず、手続きにはGoogle Chromeなどの対応ブラウザが必要でした。そこで、Chromeの入っているパソコンから開き直し、携帯電話に届いたショートメッセージの確認番号を入力しました。

これで無事に手続きが完了していることを願うばかりです。

以前なら、スペイン語で届いた長い案内文を、自分で辞書を引きながら一生懸命に訳していました。今は個人情報を取り除いたうえでチャッピーに尋ねれば、大まかな内容や、次に何をすればよいのかをすぐに確認できます。

スペインで生活していると、言葉の問題で立ち止まる場面が今でもあります。特に電話でのやり取りは簡単ではありません。それでも、助けてくれる友人や新しい道具のおかげで、自分で進められることが少しずつ増えてきました。

旅行を振り返ってブログを書き、蜂を追い出し、電力会社の手続きをする。そんなスペイン暮らしの日常らしい一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/07/16

7月7日(火) 旅の疲れとサッカー観戦、少しずつ日常へ

昨夜は、スペイン代表の試合を見るため、村のバルへ行きました。いつも一緒に観戦する友人たちも来ているだろうと思っていましたが、店に入ってみると誰もいませんでした。

少し残念でしたが、せっかく来たので、カウンターからテレビを見ることにしました。画面までは少し距離がありましたが、スペインがゴールを決めた瞬間には、店中から歓声が上がります。その場にいた人たちと一緒に喜ぶだけでも、バルで観戦する楽しさを味わえました。

ビールを二杯とタパスを一皿頼み、そろそろ帰ろうかと思っていたところ、近くにいた人がもう一杯御馳走してくれました。それを飲んでから家に戻りました。


旅行から帰ったばかりで疲れていましたが、バルへ出かけたことで、少し気持ちが落ち着いたようにも思います。長く家を空けた後は、いつもの村でいつもの時間を過ごすことが、日常へ戻るための区切りになるのかもしれません。

そして火曜日の朝。目を覚ましても疲れは抜けず、体がぐったりとしていました。

それでも仕事の状況が気になっていました。しばらく仕事用のシステムにアクセスしていなかったため、何か入っていないか確認することにしました。ただ、午前中は旅行後の洗濯や片づけに追われ、仕事を始めたのは遅い時間です。

確認すると一件仕事があったので、引き受けることにしました。すぐに終わるだろうと思っていましたが、実際には予想以上に時間がかかりました。同じ仕事を短時間で仕上げる人もいるようですが、どうすればそこまで早くできるのか、今さらながら考えてしまいます。

夜にはアルゼンチンの試合があり、インスタグラムで皆とやり取りをしながら観戦しました。一人でテレビを見ていても、同じ試合を見ている人たちと感想を送り合うと、少しだけ一緒に観戦しているような気分になります。

試合の後には、WhatsAppのグループ通話にも参加しました。ただ、音声が途切れたり聞き取りにくかったりして、あまり安定していませんでした。以前使っていたClubhouseのほうが、音声は聞きやすかったように思います。それでも、久しぶりに皆の声を聞きながら、しばらく話をしました。

その夜にはスイスの試合もありましたが、スペインの無料放送では中継されていませんでした。私は普段、FireTVを通してスペインの地上波でワールドカップを見ています。地上波で無料で見られの場合は、AmazonPrimeでも無料で見られるので、放送状況が安定している方をチョイスします。

スイスの試合は、観戦している友人たちの書き込みを追いながら、展開を想像していました。映像がなくても、誰かが得点や試合の流れを書き込むたびに、「今はこうなっているのか」と状況が伝わってきます。

一日中疲れが残っていたので、その後は何も考えずに過ごしたくなりました。最後は取り留めのない動画を眺めながら、いつの間にか眠りに就きました。

旅行から戻り、仕事と洗濯に追われながら、夜にはまたサッカーを見る。完全に日常へ戻ったとは言えませんが、少しずつ普段の生活が動き始めた一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/15

7月6日(月) フランス旅行の終わり 痛む足で乗り継いだスペインへの帰り道

フランス旅行を終え、スペインへ帰る日です。

朝というより、まだ夜中の4時15分に起きました。友人の車で出発したのは4時50分。1時間ほど走り、5時45分ごろにパリのオルリー空港へ到着しました。

すでにオンラインチェックインを済ませていたため、そのまま保安検査場へ向かいます。航空券のQRコードを入口にかざすとゲートが開き、中へ入ることができました。

フランスの空港の保安検査は、どこか穏やかでした。空港では、ベルトを外したり、荷物から電子機器を出したりと、いつも急かされているような気持ちになります。しかし、この日は係員にも周囲にも余裕があり、私も焦らずに検査を終えられました。

搭乗口が表示されるのは6時15分からだったので、それまでは椅子に座って待ちました。今回は短いフライトのため座席指定を購入していませんでしたが、嬉しいことに帰りは通路側の席になりました。

近くには、日本人のお母さんと10歳前後の男の子二人が座っていました。お母さんは、機内でのマナーや決まりについて、子供たちに何度も注意していました。男の子二人を連れて旅をするのは、なかなか大変そうです。それでも離陸後は、それぞれタブレットやゲームに夢中になり、静かに過ごしていました。

機内ではコーヒーを一杯買いました。3ユーロもしたのですが、驚くほどおいしくありません。薄いインスタントコーヒーの味で、これまで飲んだ機内のコーヒーの中でも、断トツで一番美味しくなかったです。マラガからパリへ向かった時に飲んだコーヒーは、もう少しコーヒーの味がしました。


粉ミルクも味がしない

早朝から動いていたため、あとはほとんど眠って過ごしました。着陸は少し荒く感じましたが、飛行機は予定より10分ほど早くマラガに到着しました。

ここから先は、乗り継ぎとの勝負です。

空港からマラガの駅へ移動し、そこからロンダ行きのバスに乗らなければなりません。到着予定は9時35分。時刻表を見ると、列車は10時1分と表示されています。間に合わせようと、空港内を急いで走りました。

ところが、ホームで待っていても列車が来ません。表示をよく確認すると、10時1分は出発時刻ではなく、マラガ駅への到着時刻でした。実際の出発は9時53分で、すでに列車は出た後です。

次の列車は20分ほど後でした。どのみち急がなければ間に合わなかったので、走ったこと自体は無駄ではありません。しかし、マラガからロンダへ向かうバスは10時30分発です。乗り継ぎ時間には、ほとんど余裕がありません。

さらに列車は時間どおりには来ませんでした。スペインでは通常運転、驚くことではありません。マラガ駅に着いた時には、バスの出発まで残り8分ほどです。

一昨日リヨンの街を長時間歩いたため、左足の指の付け根の裏には大きな水膨れができてしまいました。一歩踏み出すたびに痛みます。それでも、ここでロンダ行きのバスを逃すわけにはいきません。駅からバスターミナルまで、痛む足をかばいながら、再び懸命に走りました。

どうにかバスを見つけましたが、まだ切符を買っていません。運転手に車内で支払えるか尋ねると、後ろにある窓口で買うように言われました。

「でも、もう出発しますよね」

そう伝えても、運転手は「買っておいで」と言うだけです。

慌てて窓口へ行くと、前には一人のお客さんがいました。ところが係員は電話をしていて、急ぐ様子がありません。

ようやく電話が終わっても、前のお客さんが買おうとしていたのは夕方のロンダ行きの切符でした。こちらは今にも出発するバスを待たせているので、できれば先にしてもらいたいところです。

やっと私の番になっても、窓口の係員は相変わらずのんびりしています。

カードをかざして「ロンダまで一枚」と言うと、

「カードですか、現金ですか」
「片道ですか、往復ですか」

必要な確認だとは分かっていても、こちらは気が気ではありません。早く切符を発券してほしいと祈るような気持ちでした。

それでもバスは待っていてくれました。運転手は陽気な人で、戻ってきた私に「間に合ったでしょう」とでも言うように声をかけてくれました。

走り続けて息を切らしていた私とは対照的に、運転手も窓口の人も、どこかのんびりしています。

こうして、どうにかロンダ行きのバスに乗ることができました。

車内では少しだけ動画を撮りましたが、その後は眠ってしまいました。運転手さんと乗客の話し声がBGMとなってぐっすりです。

気がつくと、もうロンダの近くです。12時15分過ぎに到着し、次は午後1時30分発のコルテス方面行きのバスを待ちました。

ロンダのバスステーション

この乗り継ぎに間に合ったのは、本当に幸運でした。ロンダ行きの次のバスを利用すると、ロンダ到着は午後2時半ごろになります。

現在は鉄道が運休しており、代替バスは一日2本ものみ。その時間に着くと、コルテス方面へ向かう次のバスまで3時間近く待たなければならないところでした。

足は痛みましたが、走った甲斐がありました。

午後1時30分、コルテス方面へ向かうバスに乗車。以前とは違う新しい車両になっていて、日本メーカーのバスだったことにも驚きました。数か月前から使われているそうです。

いすゞのバスです。

この路線に乗ると、乗客の多くが顔見知りです。バスに乗った途端、あちこちで挨拶が始まりました。

私も「どこへ行っていたの」と尋ねられ、フランス旅行の話を少ししました。長い移動の末に、ようやく知っている人たちのいる場所へ戻ってきたという気がします。

バスはロンダの病院に立ち寄った後、広大な景色が見える山道を走ります。そして山を下ると隣村のヒメラです。

私はその先のヒメラの鉄道駅の近くで降りました。旅行に出る前、ここに車を置いていたからです。バス停から駐車場所までは少し歩かなければなりません。水膨れがヒリヒリ痛みます。

途中でバルがあり、そこに久しぶりに会う友人がいました。彼も旅行から戻ってきたところだと言います。そこで少し話をしながら、遅い昼食を取ることにしました。

牛肉のハンバーガーを注文しようとしましたが、その日は豚肉しかないと言われました。そこで、メニューにあったヴィーガンバーガーを選びます。量も重さも控えめで、長旅の後にはかえってちょうどよい食事でした。味はまずまずです。

フランスでは何かと値段が高いと感じていましたが、スペインへ戻ってきても、以前と比べれば外食は高くなっています。それでも、やはりフランスよりは気軽に食べられるように思いました。

食事を終え、駐車していた車へ向かいました。炎天下に置かれていた車内は、触れたくないほど熱くなっています。

さらに困ったのが、左足の水膨れです。私の車はミッション車なので、運転中はクラッチを踏まなければなりません。そのたびに、ちょうど水膨れのある場所が当たります。痛みに声を上げながら、それでも何とか家までたどり着きました。

帰宅後は少し休み、旅行中の洗濯物を片づけました。この日はスペイン代表の試合があります。キックオフには間に合いませんでしたが、家にじっとしている気にもなれず、9時頃バルへ向かいました。

早朝のオルリー空港から飛行機に乗り、列車とバスを何度も乗り継ぎ、痛む足で走り続けた一日でした。それでも最後には、いつもの村のバルでスペイン代表を応援できます。

長かったフランス旅行も、これで終わりです。スペインが勝つといいなと思いながら、見慣れた道を歩きました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2026/07/13

7月5日(日) リヨンからパリへ 長い道の先に見えたエッフェル塔

いよいよロードトリップも最終日、パリに向けて出発です。

心配していた通り、ホテルのエレベーターは動いていませんでした。部屋は日本でいう6階ほどの高さにあり、荷物を抱えて階段を下りることになりました。ホテルの人は特に気にする様子もなく、最後まで少し不思議な宿でした。

前の晩はかなり暑く、部屋には扇風機しかありませんでした。朝方になって窓を開けると、ようやく涼しい風が入ってきました。虫が入ってこなかったのは幸いでした。

チェックアウト後、近くのカフェで朝食。クロワッサンとコーヒー、それにオレンジジュースという、いかにもフランスらしい組み合わせです。

朝食を終えると、荷物を持って駐車場へ向かいました。

途中、市電の線路に沿った暗いトンネルのような場所を歩きました。歩道は非常に狭く、すぐ横には線路があります。そこへ後ろから突然、電動キックボードに乗ったアフリカ系若者が勢いよく近づいてきました。

電動キックボードは、私の鞄をかすめ横を通り抜けました。驚いて思わず声を上げると、若者は少し先で急に止まり、こちらを振り返りました。

彼は電話をしながらこちらに歩いてきたのです。

何か言いがかりをつけられるのではないかと思い、一気に緊張しました。ちょうど動画を撮っていたため、撮影を止めずカメラを持ったまま様子を見ていました。

若者は私たちの横を通り過ぎ、その先を少し確認してから戻ってきました。そして「ごめんなさい」と言い残し、そのまま去っていったのです。どうやら悪意はあったわけではなかったようです。ですがこちらはすっかり動揺してしまいました。

駐車場の入口はすぐ近くにあったはずなのに、二人とも気が少し動転してしまい、場所が分からなくなり、荷物を持ったまま通り過ぎてしまいました。結局、周囲をぐるりと回って、ようやく駐車場にたどり着きました。

気を取り直し、そこからリヨンを離れ、パリへ向かいました。途中、二か所のサービスエリアに立ち寄りましたが、朝食を食べた後はほとんど体を動かしていなかったため、あまりお腹が空きませんでした。


おにぎりが1個約1,000円

昼食代わりに選んだのは、サワークリーム味のポテトチップスと、ボトル入りのお茶です。ラベルに「Tea」と書かれていたので手に取ったところ、薄いミントティーでした。甘さもミントの香りも控えめでしたが、チップスの酸味と塩気が強かったので、かえって薄い味がちょうどよく感じられました。

リヨンからパリまでの道は、平坦な土地に真っすぐな道路がどこまでも続いていました。長い距離を走っていると、改めてフランスは大きな国なのだと実感します。

午後4時ごろ、パリの市街地に入りました。車の数は一気に増えましたが、完全に止まるような渋滞ではありません。のろのろとしながらも進んでくれたので助かりました。

途中、建物の間からエッフェル塔がほんの少しだけ見えました。パリに戻ってきたのだと感じる、短い瞬間でした。

その後、友人の家に到着しました。まずはビールを飲んで一息つき、少し休んでから近くの教会まで歩きました。中ではちょうどミサが行われていたため、静かに入ってしばらく過ごしました。

夕方になると、パリも急に暑さが増してきました。この旅では、午後4時ごろから一段と暑くなる日が続いているように感じます。

長い車移動の間は、チャッピーに音声でクイズを出してもらいながら時間を過ごしました。ただ、一問が終わるたびに会話が止まるため、その都度「次をお願いします」と言わなければなりません。こちらが「なるほど」などと相槌を打つだけでも、そこで終わってしまうことがありました。

それでも、車の中で話し相手になり、まるで旅の仲間が1人増えたようでした。今はまだ少しぎこちないやり取りですが、あと一年もすれば、もっと自然に会話が続くようになるのかもしれません。

朝の階段から始まり、狭い歩道で驚き、ひたすら道を走って、最後はパリの教会で一日を終えました。長いようであっという間のロードトリップも、これで終わりです。明日はスペインに戻ります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/12

7月4日(土) ヴァランスのガレットと、リヨンの丘から眺めた街

ニームの宿を出て、次の宿泊地であるリヨンへ向かいました。途中で立ち寄ったのは、ローヌ川沿いの町ヴァランスです。

昼食には、そば粉で作られたガレットを食べました。クレープに似ていますが、甘いクレープとは違い、ガレットは食事としていただくものです。

中にはチーズとベーコンのような肉、卵が入っていました。少し塩気が強かったものの、付け合わせのサラダもあり、昼食には十分な量でした。隣の席の人は、サラダをお代わりしていました。


食事をした広場では、少し前まで市場が開かれていたようです。到着した時にはすでに店じまいが始まっていましたが、昼食を終えて外へ出る頃には、今度は周囲のカフェからテーブルや椅子が並べられ、広場の景色が変わっていました。

近くにあった教会にも立ち寄りました。

華やかさよりも素朴さを感じる教会で、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路とも関係があるようです。

町を長く見て回る時間はありませんでしたが、昼食と教会を通して、ヴァランスの落ち着いた雰囲気に少し触れることができました。

その後、再び車に乗り、リヨンへ向かいました。

リヨンに到着して最初に戸惑ったのは、駐車場からホテルまでの道です。路面電車の線路に沿って歩き、駅の中に入り、線路を越えて広場へ出ました。初めての場所で荷物を持ちながら歩いていたこともあり、ホテルに着くまでが少し複雑に感じられました。

ホテルは建物の5階にあり、到着した時には古いですがエレベーターを使うことができました。部屋は思ったより広く、コンセントも十分にあります。ただし、エアコンはなく、置かれていたのは扇風機だけでした。夏のリヨンでは、これはなかなか厳しいものがあります。

さらに不思議だったのが、トイレの造りです。西洋の宿では珍しく、トイレとシャワールームが別になっていました。ところが、トイレは中に入ってドアを閉めると、座った膝が当たってしまうほどの狭さです。

幸い、トイレの前には寝室と廊下を仕切るドアがありました。そのため、寝室のドアを閉め、トイレのドアは開けたまま用を足すことになりました。

なぜこのような設計になったのか、不思議でなりませんでした。

それでも、シャワーの水の出は良く、部屋そのものは快適でした。

チェックインを済ませると、さっそく街へ出ました。まずはリヨンの市場を見ようと路面電車に乗りましたが、途中で運行が止まってしまいました。仕方なく、そこから二駅ほど歩いて向かいます。

どうもデモの影響らしいです。

到着したのは閉店間際だったため、場内に残っている人はそれほど多くありませんでした。想像していた屋外市場ではなく、建物の中に店が並ぶ、洗練された雰囲気の市場です。総菜や菓子が美しく並び、特にエクレアがとてもおいしそうに見えました。

スペインの市場には、野菜や肉、魚などが日常の食材として並ぶ、生活に密着した印象があります。一方、リヨンの市場は、食材だけでなく、すぐに食べられる料理や菓子まで含めて楽しむ場所のように感じました。

市場を出たあとは、フルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂へ向かいました。香港のビクトリア・ピークへ上がる乗り物を思わせるケーブルカーに乗り、一番前の席に座りました。ところが、走っている間はほとんどトンネルの中です。景色を楽しみにしていましたが、外の様子はまったく見えないまま、丘の上に到着しました。

地上に出ると、そこには立派な聖堂が建っていました。

中へ入ると、外観から想像していた以上に華やかです。金色の装飾に、ターコイズグリーンのような青っぽい緑色が重なり、言葉では表しにくい美しい色合いが広がっていました。

聖堂の外側へ回ると、リヨンの街を一望できる場所があります。丘の上から見る市街地は美しく、ここまで上がってきた甲斐がありました。

近くの広場では音楽が流れ、人々が輪になって、フォークダンスのような踊りを楽しんでいました。特別な舞台があるわけではなく、集まった人たちが自然に踊っています。ビールを飲みながら眺めていると、広場全体に穏やかな空気が流れていました。

丘を下りたあとは、ホテルの方向へ歩きながら夕食の店を探しました。大通りから一本入った路地で見つけたのは、内装の美しい、いかにもフランスらしい雰囲気のレストランです。


にぎやかな通りから少し外れただけで、落ち着いた店が見つかるところもフランスらしく感じました。観光客が行き交う大通りだけでなく、その裏側に静かな店や路地が隠れています。



夕食を終えてホテルの近くまで戻ると、広場には大勢の人が集まっていました。バルが屋外にテレビを出し、フランス代表のサッカーの試合を放送していたのです。

フランス国歌が流れると、広場にいた人たちが一斉に大きな声で歌い始めました。旅先でその国の代表戦を見ると、普段とは違う街の表情に出会えます。大きなビールを注文しましたが、少し量が多く、最後までは飲み切れませんでした。

ホテルはすぐ近くだったため、途中で広場を離れ、部屋に戻ってテレビをつけました。ところが、試合の前半を見ているうちに、そのまま寝落ちしてしまいました。結局、フランスが勝ったのかどうかも分からないままです。

しかも、夜にはホテルのエレベーターが止まっていました。仕方なく、少し酔った状態で階段を上り、5階の部屋へ戻りました。

ヴァランスで食べたガレットから始まり、リヨンの市場、丘の上の聖堂、広場の踊り、そしてサッカー観戦まで、長い一日でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2026/07/11

7月3日(金) フォンテーヌ・ド・ヴォクリューズの水と、ニームの夜

朝は、宿の朝食から始まりました。朝食は上のテラスでいただくことになっていて、そこからの眺めはとてもきれいでした。岩の下にあるような村の景色が朝の光の中に広がり、南フランスらしい静かな時間でした。

ただ、ゆっくり味わうには少し難しい朝食でもありました。テーブルにはハチがたくさん寄ってきました。ミツバチではなく、細長い体をしたワスプのようなハチです。ジャムの中に飛び込んだり、オレンジジュースに入ったりして、落ち着いて食べるどころではありません。

宿のお兄さんに言うと、「大丈夫、速く動かなければ刺さないから」と言われました。たしかにそうなのかもしれませんが、目の前でハチが飲み物や食べ物に入っていくと、やはり気になります。景色は素晴らしかったものの、朝食を食べた気がしないまま出発することになりました。

この日は、まずフォンテーヌ・ド・ヴォクリューズへ向かいました。ここは湧き水で知られる村です。

村の中には澄んだ水が流れていて、川の水は驚くほどきれいでした。岩山と木々の間を透明な水が流れ、暑い季節の南フランスで、そこだけ空気が少し涼しく感じられました。

観光地ではありますが、水辺に沿って歩いていると、自然の静けさも残っています。強い日差しの中で、川の透明感や水の音が印象に残りました。プロヴァンスの村というと、石造りの家やラベンダー畑を思い浮かべますが、こうした水の風景もまた、この地方の魅力なのだと思いました。

その後、車を走らせてアヴィニョンへ向かいました。アヴィニョンといえば、有名な橋があります。歌にも出てくる「アヴィニョンの橋」です。名前だけは以前から知っていましたが、実際に訪れるのは初めてでした。

橋へ行く前に、まずアヴィニョン教皇庁宮殿を見学しました。

アヴィニョンは、かつてローマではなく教皇が滞在した町です。そのため、この宮殿には宗教的な場所というだけでなく、大きな権力の中心だった時代の重みが残っていました。

外から見ても要塞のように大きく立派ですが、中に入ると、石造りの空間の広がりに圧倒されます。豪華に飾られた宮殿というより、歴史の厚みがそのまま壁に残っているような場所でした。


町の中にこうした建物が自然に残っているところに、ヨーロッパの古い町らしさを感じました。

その後、いよいよアヴィニョンの橋へ向かいました。私は、川の向こうまで渡れる橋を想像していました。ところが実際には、橋は途中で途切れていて、全体の三分の一ほどしか残っていません。少し拍子抜けしましたが、その不完全な姿が、かえって長い時間の流れを感じさせました。

この日は風がとても強く、橋の上では体を持っていかれそうになるほどでした。観光気分で歩きながらも、吹き飛ばされないように気をつけなければなりません。明るい光と広い空の下で、アヴィニョンの橋を歩く時間は、少し緊張感のある思い出になりました。

アヴィニョンを後にして、この日の宿泊地であるニームへ向かいました。

宿は少し不思議な造りでした。外から見ると普通の集合住宅のような建物なのですが、中に入ると奥へ抜け、その先に中庭のような空間があります。そこに木造の二階建ての宿が建っていて、外からはまったく想像できない場所でした。

荷物を置いたあと、ニームの町を歩いて円形闘技場へ向かいました。宿からは歩いて20分から30分ほどです。

町の中を歩いていると、突然ローマ時代の遺跡が現れるようで、フランスにいるのに古代ローマの世界に入り込んだような気がしました。

円形闘技場では、ちょうどコンサートが始まるところだったようです。入口の前にはたくさんの人が並んでいて、観光客だけでなく、これからイベントに入る人たちの熱気もありました。古代ローマの遺跡が、今も町の中で生きた場所として使われていることが印象的でした。

円形闘技場の前には、おしゃれなカフェがありました。そこでビールを飲みながら、少し休むことにしました。観光地らしい雰囲気のある店で、遺跡を眺めながら過ごす時間はなかなか贅沢でした。

ただ、トイレに行って少し驚きました。きれいなカフェだったのに、洋式トイレではなかったのです。店の雰囲気との落差が大きく、妙に印象に残りました。旅先では、こういう小さな驚きの方が、後からよく思い出されることがあります。

宿へ戻る途中でスーパーに寄り、ビールやつまみを買いました。外でしっかり食事をするより、宿でゆっくりしたい気分でした。部屋に戻ってからは、日本のメーカーですがヨーロッパ製のカップ焼きそばを食べることにしました。

ところが、ここでも少し残念なことがありました。テレビでサッカーを見ようと思ったのですが、操作がなかなか複雑で、どのチャンネルをどう見ればよいのか分かりません。あれこれ奮闘しているうちに、すっかりカップ焼きそばにお湯を入れたことを忘れてしまいました。

気づいた時には、麺がお湯をたくさん吸い込んで、すっかり伸び切っていました。本当ならもっと美味しいはずなのに、残念な焼きそばになってしまいました。それでも、ニームの宿でビールを飲み、テレビと格闘しながらカップ焼きそばを食べる時間は、妙に旅らしい夜でもありました。

この日は、朝のハチから始まり、フォンテーヌ・ド・ヴォクリューズの澄んだ水、アヴィニョンの橋、そしてニームの円形闘技場へと、景色が大きく変わっていきました。美しい場所を巡った一日でしたが、同時に、ハチや強風、不思議な宿、伸び切った焼きそばまで含めて、忘れにくい一日になりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。