夕方から天気が良くなり、ふと「少し外に出てみよう」と思い立ちました。日がまだ残るうちに、ガソリンスタンドの横にあるバルへ向かいます。
ついでにガソリンも入れようかと考えたのですが、表示された価格に思わず驚いてしまいました。最近の値上がりはやはり大きく、今回は見送ることにしました。タンクはまだ半分ほど残っているので、しばらくは大丈夫そうです。
バルに着くと、すでに多くの人でにぎわっていました。スペイン人の友人たちと合流し、その輪に加わります。テラスは活気にあふれ、何より印象的なのはその声の大きさでした。誰かが話しているというより、全員が同時に話しているような賑やかさで、自分の声がかき消されてしまうほどです。
それでも不思議と居心地が良く、笑い声に包まれながら楽しい時間を過ごしました。アンダルシアの人々特有の明るさとエネルギーを、あらためて感じるひとときでした。
その後、いったん村へ戻り、もう一軒のバルへ向かいました。こちらではイギリス人の友人とゆっくり話をすることができ、先ほどとはまた違った落ち着いた時間が流れます。
このバルは闘牛場のすぐ横にあります。ふと外を見ると、大きなトラックが停まっており、「Canal Sur」と書かれていました。アンダルシアのテレビ局です。聞けば、翌日に闘牛の中継が行われるとのことでした。
闘牛と聞くと、華やかな衣装をまとった闘牛士が優雅に牛と向き合う姿を思い浮かべる方も多いかもしれません。確かにそれは一面の真実ですが、実際の闘牛はそれだけではありません。
一頭の牛に対して複数の闘牛士が関わり、段階を踏んで進んでいきます。最初に牛を操り、その後、弱らせるための工程があり、最後に仕留める役割の闘牛士が登場します。牛の体にはいくつもの槍が刺さり、徐々に力を奪われていきます。
そして最後は、できるだけ苦しませないように一突きで仕留めることが、闘牛士の技量とされます。命がけの仕事であることも事実です。
ただ、この村の小さな闘牛場では、観客席との距離が近いため、牛の苦しむ声がはっきりと聞こえてしまいます。その声を耳にすると、どうしても直視することが難しくなります。
そのため、もし見に行くとしても、最初の入場や挨拶の場面だけを少し見る程度にしようか、と考えています。
それでも、この夜は久しぶりに多くの人と顔を合わせ、たくさん言葉を交わすことができました。
田舎の村の良さは、外に出れば誰かしら知り合いに会い、自然と会話が始まるところにあります。都会のように人は多くなくても、人との距離はぐっと近いのです。
にぎやかな声に包まれたバルの夜と、静かに考えさせられる闘牛の話。
その両方が混ざり合った、少し複雑で、それでもどこか温かい一日でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。



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