朝、外を見ると、家の前の道の工事がかなり進んでいました。
ここは普通の舗装道路ではなく、これまでは車が一台通れるかどうかという細い未舗装の道でした。かなりガタガタしていますが、この道を下っていくと駅の方へ抜ける、ハイキングコースでもあります。
その小道に、今はコンクリートを敷いています。いつの間にか工事が随分進んでいて、かなりの部分が出来上がっていました。なぜここをコンクリート舗装することになったのかは分かりませんが、長年見慣れてきた道の姿が少しずつ変わっています。
午前中に少し仕事をして、午後2時頃に家を出ました。
今日は友人カルメンと、彼女の家に残されている古い手紙を読む日です。
手紙を書いたのはカルメンのお祖父さん。今も生きていれば、おそらく120歳前後になる世代の人です。家族と離れて暮らしていた時期に、妻や家族へ宛てて書いた手紙が今も残っています。
私たちはそれを少しずつデジタル化しています。
まず手紙を撮影し、AIを使って、できるだけ原文に忠実に文字起こしします。その後、カルメンが実際の手紙を見ながら一文字ずつ確認します。
この確認作業が、なかなか大変です。
手紙はほとんどが手書きで、中にはインクが薄くなっているものもあります。文字の癖もありますし、80年以上前のスペイン語なので、現在とは表現が違うところもあります。
原文の確認が終わったら、今度は読みやすい現代スペイン語に直し、そこから英語に翻訳します。そして英訳も、最後にカルメンが内容を確認します。
今回は三通の手紙に4時間以上かかりました。
「もう一通やろうか」という話にもなりましたが、次に控えている手紙を見ると、A4判で3枚ほどあります。
これは今日はやめておこう、ということになりました。
それにしても、昔の人はよくこれだけ長い手紙を書いたものだと思います。
当時は海外に手紙を出せば、届いて返事が戻ってくるまで一か月ほどかかることもあります。やり取りは月に一度、多くても二度くらいだったのでしょう。その分、一通の手紙に近況や思いをたっぷり書いています。
それをすべて手書きするのです。
しかもペンなので、簡単には消せません。間違えないように下書きをして、それを清書したのかもしれません。綴りにも気を配りながら、何枚もの文章を書く。それだけでも相当な労力です。
また、経済的にも苦しなかで、郵便代などもかかるので、とても薄い紙に書いています。
今回読んでいる手紙を書いた人も、アンダルシアの出身です。
アンダルシアの話し言葉では、語尾の「s」や「d」が弱くなったり、ほとんど聞こえなくなったりすることがあります。しかし、この手紙ではそうした発音に引きずられることなく、かなりきちんとしたスペイン語で書かれています。
昔のアンダルシアの農村部では、今ほど誰もが十分な教育を受けられたわけではありません。貧しい家庭も多く、学校へ長く通えなかった人もいました。
私がスペインへ来て驚いたことの一つも、それでした。
日本では、私の親の世代で文字が書けないという人に出会った記憶がありません。むしろ昔の人ほど達筆だったりします。
ところがこちらでは、私の親より少し若いくらいの世代でも、学校へほとんど行けず、読み書きが十分にできない人がいました。
その人自身の問題というより、当時の暮らしや教育環境の違いなのでしょう。
そう考えると、カルメンのお祖父さんがこれほど長い文章を、きちんとした綴りで残していることにも改めて感心します。もちろん誰かに確認してもらった可能性もありますし、実際のところは分かりません。
それでも、遠く離れた家族のために何枚もの紙へ文章を書き、それを手紙として届ける。その労力は、今の生活から考えるとなかなか想像できません。
今なら、思いついたことを携帯電話で数秒のうちに送ることができます。漢字が書けなくても、変換すれば候補が出てきます。
そんなことを考えているうちに、自分自身も昔は随分手紙を書いたり、受け取ったりしていたことを思い出しました。
コロナ禍の前に日本へ帰った時、実家に置いたままになっていた自分の荷物を整理したことがあります。
海外に住んでいると、国境を越えた後に必ず戻れるとは限らない。実際、その後スペインではロックダウンもありました。そんなこともあって、実家に残していた私物を段ボール二箱ほどまで減らすことにしました。
すると、昔の手紙が次々に出てきました。
「こんなに手紙をやり取りしていたんだ」と、自分でも驚くほどの量でした。
私が送った手紙は残っていませんが、受け取ったものはたくさんあります。一通ずつ読み返してから処分しました。
中にはラブレターまでありました。😁
「私、こんなのをもらったことがあったんだ」
そんなことすらすっかり忘れていて、少し笑ってしまいました。
今考えると、手紙というものは不思議です。その時は何気なく書いた言葉でも、何十年も残っていれば、その時代や人間関係まで一緒に残ります。
カルメンの家に残る手紙も、きっと同じなのでしょう。
一日の作業を終え、帰り道にガソリンスタンドのところにあるバルを見ると、知り合いが何人かいました。少しだけ立ち寄ってから家へ戻りました。
そして夜は、前日に開けたワインの残りを一杯。
飲み過ぎないようにしながら、長い手紙と昔の記憶に触れた一日を終えました。



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