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【村の行事】2025年
10月30日(金)〜11月2日(日) Dia de todos los Santos関連
12月6日(土)〜7日(日) Dia de la Constitucion関連

2025/11/30

11月30日(日) 恵みの雨とコルクの山の物語

昨日の青空が嘘のように、今日は朝から雨でした。ちょうど小雨が止んだ隙に散歩に出てみると、空はすっかりグレー。


この季節は本来なら雨の多い時期なのですが、今年はほとんど降っていなかったので、まさに“恵みの雨”です。それにしても寒い。まるで1月のような冷え込みで、季節がひと足早く進んでしまったような感覚になります。

雨のあと太陽が出れば、いつもならこのあたりのコルクの山にはキノコが生えるのですが、今年のように気温が下がり過ぎると、期待は薄いかもしれません。

■どんぐりの山で育つイベリコ豚

散歩しながら、YouTubeで見た “熊とどんぐり” の話を思い出しました。コルクの山にはどんぐりが無数に落ちていて、それを食べて育つイベリコ豚は香り豊かで、最高級の生ハムになります。

どんぐりをスペイン語でベジョータと言いいます。

日本でも熊が冬眠前にどんぐりを食べて脂肪を蓄えるという話がありますが、どんぐりの栄養価は本当にすごい。改めて「どんぐりって自然の恵みそのものだな」と感じます。

今年はどんぐりが豊作のようで、先日のハイキングでもたくさん落ちていました。YouTubeの熊の専門家によれば、豊作・不作は単なる気まぐれや、温暖化ではなく、木が自らの種を残すために行う“生存戦略”なのだとか。

不作の年は動物が飢えて数が減り、翌年の豊作では食べきれないほど実が残って発芽につながる。自然は本当によくできていますね。

■山の動物たちと狩猟のこと

このあたりの山にはイベリコ豚が放されていますが、これは耳タグで管理された家畜です。野生として暮らしているのは、イノシシ、鹿、ウサギ、キツネなど。どんぐりを食べるのは、もちろんイベリコ豚と、イノシシ、そして鹿です。

鹿は年に2回、大きな“間引き”のハンティングがあります。

通常の狩猟は村役場でライセンスを申請する必要があり、最も安いのはウサギ。鹿のライセンスは、5〜6年前の話では400ユーロほどだったと思います。もっとも、鹿に出会って仕留めるのは簡単ではないので、村人のほとんどはウサギ専門です。

一方、間引きハンティングになると、都会から裕福なグループがやってきて、鹿を追い込みながら狩ります。話を聞く限り、かなり壮絶な光景のようです。そのライセンス料は村の収入源にもなります。

「可哀想だな」と心が痛みますが、かつてこの山にはオオカミがいて、鹿の数は自然に抑えられていました。今はオオカミが消え、鹿が増えすぎれば畑を荒らす被害も出るため、どうしても人が管理せざるを得ないのです。

仕留められた鹿は獣医の検査を受けた後、食肉業者が解体し、どこかへ運ばれていきます。

この地域の鹿料理は、ほとんどが長時間煮込むシチューのようなもの。安全のためでもあり、肉質のためでもあります。イノシシはステーキなど焼く料理も多いですね。

■どんぐりの木の成長に気づく

散歩道の見晴らし台にあるコルクの木の下にも、今日はどんぐりがたくさん落ちていました。

そういえば、この木が実をつけているのを、私は今回初めて見た気がします。

植えられたのは15年ほど前。まだ5年ほどの幼木だったと思います。それが樹齢20年ほどになり、ようやく立派などんぐりをつけるようになったのだと思うと、自然の時間の流れにしみじみしてしまいます。

どんぐりにも形はいろいろで、細長いもの、丸く太ったもの、小さなもの。先日のハイキングでは、歩きながらあれこれと眺めて楽しみました。

■村の葬儀の風景

共同墓地の近くまで来ると、チャペルに人が集まっていました。誰かが亡くなられたのでしょう。

ここでは、昔は自宅で安置していたものの、今は墓地横のチャペルに十字架の下で安置され、花とキャンドルに囲まれ、人々が弔問に訪れます。夕方には葬儀があるはずです。

葬儀は教会で行われ、棺は霊柩車、または親族の男性が担いで運ばれます。その後ろに親族や村人が続き、ゆっくりと教会へ向かいます。

ミサが終わると、再び墓地まで戻ってくる――そんな昔ながらの葬送の形が、この村ではまだ残っています。

静かな村の日々の中で、こうした場面に出会うと、「ああ、今日もここで誰かの人生が一区切りついたのだな」と胸が締めつけられます。

雨が止んだ静かな散歩のつもりが、どんぐりの話から山の動物のこと、そして村の日常の営みまで、思いがけず深い時間になりました。自然に囲まれたこの土地では、季節の移ろいも、生き物の営みも、人の暮らしも、すべてがゆっくりと、同じ時間の流れの中にあります。

最後までお読みいただきありがとうございました。



2025/11/29

11月29日(土) 青空とチュロスと、金曜日の文化

今朝は、昨日に続いて風ひとつない静かな朝でした。

雲一つない青空が広がり、山の向こうまで澄みきった冬の光に包まれています。ただ、空気はぐっと冷たく、手袋なしでは指先がすぐに冷えてしまうほど。顔もひんやり、耳まで冷たくなるような気温で、冬が確かに来ているのを感じます。

昨日も良い天気だったのですが、木曜日に仕事を休んだため、金曜日は朝からバタバタ。お昼頃に友人から「バルに行かない?」と誘いがあったものの、どうしても出られませんでした。

こちらの人たちは金曜日になると、本当に仕事を早く切り上げてバルへ一直線。

このあたりでは金曜の午後は「ちょっと早めに切り上げて遊びに行く日」という雰囲気が今も自然に残っています。

日本にも似たような取り組みがありましたよね。

たしか「プレミアムフライデー」。2017年に始まった、月末の金曜日は午後3時に退社して買い物や旅行を楽しもうというキャンペーン。当時はテレビでもよく取り上げられていましたよね。その頃一時帰国していました。

その後、日本では定着したのでしょうか?
それとも死語になったのでしょうか?

スペインでは同じようなことが政策でもなんでもなく自然と文化として根づいているところに、お国柄だなあと感じます。

■ 金曜の夕方、友人たちとバルへ

夕方になると、また別の友人から連絡がありました。

「8時半にみんなで集まるから来ない?」と。

けれど彼女自身はそんな時間まで待てないと言い、先に会おうという流れに。最初は6時と言い出したので、「いやいや、2時間も待っていたら8時半には飲めないじゃない」と笑って返し、結局6時半に落ち着きました。

まず向かったのは、プール横のバル。そこでは別の友人にも久々に会えて、近況をあれこれと話すことができました。

彼は今、隣村の家でお母さんと一緒に暮らしています。お母さんは数年前にイギリスへ戻ったのですが、もう一人の息子さん家族とうまくいかず、再びこちらへ戻ってきました。

80代前半で、体は元気。普通の生活も送れるのですが、ただひとつ——

「薬を飲む」ということだけ、どうしても忘れてしまう。

1日3回の服用があるため、彼は外出していても必ずその時間には家に戻らなければならず、なかなか大変そうです。最近は記憶が少しずつ薄くなってきているとのこと。

スペインに戻ってきた直後に一度会いに行ったのですが、その後は行けていません。車で15分、信号ひとつない道の15分なので、近いようでいてつい足が向かない距離です。

彼女は私の前では、人生の先輩らしいしっかりした一面が表れ、とても魅力的な女性になります。でも息子さんの前では甘えてしまい、まるで「女の子」に戻ったようになってしまうのです。

そのあたりが、イギリスの息子さん家族とうまくいかなかった理由かもしれません。どこの国でも家族の問題はなかなか難しいものですね。

■ 村の端のレストランへ

イギリス人の友人とはそこで別れ、私たちは村のもう一つの端にあるレストラン「モンテレス」へ移動しました。

金曜の夜だというのに人はほとんどおらず、ただテーブルはきれいにセットされていたので、きっと土曜日の今日の昼にグループ客でも入ってるのだろうという雰囲気。

来週末は3連休なので、きっと皆さん外出は控えて家で静かに過ごしているのでしょう。

私は昼間にしっかり食べてしまっていたので、ビール数杯とタパスを1つだけ。

全員で6人、一人は若者の息子ちゃん、話題は自然と同年代ならではの方向へ。

■ 懐かしの「フレンズ」から、若い世代の話題まで

私が話したのは、90年代のアメリカの名作ラブコメ「フレンズ」の話。香港にいた頃、リアルタイムで夢中で観ていました。

若い世代も知っているようで驚きました。今はどこで観るのでしょうね。私はイギリスの番組をFire Stickで観ていますが、彼らはまた別の方法で楽しんでいる様子。

そこから話は広がり、

『アリー・マックビール』

『フレイジャー』

『ER』

など、昔のコメディなどの話で盛り上がりました。

当時、特に私が驚いたのは、『アリー・マックビール』のオフィスでは男女兼用トイレが普通に描かれていたこと。

「ニューヨークってそんなことになってるんだ、凄いな〜、でも私は絶対無理」、と感じたことを思い出しました。

息子ちゃんに「90年代からウォーク文化が始まってたんだね」と言われ、たしかに今思えば…と妙に納得してしまいました。

■ 若い人から学ぶ

その息子ちゃんと話していると、いつも新しい情報をもらっています。

私は最近ブログを再開しました。

愛犬が天国に行くまではほぼ毎日更新していたのですが、その後は年に数記事しか書かない年もあるほど。

「これではいけない」と思い、短時間で書ける方法を工夫しながら、また書き始めています。

ブログはBloggerを使っていますが、スマホで見るとホームに5記事のリストが表示されますが、次の矢印をクリックすると、1記事しか出ないのです。私としては5記事のリストを表示させたい。

この不便さをChatGPTに相談したことを話すと、息子ちゃんは「自分はカーサーを使ってるよ。これいいよ」と教えてくれました。

若い人と話すと、「私の時間がフレンズの時代で止まってしまっている」ことに気づきます。あの頃が一番華やかだったのも事実。でも、立ち止まってばかりはいられない。新しいものを知るのは、いつだって楽しいものです。

■ 土曜の朝はチュロス

土曜日の朝は村全体が静かで、まだみんな寝ているのでしょうか。

さっきまで冷たかった空気が、日差しで少しずつ温まってきました。

これから、温かいチュロスでも食べに行こうと思います。


最後までお読みいただきありがとうございます。

2025/11/28

11月27日(木) 15年ぶりのハイキングコースそして駅レストラン

今朝は目を覚ますと、昨日の強い風が嘘のように止んでいました。

空気はぴたりと静まり返り、11月のやわらかな光がすっと部屋に差し込んできます。風のない朝は、心まで落ち着くものですね。空を見上げれば雲ひとつない青空で、「今日は歩くには最高だ」と思わずつぶやいてしまいました。

最近、この界隈の同年代の人たちと一緒に「ウォーキンググループ」を作りました。といっても、記録を競ったりストイックに歩いたりするのではなく、景色やおしゃべりを楽しみながら、のんびり歩く“ゆるい仲間”です。

今回のハイキングは、隣村のヒメラ・デ・リバール駅からベナオハン駅までのコース。

まずは村の闘牛場に11時に集合し、マルコスの車でヒメラへ向かいました。

本来なら帰りは鉄道で戻れるのですが、マルコスは体重40キロ近い大きな犬を連れているため、列車には乗れません。昔はこっそり乗せても文句を言われなかったのに、今は規則がきびしくなってしまいました。

そのため、彼は先にベナオハン駅まで車を置きに行き、別のメンバーが彼を拾ってヒメラに戻るという、少し複雑な段取りをしていました。

思い出のコースを15年ぶりに

このコースは、実は過去に2〜3回歩いたことがあります。

一度は日本人の方と一緒に歩き、そのとき撮った古いビデオが私のYouTubeに残っています。今見るとブレブレで恥ずかしいのですが、当時は腕をガッチリ固定して、精一杯きれいに撮ったつもりでした。

あれから15年。その頃はいつも毎日大型犬を散歩させていて、体力があった頃。道中で2カ所ほど怖い細い道があった記憶がうっすら残っていますが、それも今よりずっと平気だった気がします。

今回も同じコースを歩いたのですが――

驚いたのは、道が以前より細くなっていたこと。

浸食なのか崩れなのか、小さな道がさらに細くなっている場所がいくつもあり、何度か手をつきながら慎重に進まざるを得ませんでした。

それなのに、まわりのメンバーは平気な顔でスイスイ進んでいくのです。

「みんな強いなあ」と感心しつつ、私は慎重に足場を選びながら歩きました。

イノシシの跡と、大きな鳥の影

天気はほんとうに素晴らしく、日向に出ると暑いくらい。

何人かは途中で半袖になって歩いていました。

道にはどんぐりがたくさん落ちていて、足元にはイノシシが掘り返した跡が無数に残っています。

鹿もよく出る地域で、ときどき大きな鳥が川沿いを滑るように飛んでいく姿も見えました。

自然の中を歩く時間は、それだけでちょっとした非日常になります。

すれ違ったのは3人ほど。

週末になると人で賑わう道ですが、今日は静かな木曜日。

聞こえるのは仲間の笑い声と、足音と、川の水が流れる音だけでした。

ベナオハン村に近づいてきました

ベノハンの駅レストランでランチ

無事にベノハンに到着すると、駅の古い建物を利用したレストランへ。


ここは日曜日はアラカルトのみで少し値が張るのですが、水・木・金は「メニュー・デル・ディア」があり、今日はそれをお目当てにしていました。

これが大当たり。

味も、サービスも良く、久しぶりに「満足!」と言えるランチでした。


スペインの目玉焼き+チョリソ+ポテトフライ

ビールを一杯飲んで、外のテラスで日向ぼっこをしながらのんびり。

……と思いきや、太陽が木々に隠れると一気に寒くなるので、脱いだり着たり忙しい私たちでしたが、それもまた楽しいひととき。

帰りは友人マルコスの車に乗り、途中で1人を降ろしながら村へ。

着いたら他のメンバーはバルへ行ってもう一杯飲んでいましたが、私は「今日はもう十分」と言って、少しおしゃべりだけして家に帰りました。

月一で十分…と思いつつも、楽しいから困る

もともと「月に一度くらい歩こう」という話だったのに、気づけば毎週の恒例行事に。私は仕事の時間をやりくりしながら参加しているので、毎週「1日コース」は正直少し大変です。

できれば近場を午前中に歩いて、午後からは仕事をする日も欲しいのですが……

それでも今日のような一日を過ごすと、「まあ、来週も行きたいな」と思ってしまうのです。

自然の景色と美味しいごはん、そして気の置けない仲間たち。

その組み合わせはやっぱり特別で、何度歩いても飽きません。

今日は本当に、心から楽しいハイキングデイでした。

最後までお読みいただきありがとうございます。


2025/11/26

11月26日(水) 風の強い日に、郵便局で聞いた新しい「安全グッズ」の話

今日もよく冷え込んだ一日になりました。

朝の散歩に出たときは風こそ吹いていたものの、歩いているうちに気にならなくなる程度でした。

ところが時間がたつにつれ勢いを増し、夜になった今ではビュービューと壁を揺さぶるほど。昨日の天気予報どおりとはいえ、体の芯まで冷えてきます。

郵便局へ行く朝の用事

散歩のあと、いつものように郵便局へ向かいました。私の郵便受けを確認するためと、Amazonから届いた荷物を受け取るためです。

スペインでは、Amazonの荷物は家へ届けてもらうこともできますが、私は基本的に郵便局受け取りにしています。

近くの商店だと、夜8時半くらいまで、また土曜日でも受け取れますが、何より「一番信用できる」のは郵便局。

とはいえ、郵便局は平日14時半までしか開いておらず、土日は休み。生活のリズムに合わないことも多いのですが、それでも結局ここに落ち着いています。

今日は荷物を2つ頼んでいたのですが、受け取った袋の中に入っていたのは1つだけ。よくあることなので「もう一つは後日かな」と思いながら家に戻ると、すぐに郵便局から電話がありました。

「もう一つ、こちらにあったのよ。ごめんなさい!」

そちらが楽しみに待っていた荷物なので、急いで取りに戻りました。

新しいスピーカーとの出会い

大切な荷物というのは、注文していたポータブルスピーカーです。

実は、以前使っていたスピーカーを友人の誕生日会に持って行き、バルに置いたままにしてしまったことがありました。

みんなで音楽を流して楽しんだのですが、誰も預かったり管理したりしてくれず、そのまま行方不明に。

安物だったので仕方ないとはいえ、少し残念。

そこで今回は、思い切ってワンランクいいものを購入しました。

マーシャル(Marshall)の小型スピーカーです。デザインもお洒落だし、音も想像以上に良い。これは絶対に外には持ち出さない、と固く決意しました。

ショパン・コンクールのライブ配信を聴いていたときに、やっぱり少し良いスピーカーで聞きたいな〜と思ったので、今回購入して良かったです。

また、集中したいときに流す音楽をいい音で聴けるのは嬉しいです。

郵便局で話題になっていた「三角板、もうダメらしいわよ」という話

荷物の受け取りついでに、ここ最近よく耳にする話題について郵便局の職員さんに聞いてみました。

来年から、スペインでは「車の故障時に三角板だけを使うのが“ほぼ禁止”」になるそうです。

正式には、国の交通局(DGT)が定めた法律の変更で、2026年1月1日からは三角板は完全に廃止。

代わりに GPS付き非常灯「V16」 が義務化。

使っていないと罰金の対象、という流れになっているとのこと。

この「V16」は、手のひらサイズの黄色いランプで、車内から窓越しに屋根へ置くだけで、360度に強い光を放ちます。

さらに、内蔵されたGPSと通信機能が自動的に動作し、「故障車の位置」を交通局へ送信して、他のドライバーへも共有される仕組みだそうです。

なぜ導入されたのか?

聞けば、三角板を置きに行く途中で道路に出てしまい、はねられて亡くなる事故が毎年20件以上あったのが大きな理由だとか。

・ 車を降りる

 路肩を歩く

 後方に三角板を置きに行く

この一連の動作が非常に危険で、特に高速道路では命に関わるそうです。

そのためDGTは「もう車から降りなくてもいい方法」を目指し、V16の義務化を数年前から段階的に進めてきたとのこと。

郵便局で売っているV16

郵便局では、DGTの認証済みのV16が売られていて、小型タイプが 49ユーロ、少し大きいものが 59ユーロ。

Amazonでも安いものはありますが、

「ちゃんと認証されているか分からないし、こういうものはきちんとしたところで買う方が安心」

と職員さんも言っていました。

とはいえ、49ユーロといえば今のレートだと約9,000円。

車を2台3台持っている家庭にとっては、なかなかの出費です。法律で義務化するのなら、せめて配布してほしいと思うのは、きっと私だけではないはずです。

生活の中に少しずつ入ってくる“新しい決まり”

帰り道、冷たい風に吹かれながら、

「スピーカーも買い替えたし、車の安全グッズも新しい時代に入るし、知らないうちに生活の道具は少しずつ変わっていくんだな」とぼんやり思いました。

家に戻り、マーシャルのスピーカーから流れる音楽を聞きながら、

風の音が強い夜を静かに過ごしています。

最後までお読みいただきありがとうございます。




2025/11/25

11月25日(火) 村に吹きつけた風と、スペイン全土の空模様

 今朝は昨日の雨の名残で、雲がどんよりと村を覆っていました。

雨は上がっていましたが、冷たい風がびゅうっと吹いていて、散歩に出る気分にはなれませんでした。

外に出れば耳が痛くなりそうな冷たい風の強さで、家の中から空の様子をぼんやり眺める朝になりました。

けれども、その重たい雲も10時ころにはすっかり消え、ふと気づけば鮮やかなブルースカイ。

光の色が変わると、空気まで違う季節になったように感じられます。

ただ、青空の下でも強い風は収まらず、村じゅうが一日中「ごう、ごう」と風の音で満たされていました。

木々は大きくしなり、バルコニーの鉢植えも転がりそうで、落ち着かない一日です。

■ 風は村だけではなかった:スペイン18県に警報

こういう日は、つい「この村だけが荒れているのかな」と思ってしまうのですが、ニュースを見てみると、どうやらスペイン全体が似たような天気に見舞われていたようです。

AEMET(スペイン気象庁)によると、今日はなんと18県で強風・高波・降水の警報が出ていたそうです。

特に風の影響が強いのは、カタルーニャ沿岸部、アラゴン南部、エブロ川下流域。地域によっては 時速100km/h を超える突風も観測され、交通への影響を警戒するよう呼びかけられていました。

雨の中心は北西部のガリシアで、海沿いではまとまった降水が続く予報。一方で、イベリカ山系や中央高地では、気温が低くなれば雪に変わる可能性もあるとのことです。

南部のアンダルシアも例外ではなく、地中海沿岸では風と波が重なり、海辺を歩く人には注意が促されています。晴れている地域でも、風が強くてなかなか“穏やかな天気”とは言えない1日だったようです。

村の空が青空に戻っても風だけが残った理由は、こうした全国的な前線の動きが背景にあったのでしょう。

■ 明日のスペイン:まだ油断できない空模様

そして、明日のスペインも、どうやら気が抜けないようです。

例えばタラゴナ県では、海岸波浪と強風の警報が引き続き発令され、浜辺を歩くには注意が必要とのこと。

ガリシアのビゴでは、朝から雲が広がり、午後には雨の可能性。

内陸の高地では、冷え込みが強まれば再び雪や凍結の心配も出てきます。

夜から明け方にかけて気温がぐっと下がる場所も多いため、体感温度は今日より一段と冷たく感じるかもしれません。

■ 冬の入口で足踏みするスペイン

こうして見てみると、スペイン全体が冬の入口で足踏みしているような雰囲気です。

晴れても油断できず、雨が降ったかと思えば風が強まり、場所によっては雪の気配さえ漂う。そういう移ろいやすい季節が、今日の村の空にもそのまま現れていたのでしょう。

明日は少し暖かくして外に出ようと思います。風の強さに負けず、青空の時間をうまく拾って、冬の始まりをもう少し楽しめたら良いのですが。

最後までお読みいただきありがとうございます。


2025/11/24

11月24日(月) 天気予報の正確さに驚きつつ、Telefónicaの人員削減を知る

 今朝は風も強く、空気が冷たくて、冬がいよいよやってきたような天気でした。

歩いていると耳が痛くなるほどで、すれ違う村人たちとは「寒いね〜」と挨拶を交わしながら歩きました。

朝の空はどんよりしているわけではなく、雨が降りそうにも見えなかったのですが、午後になると空模様が怪しくなり、夕方には予報通りの雨。

スマホの天気予報は本当に正確だなあと、改めて感じました。

こうして何気なく使っているスマホですが、その裏では通信会社が絶えずサービスを支えていて、テクノロジーの進化とともに働き方も変わっていくのだと、

今日のニュースを見て思いました。

■ Telefónicaが5,000人超の削減提案

スペインの大手通信会社 Telefónica(テレフォニカ) が、国内で 5,000人以上の人員削減(ERE) を提案したというニュースがありました。

対象はスペイン国内の各部門で、グループ全体ではなく国内に限定された動きです。

数字だけを見るとかなり大規模ですが、スペインの雇用制度や働き方を考えると、日本とは少し違った受け止め方になるように感じます。

■ EREとは何か

今回使われている ERE(Expediente de Regulación de Empleo) は、企業が経済状況の変化や技術的要因で人員調整をしたい場合に用いられるスペインの正式な手続きです。

企業側、労働組合、行政が協議しながら進めるもので、スペインでは特別な出来事というより「制度として定着したプロセス」という印象があります。

■ なぜ今、大きな調整が必要なのか

報道を読む限り、理由は比較的明確です。

・ 光ファイバーや自動化の普及で、旧来の業務が縮小

・ 通信料金が長期的に下がり、収益構造が変化

・ デジタル化によって必要なスキルと人員が変わった

通信業界全体が転換期に入っており、Telefónicaだけが特別というわけではなさそうです。

■ スペインには「終身雇用」という前提がない

日本でこのニュースを見れば、

“5,000人の大規模解雇” という印象が強くなるかもしれません。

一方スペインでは、そもそも終身雇用の発想が強くなく、

・ 転職が一般的

・ 契約形態が多様

・ 大企業の人員調整も過去例がある

という背景があり、日本とは前提が大きく異なります。

だからといって「問題が小さい」というわけではありませんが、社会全体が受け取るトーンは、日本の状況とは違うように思います。

■ 変わりゆく働き方の風景

Telefónicaの件は、ひとつの企業の判断であると同時に、私たちの生活の裏側で進んでいる大きな変化の一部でもあります。

スマホやインターネットが当たり前になった今、その便利さを支える仕事の内容も、必要とされる人材も、時代とともに大きく姿を変えている。

そんな流れを静かに示しているニュースだと感じました。

最後までお読みいただきありがとうございます。


2025/11/23

11月23日(日) ロンダで過ごした、久しぶりの日本語の一日

今日は日曜日。久しぶりにロンダへ出かけました。

会いに行ったのは、香港時代の友人の「お友達」。一度だけ軽く挨拶をした程度で、ゆっくり一緒に過ごすのはこれが初めてです。

今はセビリアに数ヶ月滞在しているそうで、わざわざロンダまで足を運んでくれました。

初めて落ち着いて話す人だし、「日本語が通じる=気が合う」ではないことも分かっているので、待ち合わせの瞬間までは少しだけソワソワ。でも実際に会うと全く心配いらず、話が止まらないくらい楽しい時間になり、あっという間に“気の置けない相手”になっていました。

中華系スーパーのお土産とロンダ散策

セビリアのコルテ・イングレス近くに、品揃え豊富な中華系スーパーがあるのですが、そこから日本食品を色々持ってきてくれました。お支払いしないといけないのに、受け取ってくれず、ありがたくいただくことにしました。

荷物を一度車に置きに行き、それからロンダの街をゆったり散策。観光しつつ、お喋りにも花が咲きました。

話題は香港のこと、お互いの今の暮らし、日本語でしか共有できない細かい感覚。スペインにいるのに、日本語の世界へすっと引き戻されるような不思議な感覚でした。

ミシュラン星付きの味をタパスで

お昼は、パラドールの向かいの細い道にある「Tragatapas」へ。以前はミシュランの星を獲得していたレストランのタパス部門で、カジュアルだけれど味は本格派。

注文したのは、

● 細く切った魚を揚げ、骨までカリッと揚げてあるものを、レタスに包んでマヨネーズベースのソースをかけていただく一品。

● 大きめの丸いコロッケのような揚げ物の中に、サルモレホがとろりと入っているもの。店の人には「一口でどうぞ」と言われたけれど、顎の調子が悪いので少しずつ食べたら、中からドロッと流れ出てしまってちょっと恥ずかしい見た目に……。

● イカの揚げ物を挟んだモンタディート。

● そしてクロケタ。

どれもボリュームがあって、お腹いっぱい。一杯くらいワインを飲んでもよかったけれど、帰りは日が暮れるし車なのでノンアルコールビールで乾杯しました。

彼女も長距離バスに乗るので同じくノンアル。こういう節度ある大人の外食も悪くありません。😁

ロンダに行ったら必ず行く場所

少し観光もしました。闘牛場のあたりに広がる絶景、そしてもちろんヌエボ橋へ。


ヌエボ橋は下から眺められるポイントがあって、行きは下りなので軽い足取りで向かえますが、帰りはずっと上り。今回は途中まで行って引き返しました。

「続きはまた次回のお楽しみ」ということで、下から見上げる橋はまたの機会に。

カフェで味わう季節のマサパン

旧市街のロンダ市役所の辺りを散策した後、また新市街に戻って私がロンダへ来ると必ず寄るお気に入りのカフェへ。ケーキが並ぶショーケースも魅力的で、コーヒーもいつも安定の美味しさ。

この季節は「マサパン」が並びます。松の実を使った柔らかいお菓子で、甘いけどくどくなく、抹茶にも合いそうな味わい。私はこれが大好きで、コーヒーと一緒にゆっくりいただきました。

名残惜しいけれどバスの時間があるので、ショッピング通りを少し歩いた後、バスステーションへ向かいました。そして楽しい時間もここで終わりです。彼女はセビリア行きのバスに乗り、私は車でコルテス村へ向けて出発。

こうして久しぶりにロンダで過ごした日曜日は、思っていた以上に楽しくて心に残る時間になりました。

“家で飲まない”という小さなルール

家に着いたのは19時半ごろ。今日は車だったのでお昼に飲めなかった分、少しだけ飲みたい気分に。

でも私は家にお酒を常備しないようにしています。

というのも、以前スーパーで24缶や36缶セットが安く売られているのを見てつい買ってしまい、結局毎日飲んでしまう…という悪循環がありました。

安いようでいて、身体にも財布にも優しくない習慣。

だから今は、飲みたいときだけバルに行くか、必要な分だけ数缶を買うルールにしています。

今日は帰りにKioskoで缶ビールを3つだけ買い、いただいたお蕎麦を茹でて、ゆったりした夜を過ごしました。

次の約束

今日会った友人とは、次はコルテス村に遊びに来てもらう約束をしました。

それに、セビリアで私のスペイン人の豪快な友人たちと一緒に飲めたら絶対楽しいはず。

次の再会がすでに楽しみです。

最後までお読みいただきありがとうございます。


2025/11/22

11月22日(土) スタンプカード片手に、キノコのタパス巡り

昨日の夕方から、村の恒例行事である 「キノコの祭典」 が今年も静かに幕を開けました。開催は明日までの予定ですが、今年は例年以上に参加者が少なく、全体的に規模がぐっと縮小した印象があります。

私が初めて参加した十数年前は、スペイン各地から 250人ほどが集まり、村中が活気に包まれていました。それを思うと、今年は100人前後でしょうか。

数年前に若い村長に変わったものの、どうも村を盛り上げようという熱意があまり感じられず、行事全体に元気がなくなったように見えるのが少し寂しいところです。

かつてこの村には 22軒ものバルやナイトクラブ があり、夜になるとどこも明かりがつき、道を歩くだけで楽しい時代がありました。今ではその半分、10軒ほどにまで減ってしまいました。

タパスをはしごしたあの頃を思い出すたびに、時代の移り変わりをしみじみ感じます。

キノコを使ったタパスと、スタンプラリー

このお祭りのもう一つの楽しみは、地元のバルが腕を振るう「キノコを使ったタパス巡り」

スタンプカードを持って店を回り、タパスを味わうたびに印を押してもらう、いわばスタンプラリー方式です。そして最後には「どの店のタパスが一番おいしかったか」を投票します。

使われるキノコは、スーパーのものではなく、山で採れた天然のキノコ。そのため手間もコストもかかります。

タパス1皿は 3.5ユーロ(約630円)。小ぶりな一皿としては正直ちょっと高いのですが、自然の恵みを丸ごと味わえることを思えば 3.5ユーロは納得。

でも、円安の煽りを受け「630円」と考えるとやっぱり高い…というのが正直なところです。

カフェテリア・マリアでの一皿と、配られた「アロス」

私もお昼から少し参加し、まずは カフェテリア・マリア で一皿いただきました。


そのあと役場前の会場へ足を運ぶと、ちょうど音楽が流れていて、参加者にはキノコを使った アロス(お米料理) が配られている最中でした。

パエリアのようにパラッとした仕上がりではなく、どちらかというと リゾットに近い、やわらかくとろりとしたタイプ。

私は今回は参加登録をしていなかったので受け取れないはずでしたが、同行していた友人は登録していて、「友達が待ってるから」と言うと、配っていたスタッフの方が「じゃあ持っていきなさい」とにこやかに渡してくれたそうです。

その温かさとともに、おすそ分けをありがたくいただきました。

プール横のホテルで、もう一皿

その後は、村営プールの横にあるホテル併設のバルへ移動して、ここでもキノコのタパスをもう一皿。

明日は用事で参加できませんが、スタンプラリーは 来週まで続く予定。もう一度くらい、ゆっくり巡りたいものです。

おまけ:村のサッカー少年たち

帰り道、サッカー場の横を通ると、にぎやかな歓声が聞こえてきました。覗いてみると、ちょうど 14〜15歳くらいの若い選手たちの試合が行われているところ。スピードも速く、思った以上に迫力がありました。

コルテス村で活躍するとロンダの強いチームに進み、そこでさらに頭角を現すと、次はマラガの名門チームへ。その先にはプロの舞台も見えてきます。

この小さな村からも、いつの日かプロ選手が誕生したら素敵だなぁ、なんて思いながら眺めていました。

最後までお読みいただきありがとうございます。


2025/11/21

11月21日(金) 誕生日を忘れる理由と、10年目の心に残る愛犬の記憶

今日は、昨日に続いてとても良い天気。朝起きて外に出ると、空には雲ひとつなく、澄んだ青がどこまでも広がっていました。ただ、気温はぐっと下がり、日差しがあってもどこか冬の入口のような冷え込みです。

夕方からは、村恒例の「キノコの祭典」があります。今年は雨不足で全然出てこなかったキノコたちも、先週の雨でようやく顔を出し始めたはず。とはいえ今日のように気温が低いと、明日の収穫はどうかな……と少し心配になります。。

気づけば自分の誕生日

昨日の昼頃、友人から「タパスでも食べに行かない?」とメッセージが届き、ふらりと出かけることに。ビールを三杯ほど飲んだらすっかり酔ってしまい、昔よりずいぶんとアルコールに弱くなったものだと苦笑いしてしまいました。


誘ってくれた理由は、実は私自身の誕生日だったから。

今年は人に言われて「あ、そうだった」と思い出すくらい、誕生日を気にしていませんでした。

友人はキャンドルに火を灯し、小さなプレゼントまで用意してくれて、心のこもった楽しい時間でした。そんな気持ちが本当に嬉しくて、ああ私はこんなにも人に恵まれているなあとしみじみ思いました。


思い出してしまう「10年前の今日」

それでも、誕生日を素直に喜べない理由があります。

この季節になると、どうしても思い出す出来事があるからです。

私の愛犬、モンタちゃんが旅立ったのは、ちょうど「今日」。

散歩をしていたこの時間帯です。

あれから、もう10年。

大型犬で、最後は体が動かなくなり、私一人だけではどうすることもできなくなり、安楽死を選びました。

最初の犬は元夫が譲り受けた子で、子犬の頃の環境がよくなかったのか、とても情緒不安定で、私も必死に世話をしていました。だから安楽死の決断も、苦しいながらも冷静にできた気がします。

モンタのママ犬、トラちゃんは、すりすり寄ってくるような甘えん坊で、心から可愛い子でした。病気で決断しなくてはいけない時、すでに元夫はいなくて、ひとりでは怖くて決められなかった。結果として、その子は苦しんだ末に天国に行ってしまい、その後悔はずっと胸の中に残りました。

だからこそ、私は強く心に誓ったのです。

「モンタには絶対に苦しい思いをさせない」と。

10年前の今日、その約束を果たすため、友人二人がそばで見守ってくれ、獣医さんに来てもらい、モンタは私の腕の中で静かに旅立ちました。

お産の手伝いをしたので、モンタは「私の手の中に生まれてきて」、そして「私の腕の中で一生を終えた」のです。

まるで我が子そのもの。

そんな存在でした。

大変だった日々と、それでも愛おしい思い出

若いころのモンタは本当に力が強く、35kgの体に思い切り引っ張られ、転んで怪我をして泣きながら帰った日もあります。それでも、心から「出会えてよかった」と思わせてくれた、大切な家族でした。子どもがいない私にとって、無償の愛を教えてくれた存在でした。

晩年、45キロほどの若い大型犬に襲われて体調が一気に悪くなり、そこからは1か月ごとに歳を重ねるように衰えていきました。

そして、他の犬をもう気にしなくなったので、バルに連れて行くことが増えました。毛布を敷いてあげて、テラス席で静かに座り、人に頭を撫でてもらって嬉しそうにしていた姿が、今でも目に浮かびます。

思い返すと、涙が止まらなくなります。

村では、私とモンタが散歩している姿がGoogleマップに映っていたこともあって、犬の顔までぼかされていて、「そんなにぼかさなくてもいいのに」とひとりで笑ったこともありました。

誕生日を忘れるという救い

そんな思い出があるせいで、誕生日はどうしても胸がしめつけられる日になってしまいます。だからこそ、誕生日を忘れてしまうくらいが、今の私にはちょうどいいのかもしれません。

気づけばまた一年が過ぎています。本当に早いものです。

グラスを置いた瞬間、「もうそんな季節か」とふと気づく。

時間の流れがどんどん早く感じられる年齢になったんだな、とつくづく思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。

2025/11/20

11月19日(水) 久しぶりの海側の町へ ― プエルト・バヌースの陽気

今日は久しぶりに海沿いの町、プエルト・バヌースへ出かけました。

山側のコルテスは北風が冷たく、朝からずいぶんと肌寒かったのですが、海の方はまるで季節が違うかのよう。ぽかぽかとした陽気が広がっていて、半袖で歩いている人も多くいました(私は寒がりなので、さすがに長袖のままでしたが……)。

海の空気には不思議と冬の気配を忘れさせる力があります。

バブル期の日本人たちが残した家へ

まず向かったのは、毎月一度見に行っている二軒の家。

1980年代のバブル期、日本人向けに販売された物件が多くあったそうです。

私がスペインに来た20年以上前には、日本人コミュニティはずいぶん小さくなっていましたが、それでもかつては家を買った人たちが集まり、麻雀を囲んで賑やかに過ごしていたようです。

あるご夫婦は、

「定年になったらスペインに住もうね」

そう夢見て家を買ったものの、日本での介護が始まり、移り住むどころではなくなってしまったと話していました。

そして、

「やりたいと思ったことは、その時にやらなきゃダメよ」って言っていました。

笑ってはいましたが、その奥ににじむ本音が胸に残りました。

ユーロと物価が変えた “暮らし方”

私がここに移り住んだ頃、レートは 1ユーロ=120円ほどでした。

物価も今よりずっと安く、日本で年金を受け取りながらスペインで暮らす、という生活も現実的だったと思います。

ところが今では 1ユーロ=180円前後。

物価も大きく上がり、かつては可能だった“年金で海外移住”という暮らし方は、今やほとんど難しくなってしまったのではないでしょうか。

時代の変化の速さに、改めて驚かされます。

今日訪れたレジデンスは、ガーデナーが常駐するしっかりした管理体制の場所です。とはいえ、持ち主のほとんどがホリデーハウスとして所有しているため、定期的に中を確認しておかないと大変なことになることもあります。

実際、この週末の大雨で排水溝が詰まり、テラスから室内に雨水が流れ込み、被害にあった家もあったそうです。

鍵を開けて中に入るまで少し不安でしたが、私が見に行った二軒はどちらも何の問題もなく無事でした。

本当にほっとしました。

友人とコルテ・イングレスへ — 半分スペイン語レッスン

そのあと、プエルト・バヌースのコルテ・イングレスへ。

昔はよく行った場所で、元夫の運転で海沿いの街へ出かけるたび、私もその横で景色を眺めていました。今は一人で海側まで運転するのは気が重いので、いつもの友人に連れて行ってもらいます。

彼女はスペイン人で、とても優しい人。

私の拙いスペイン語を辛抱強く聞いてくれて、話し方もゆっくり。ほとんど“プライベートレッスン”のような時間です。

動物が大好きで、今は犬と猫を合わせて9匹も飼っているとか。

その中にベルジャン・マリノイという警察犬タイプの若い女の子のワンちゃんがいて、身体能力が高すぎて「もう大変なのよ!」と笑っていました。でも話の端々から、溢れる愛情が伝わってきます。

本当に甘えん坊の、かわいいワンちゃんです。

外国人比率の高い町の “高級デパート”

プエルト・バヌースのコルテ・イングレスは高級感があり、同じコルテ・イングレスでもマラガやセビリアとは雰囲気が違います。

ここは富裕層や外国人が多く暮らすコスタ・デル・ソル。

その華やかな空気の中を歩くだけでも、なんとなく楽しくなる場所です。

クリスマスで飾られてます

ガウシンのビューポイントで見た、特別な景色

帰り道、コルテスまであと25分ほどという場所にある、白い村ガウシンのビューポイントに寄りました。

今日は空気が澄み切っていたので、ジブラルタルの岩山がくっきり。

さらにその向こう、アフリカ・モロッコの山々の稜線まで見えて、思わず息を呑むほどの美しさでした。ここまでよく見える日は、そう多くありません。

冬の透明な空気のおかげでしょうか。

自然が見せてくれたご褒美のような光景でした。

山の冷気と、季節の狭間

村に戻ったあとは、バルでビールを一杯。

車を降りた途端、海沿いの暖かさと打って変わって、ぐっと冷たい空気。脱いでいたセーターと厚手のジャケットを慌てて着込みました。

朝は冬、昼は夏、そして夕方にはまた冬に戻る——。

この時期は寒暖差が激しく、油断するとすぐ風邪を引いてしまいそうです。

季節の境目らしい一日。

変わりゆく景色や、時代の移り変わりをあらためて感じました。

そんなことを思いながら、夜はビールではなく温かい白湯を飲み、静かに今日を締めくくりました。

最後までお読みいただきありがとうございました。