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【村の行事】2026年
祝日8月15日(土) 、壁のないフェスティバル 8月14日(金) &15日(土)、夏のフェリア8月20日(木) 〜23日(日)

2026/08/28

8月16日(日) 牛とバルと、記憶がつながる夏の日曜日

昼前から、村のメインストリートで牛を放す催しがありました。パンプローナの牛追いのように何頭もの牛が町を走り抜けるものではなく、柵で囲った一定の区間に一頭の牛を放し、その中に人が入るというものです。

本格的な闘牛に出る牛よりは小さいとはいえ、もちろん十分に大きな牛です。柵の中では若い人たちが牛を追ったり、逆に追われたりします。牛が近づいてきたら柵の隙間から外へ逃げるのですが、見物客も多いので、いざという時にちゃんと抜けられるのだろうかと、見ているこちらの方が心配になります。

この日は村の人だけでなく、周辺からもかなり人が来ていました。近くのウブリケでも以前は似た催しがあったそうですが、昨年死亡事故が起きたため、その後は行われなくなったと聞きました。そのため、こちらまで見に来ている人もいたのかもしれません。

それにしても、私はどうしても牛がかわいそうだと思ってしまいます。

突然知らない場所に連れてこられ、自分とは全く違う生き物に囲まれて、大勢から声を上げられ、追いかけられる。自分がそんな状況に置かれたら、恐ろしくて仕方がないだろうと思います。

一年に一度の昔からの催しですし、この土地の文化でもあります。それは分かっているのですが、目の前にいる牛を見ると、やはり複雑な気持ちになります。

少し見物した後、近くのバルへ行きました。祭りの最中なので店の周りも人でいっぱいです。そこで、しばらく会っていなかったオランダ人夫婦にばったり会いました。

二人は一年半ほど前にこの村に家を買い、それまで持っていたフランスの家を処分して、こちらへ移ってきました。ただ、夏のアンダルシアは暑過ぎるので、この時期はオランダへ戻っています。

今回はキャンピングカーで旅をしながらポルトガルにも立ち寄り、オランダで二週間ほど過ごしてから、四日かけて村へ戻ってきたそうです。大きなキャンピングカーなのですが少し古く、暑い日は中が「オーブンみたいだった」と笑っていました。

奥さんはお酒を飲まないので先に帰り、その後は旦那さんと二人でしばらく話しながら飲んでいました。

こういう時、この村の良さを改めて感じます。

昨夜もそうでしたが、特に約束をしていなくても外へ出れば誰かに会います。そして、そのまま一緒に飲んだり話したりする。誰にも会わなければ、それほど飲むこともないのでしょうけれど、それも含めて村の生活なのだと思います。

話しているうちに、子供を育てる環境の話になりました。

私は、この村は小さな子供にとって、とても良い場所だと思っています。

子供たちは自由に道へ出て遊びます。親がずっとそばについていなくても、近所の誰かが見ています。親戚も多いですし、友人同士で子供を預かることも珍しくありません。

昔の日本にもあったような、「地域全体で子供を見ている」という感覚が、まだ残っています。

十歳くらいまでの子供なら、こんなに自由に遊べる場所はなかなかないのではないでしょうか。

ただ、十代に入ってくると、私は少し違う面もあると思っています。

小さな村なので、都会ほど習い事や選択肢が多いわけではありません。一方で、子供たちは昔からの自由さをそのまま持っています。小さい頃には長所だった「親の目の届かないところで自由に遊べること」が、思春期になると別の意味を持ち始めます。

お酒やドラッグに近づく子もいますし、喧嘩もあります。若いうちに妊娠する女の子もいます。

もちろん全員がそうなるわけではありません。それでも、自由であるからこそ、自分で考えられる年齢になった時には、かなりしっかりしていなければならない。それも田舎で育つということなのだと思います。

そんな話から、今度は一人暮らしの話になりました。

彼にはオランダに一人で暮らしている六十代の友人がいるそうです。最近は社会や政府に対して色々と思うところもあり、家にこもりがちになっているとのことでした。少し前にパラグアイへ旅行し、そこがとても気に入ったとも話していたそうです。

それを聞いて、彼は「だったら一度この村へ来てみればいい」と勧めたと言います。

その話を聞きながら、確かにこの村は一人暮らしには悪くない場所だと思いました。

私も一人で暮らしています。

一人になりたければ家にいればいい。でも、誰かと話したくなったら外へ出ればいい。ほんの少し歩けば、知っている人がいます。

大きな町では、外へ出れば何百人もの人とすれ違います。それでも、その中に話せる人が一人もいないということがあります。

人が大勢いることと、孤独ではないことは、別なのだと思います。

そして「パラグアイ」という言葉を聞いて、突然、ずいぶん昔のことを思い出しました。

大学四年生の頃、私は青年海外協力隊に応募したことがあります。

派遣先がパラグアイでした。

筆記試験を受け、なぜか最終面接まで残り、東京へ行きました。面接に来ていたのは私を含めて七人。その中で女性は私一人でした。

時代は1980年代半ばです。今とは事情も違います。派遣先での生活はかなり厳しいものだったでしょうし、当時は男性の方が選ばれやすかったのかもしれません。

結局、私は選ばれませんでした。

東京まで行ったので、ついでに高校時代の同級生にも会いました。当時警察官をしていた友人と食事をしたりして、面接とは別に楽しい時間を過ごしたことまで、なぜか急に思い出しました。

もし、あの時選ばれていたら。

私はパラグアイへ行き、そこでスペイン語を覚えていたのかもしれません。

そうしたら、その後の人生はどうなっていたのでしょう。

今のように英語を使うようになっていたのか。スペインに住んでいたのか。それとも全く別の国で、全く違う生活をしていたのか。

そんなことを考えると不思議です。

午後三時半頃に家へ戻り、食事をしてシエスタをしていると、雨の音が聞こえてきました。

この数日、ロンダ周辺では強い雨になるという予報が出ていました。この村でも降るのかなと思いましたが、結局はパタパタと音がした程度。すぐにやんでしまいました。

金曜日の夜中にも少しだけ降りました。

八月も半ばを過ぎると、ほんの少しずつですが、真夏とは違う空気が混じり始めます。

とはいえ、村の祭りはまだ終わりません。

夕方からDJの音楽が響き、村の中心はまるでクラブのようになっていました。

それもようやく夜九時半頃に静かになりました。

牛を見て、友人と飲み、村の子供たちのことを話し、そこからオランダ、パラグアイ、そして四十年ほど前の自分まで思い出した日曜日。

外へ出て誰かと話していると、思いがけないところまで記憶がつながっていくものです。

明日は早いので、今夜はもう寝ることにします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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