2026年7月は、フランスを旅する非日常の時間から始まり、スペインの白い村で暮らす日常へと戻ってきた一か月でした。
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旅先で目にした美しい景色と、村で次々に起きた問題。同じ一か月の出来事とは思えないほどです。夢のような旅から、電気や車の手続きに追われる現実へ。気持ちの上がり下がりの激しい、忙しい夏になりました。
フランスの夏を駆け抜けて
7月の初めは、まだフランスを巡るロードトリップの途中にいました。
プロヴァンスでは、ラベンダー畑の間を走り、石造りの村を歩きました。南フランスの空は明るく、セミの声はスペインに負けないほど力強く響いていました。
リヨンでは高台から街を眺め、最後に戻ったパリでは、遠くにエッフェル塔を見ながら旅を締めくくりました。若者の乗った電動キックボードに接触しそうになるなど、都会らしい洗礼も受けましたが、それも旅の思い出です。
リヨンで歩きすぎたため、帰路では足の水ぶくれに苦しみました。マラガに着いてからも、空港、鉄道駅、バスステーションを荷物を持って走り、何とかロンダ行きのバスに間に合いました。
村へ帰り、見慣れた山の景色を目にした時には心からほっとしました。旅は楽しいものですが、自分の家に戻った時の安心感も格別です。
ただし、その安心感に浸っていられたのは、わずかな間でした。
猛暑の中で戻ってきた、いつもの暮らし
村へ戻ると、夏の日常が待っていました。
昼間は厳しい暑さが続きますが、朝や夜には驚くほど涼しい風が吹きます。朝の散歩では、山にかかる雲や、乾いた草の間に並ぶ丸い干し草を眺めました。馬やラバを見かけることもあります。
日中は家で仕事をし、夕方にはプールのバルへ出かけました。友人から「プールにいるからおいで」と何度も連絡が入り、仕事を切り上げて顔を出した夜もあります。
知っている人がいる場所へ行き、ビールを飲みながら話をする。それだけで、一日の終わりが少し違って見えます。
暑く、物事が予定どおりに進まなくても、夕方になれば人々がバルや広場に集まります。こうした時間が、この村の夏を形作っているのでしょう。
村が熱狂した、サッカーの夜
7月には、スペイン代表の試合を何度も見ました。
決勝戦の日には、村役場が用意したパブリックビューイングへ向かいました。周囲のティーンエイジャーの振る舞いに落ち着かない気持ちにもなりましたが、スペインの優勝が決まると、そんなことは吹き飛びました。
歓声が上がり、車のクラクションが村中に鳴り響きました。
その音を聞きながら、以前スペインが優勝した頃のことを思い出しました。当時の村には今より多くの若者がいて、アルゼンチン出身の人たちも大勢暮らしていました。
今も人々の情熱は変わりません。それでも村は、以前より少し静かになったように感じます。勝利を祝う喜びの中に、過ぎ去った時間への寂しさが混ざった夜でした。
電気の容量をめぐる、終わりの見えない手続き
今月、最も気力を使ったのは、電気の契約容量を上げるための手続きでした。
申請をしても話は進まず、電話をかけるたびに説明し直します。担当者によって返事が変わり、オンラインで署名をしても、その後の状況は分からないままでした。
親友のマリにも付き添ってもらい、ロンダの事務所まで出向きました。しかし、そこでは対応できず、教えられた技術部門へ電話をかけても、「緊急案件として記録することしかできない」という返事でした。
スペインでは、一つの窓口で終わるはずの手続きが、いくつもの部署を回ることがあります。どこへ連絡すれば解決するのかさえ分かりません。
電話で使うスペイン語や状況を整理する時には、AIの「チャッピー」にも何度も助けてもらいました。それでも最後に必要なのは根気です。
夏で働く人が少ないのかもしれない。そう自分に言い聞かせながら、待つしかありませんでした。
車検不合格と、修理工場への道
電気の問題と重なるように、車検の時期もやってきました。
ロンダの検査場で受けたITVは、タイヤとヘッドライトの不備で不合格となりました。ある程度は覚悟していたものの、実際に不合格の紙を渡されると気持ちは沈みます。
タイヤを注文し、ヘッドライトも修理してもらいました。工事で通りにくくなった道や速度制限の厳しい区間を、修理工場まで何度も走りました。
山道の運転は距離以上に疲れます。長く運転すると足がつりそうになり、不安になることもありました。
それでも月末には再検査を受け、ようやく車検を通すことができました。古い車ですが、村の外へ出るためには欠かせません。検査を終えた時には、大きな仕事を一つ片づけた気持ちになりました。
古い手紙から見えてくる、家族の歴史
日常の手続きに追われる一方で、友人カルメンの家に残る古い手紙のデジタル化も続けました。
手紙は、スペイン内戦後にメキシコへ亡命した彼女の祖父と、スペインに残された家族との間で交わされたものです。
薄くなった文字を一つずつ読み取り、当時の綴りを残したまま文章にします。読めない箇所も多く、一つの単語を何度も見直します。
そこに書かれているのは、船がいつ出るのか、どこに泊まっているのか、仕事が見つかるのか、家族を呼び寄せられるのかといった日々の不安です。離れ離れになった家族が、互いを思う言葉が残されています。
一通読み終えるたびに、遠い時代を生きた人々が身近な存在になります。カルメンと一緒に涙を流すこともありました。家族の記憶を次の世代へ残すこの作業は、時間がかかっても続ける価値があると思っています。
誕生日からよみがえった、ブダペストの記憶
友人の息子さんの32歳の誕生日を祝った夜には、自分が若かった頃の旅を思い出しました。
1988年に訪れたブダペストです。
当時はまだ東西冷戦の時代で、街には重たい空気がありました。暗い建物や、どこか緊張した人々の表情が記憶に残っています。
その時に乗ったタクシーの運転手さんが、「もうすぐ時代が変わる」と話していました。本当にその後、東ヨーロッパは大きく変わりました。
若い頃に旅した街の記憶と、今スペインの小さな村で友人たちとビールを飲んでいる自分が、不思議につながった夜でした。
過ぎ去った時間は、何かのきっかけで突然よみがえります。昔の自分が、今の自分を少し離れた場所から眺めているような気持ちになりました。
日本とスペインの間にいる自分
月末には海側の町まで出かけ、日本人の方々とお会いしました。
そこで改めて感じたのが、日本的な「言わなくても察する」文化と、海外生活で身についた「必要なことは、はっきり伝える」姿勢の違いでした。
長く海外で暮らしていると、物の言い方や考え方が少しずつ変わります。日本人であることに変わりはありませんが、以前とまったく同じ感覚でもありません。
日本とスペインのどちらか一方ではなく、その間にいるのだと思います。
帰りには、あられ、羊羹、味噌汁などをいただきました。村の友人たちにも少しずつ分けると、珍しそうに眺めながら味を確かめていました。
日本では身近な食べ物が、ここでは小さな異文化交流になります。その反応を見ていると、私までうれしくなりました。
愛犬の誕生日と、涼しい夜風
7月29日は、以前一緒に暮らしていた愛犬の誕生日でした。
うちで生まれ、私の手の中に落ちてきたような犬です。元夫が「モンスター」と名付けましたが、普段は「もんたーちゃん」や「モンスィー」と呼び、12年間を一緒に過ごしました。
誕生日が来るたびに、バルコニーから外を眺めていた姿や、名前を呼んだ時の表情を思い出します。
夜になると村には涼しい風が吹きます。静かな空を眺めていると、もう会えない存在が、すぐ近くにいるように感じられる時があります。
寂しさはなくなりません。それでも思い出せるのは、一緒に過ごした時間が確かにあったからです。
子供たちが夜更けまで遊ぶ、白い村の音楽祭
7月最後の日には、村の広場で「プエブロス・ブランコス音楽祭」が開かれました。
国内外の演奏家たちが舞台に上がり、普段は静かな広場に音楽が響きました。人々は飲み物を片手に演奏を楽しみ、子供たちは夜が更けても走り回っています。
日本であれば、もう寝る時間だと思ってしまいますが、スペインの夏の夜は長く、家族の時間も遅くまで続きます。
音楽を聴きながら広場に立っていると、慌ただしかった一か月が、少しずつほどけていくようでした。
不具合を抱えながら、それでも走り続ける
7月の暮らしは、古いエンジンに新しいオイルを足しながら走る車のようでした。
一つ問題が解決すれば、また別の問題が出てきます。電気の手続きは進まず、車は車検に落ち、仕事の締め切りも待ってはくれません。
それでも、困った時には助けてくれる友人がいました。何度も電話をかけてくれる人、修理工場で説明してくれる人、バルで待っていてくれる人がいました。
一日の終わりに窓から入る涼しい風と、友人と飲む一杯のビールがあれば、また翌日も動き出せるような気がします。
8月には、村の夏祭りであるフェリアがやってきます。
暑さも予想外の問題も続くでしょう。それでも、ここでしか見られない夏の景色を、これからも一つずつ記録していきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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