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【村の行事】2026年
祝日2月28日(土) Dia Andalucia、3月7日〜8日 カーニバル(予定)

2025/12/31

12月31日(水) スペインの村で迎える静かな大晦

昨日は青空が広がりましたが、今日の大晦日は曇りです。

30日

31日

今朝、スーパーが混むと困るので、開店と同時に行くことにしました。

もっと人がいるかと思っていたのですが、意外にも拍子抜けするほど静か。まだ普通に働いている人も多いからでしょうか。買い物は驚くほどスムーズに終わりました。

昨日すでに八百屋さんで少し買い物をしていたので、今日は控えめに。

八百屋さんで購入

スーパーでエビを少しと、年越し用のカバ(Cava)を一本。

年越しは、特別でない一日の延長に

大晦日だからといって、日中は何も特別なことがあるわけではなく、日常の延長線上にある一日ですが、でも今夜は、家族や友人と食事をして、白ブドウを食べながらカウントダウンをする。その後、そのまま朝まで飲み明かすか、営業しているバルやクラブで朝まで飲むか。そんな日でもあります。

友人の誕生日に呼ばれて

昨日は、友人マリの誕生日に招かれていました。お昼過ぎの集まりです。

午前中は仕事をしようと思っていたものの、あれこれ用事が重なり、結局何も手につかないまま出かけました。

誕生日だと知っていたので、事前にプレゼントも用意していました。ライト付きの化粧用ミラー。スマホスタンドも付いていて、動画を見ながら使える、実用的なものです。

ただ、祝う気持ちと同時に、そこには少し重たい空気もありました。

マリの家で長年一緒に暮らしていた大型犬が、前日に虹の向こうへ旅立っていたのです。16歳。大型犬としては、本当によく生きたと思います。

お祝いの席なのに、どこか切なさが混じる時間。でも、他にワンちゃん2匹を飼っているので、その存在が少し悲しさを癒やしてくれると良いのですが。

大型犬と聞いて、ふと自分の犬のことを思い出しました。12歳で逝ってしまったあの子は、私の誕生日の翌日に旅立ちました。誕生日が来るたび、思い出してしまいます。

それでも、十年ほど経った今、ようやく穏やかに思い返せるようになりました。

ビールを飲み、軽く食事をし、そのあとコーヒーを飲んで解散。

楽しい時間でした。

マリとは月に一度、一緒に出かけます。

彼女は、私の拙いスペイン語を「はい、はい」と最後まで聞いてくれる人。言葉が足りなくても、察してくれる。その存在に、どれほど助けられているかわかりません。

家に帰ったのは7時半ごろ。外もう暗くなっています。

最近はあまり飲めなくなり、飲むとそのあと何もできなくなるので、この日は家で静かにYouTubeを見て過ごしました。

「誰と年越しするの?」

作日は、何人かに聞かれました。

「誰と夕飯食べて年越しするの?」と。

大丈夫、大丈夫。そう答えながら、夜は村の広場でのカウントダウンに、友人たちと行く予定です。

家でゆっくりご飯を食べてから夜10時半頃出かけるつもり。

先に飲んでしまうと、外に出る気がなくなるので、今日は飲まずに待ちます。

外は冷え込んでいます。手がかじかみそうな寒さ。

山では雪が降るかもしれないと思いましたが、今夜はまだかな。前回、村に雪が降ったのは、2017年1月下旬でした。

2017年1月下旬

なので、これからまだ二か月ほど寒い日が続くでしょう。

今年の大晦日は、静かに過ごしてから友人たちに合流、そして村役場前の広場でのカウントダウンに向かいます。

来年も素晴らしい一年になりますように。

カウントダウンに使うぶどう

最後までお読みいただきありがとうございました。


2025/12/30

12月29日(月) 年の瀬の用事と、変わりゆく村の暮らし

いよいよ年の瀬です。

冷たい空気が、年末という気分をいっそう強くしてくれます。

日本ならすでに年末年始の空気が濃くなっている頃ですが、ここスペインでは、1月1日が祝日なだけで、今日はまだ通常モード。

さきほど郵便局に立ち寄ると、31日と1月1日はお休みだけれど、2日の金曜日は営業するとのことでした。

銀行の支店は村に三つほどありますが、今日行った銀行には銀行員が一人だけ。聞けば、31日から休みに入り、週明けの月曜日は営業するそうです。

学校はすでにクリスマス前から休みに入り、1月6日の「三賢者の日」まで続きます。

誕生したてのイエスのもとへ贈り物を携えてやって来た三人の賢者に由来するこの祝日は、子どもたちにとって一年でいちばん楽しみと言っていい、プレゼントをもらえる日なのです。

最近ではサンタクロースも加わり、スペインの子どもたちは「プレゼントを二回もらえる」という、なんとも羨ましい状況になっています。

今日、銀行へ行ったのは家賃の振り込みのためでした。

これまでは窓口で現金を渡し、係の人に手続きをしてもらっていたのですが、こちらでは口座を維持するだけで、かなりの手数料がかかります。定期的な入金がない口座だと、月に15〜30ユーロが引かれることも珍しくありません。

以前、口座を二つ持っていたのですが、ある日突然、それぞれの口座から毎月15ユーロずつ引かれるようになったことがありました。

「どうすれば取られないんですか?」と聞くと、答えはあっさり。

「アプリ管理のネットバンキングに変えればいいですよ」とのことでした。

なので、私は随分前にアプリの口座に切り替えました。

大家さんはというと、今はスペインにいないので、サービスが充実して対面の手続きができる口座にこだわる必要もなく、最近アプリの口座に切り替えたんです。

なので、今日銀行に行くと、「もうこの方法では振り込めないので、アプリでするか、ATM機でお願いします」と言われ、外にある機械の使い方を教えてもらうことに。

月に一度、銀行員の人とちょっとした世間話を交わすのが、密かな楽しみだったのですが、そんな時間もこれからはなくなるのだと思うと、少しだけ寂しさが残ります。

毎年この銀行でカレンダーをもらうのですが、今日は機械の説明で忘れてしまいました。

また次に前を通ったときにもらおう。

次は郵便局へ。

アマゾンで頼んでいた荷物の受け取りです。私はたいてい、受け取り先を郵便局にしています。平日の午前9時から14時半までしか開いていないのですが、確実で安心だからです。

そこで、もう一つ気になっていたものを買いました。

車の緊急用ライトです。

来年1月1月から、スペインでは事故や故障で車が道に止まった場合、従来の三角表示板ではなく、GPS付きの緊急ライト(V-16)を使うことが義務になります。

これを持っていないと罰金になるそうで、ネットでは偽物も出回っていると聞き、どこで買えばいいのか迷っていました。

郵便局の人に聞くと、「私も持っていますよ。よく売れてます」とのこと。

値段は49ユーロ。日本円でおよそ8,000円。正直、高いです。義務とはいえ、車を二台、三台持っている人なら出費はさらに増えます。

それでも、新年に私の古い車でロンダ方面の山道を走る可能性がないともいえないので、持っていないと不安なので、購入を決めました。

GPSが作動すると、警察や周囲のドライバーに事故情報が共有される仕組みだそうです。

理屈は分かりますが、目に見える黄色い三角板の方が、直感的で分かりやすい気もします。アナログの目に見える分かりやすさから、デジタルな仕組みへ。銀行と同じように、村の暮らしにも、そんな変化が静かに入り込んできています。

郵便局を出た後は、いつもの散歩道を逆に歩くことにしました。

雲は少し残っているものの、空はきれいな青。

今日は洗濯物をして、日当たりのいい場所に干そうと思います。

年末らしい慌ただしさと、いつもと変わらない村の日常。

そのあいだを行き来しながら、静かに今年が終わろうとしています。


最後までお読みいただきありがとうございました。


2025/12/28

12月27日(土) 白い村で、道を聞かれ、記憶を思い出す

今朝の空は重たく、今にも雨が落ちてきそうな気配でした。

スマホの天気予報を見ると、あと一、二時間で雨らしい。冷たい風も吹き出して、フードを被りながら朝の散歩に出ました。

そんな中、道を歩いていると、不意に声をかけられました。

どっちの方向に行けばいいのか、と。

プールの横にあるホテルはまだ開いておらず、どうやらデリバリーの人のようでした。まっすぐ行って左、と身振りを交えて説明しました。

ちゃんと行けるかなと様子を見ていると、彼は別の誰かにも声をかけていました。そして結局、戻ってきて私を追い越し、車はそのまま行ってしまいました。

え〜、ちゃんと説明したのに……。

どうやら私のスペイン語は、うまく伝わっていなかったようです。がっくり。

考えてみれば、こういうことは時々あります。

この村の人たちは、背丈も私と同じくらいで、髪の色もダークな人が多い。後ろ姿だけを見ると、まさかここに私のような顔立ちの人間が歩いているとは思わないのでしょう。

だから車が止まって、道を聞かれることになるのです。その瞬間、相手は少し驚くのですが、車を止めてしまった手前、「聞かないわけにはいかない」と思うのかもしれません。

以前には、なんと物々しい黄色い現金輸送車に道を聞かれたこともありました。

日本人の車旅行者に声をかけられたこともあります。英語で話しかけられましたが、すぐに日本人だと分かり、日本語で説明しました。その人はアルヘシラスの方へ向かって行きました。

あの頃はまだ紙の地図が主流でした。でも今でも言えるのは、白い村の細い道をくねくね進むには、Google Mapsで探すより、人に聞いたほうが早いということです。

5月末、週末を利用してパリ在住の友人が遊びに来てくれました。

マラガ空港でレンタカーを借り、Google Mapsを頼りに山側の道を選び、ロンダを経由してここまで来たのです。全く来たことのない場所を運転するなんて、勇敢だなあと思いました。しかもスペイン人の運転は、なかなか荒いですから。

5月末は、花粉症がまだ残っているかもしれないと心配していましたが、今年は意外と軽く済み、思いきり楽しめました。というのも、花粉症の時にお酒を飲むと、鼻が詰まり、息が苦しくなってしまうからです。

今回はその影響も出なかったので、その週末はみっちり遊びました。


イベリコ豚

6月1日シエテピラ村のロメリア際

6月1日ロメリア祭で馬が続々集まってきいます

スペインのこの白い村は田舎で、ヨーロッパの一部とはいえ、一般的にイメージされるような荘厳な建物があるわけではありません。景色も、時間の流れも、まったく違います。

私は、一度行った場所に、長い時間が経ったあとでもう一度行くのが、あまり好きではありません。

新しい記憶が、古い記憶を上書きしてしまう気がするからです。

まるでコンピューターのデータのように、大切に保存していたものが、いつの間にか消えてしまうような感覚です。

15年ほど前、大学のバスケットボールクラブのOB・OG会に出席しました。

その時に飲み歩いていた場所は、道路の拡張によって風景がすっかり変わり、思い出の場所は姿を消していました。それ以来、新しい景色が重なってしまい、昔の記憶がうまく呼び出せなくなっています。それが残念で、思い出深い場所には、なるべく行かないことにしています。

それでも、あの時OB・OG会に行っておいてよかったと、今は思います。

クラブで一番仲の良かった友達は来ていなかったのですが、大学の近くに彼女の実家があり、訪ねました。電話番号を教えてもらい、電車に乗る前にほんの少しだけ会うことができました。それが彼女との最後の思い出です。彼女は二年前に亡くなりました。

学校の先生として忙しく、子ども三人を育て、卒業後はそれぞれ別の道を歩んでいましたが、そんなことはすべて吹き飛んでしまうほど、学生時代に戻った感覚で、一緒に話せた時間はとても楽しいものでした。

大学周辺の風景の記憶は薄れてしまったけれど、友人との記憶は、今もはっきりと残っています。

パリには二度行ったことがあります。

それはもう35年以上前のことです。当時はフランスに入るのにビザが必要でした。

今、もし行ってしまったら、あの頃の記憶が薄れてしまう気がして、どうしても足が向きません。折角友人が住んでいるのに。。。

記憶というものは、一度完成した絵のようなものなのかもしれません。

何度も上から描き足せば、最初の線や色は見えなくなる。だから私は、心の中にあるその絵を、そっとそのままにしておきたいのです。

そんなことを思いながら、雨がぱらつき始めた道を歩きました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


2025/12/26

12月26日(金) ドライヤーが壊れた朝、年末の寒さの中で

こちらでは26日は特別な祝日ではなく、いつも通りの平日です。それでも休みを取っている人は多いのでしょう。村の中は車が多く、いつも停めている場所はすでに満車。いったん車を動かすと、ずいぶん遠くに停める羽目になりそうで、今日は触らないことにしました。

空には薄い雲が流れ、体の芯まで冷えるような寒さです。

朝、シャワーを浴びて髪を乾かそうとしたとき、ドライヤーの様子がおかしいことに気づきました。以前からスイッチを入れてもすぐに動かず、しばらくしてからようやく回り出す、そんな不安定な状態だったのです。

「中に何か詰まっているのかも」

そう思ってドライバーで小さなネジを外して、上の部分を開けてみましたが、出てきたのは少しの埃だけ。それを取り除いて、もう一度スイッチを入れた瞬間、

パチッという音とともに、完全に沈黙してしまいました。

こんな寒い日にドライヤーが動かないなんて、今年最後の叫びたい瞬間、「叫びおさめ」というべきでしょうか。

少し前にアマゾンで注文しようか迷って、そのままにしていたことを思い出し、軽く後悔。髪はまだ濡れたまま。タオルで水気を取り、冷たい空気の中を急いで近所の家電と家具を扱う店へ向かいました。

その店は対面販売式、というか村の個人店はほぼ対面式です。店員さんは一人だけ。先客の親子が長々と相談をしていて、さらに途中から別の年配の男性が割り込むように話に加わり、なかなか順番が回ってきません。

私はもう、性能も色もどうでもよく、とにかく今すぐ使えるドライヤーが欲しいだけ。棚に並んだ中から目についたものを指差し、「これでいいです」と言える瞬間を、ひたすら待ちました。

ようやく会計を済ませた頃には、コーヒーでも飲んで一息つきたい気分でしたが、まだ髪は濡れたまま。冷たい風に当たるのが怖くて、まっすぐ家に帰りました。

新しいドライヤーは、驚くほどスムーズに動きます。風も安定していて、音も軽い。長年使っていた古いものとの差を、こんなにもはっきり感じるとは思いませんでした。

電化製品といえば、以前こんなこともありました。

部屋に置いてあった大家さんの古いテレビ。ほとんど使わないまま年月が経ち、ある日ふと思い立って電源を入れた途端、焦げたような匂いが立ち上り、やがてうっすらと煙まで出てきたのです。慌ててコンセントを抜きましたが、部屋中に広がったあの嫌な匂いは、なかなか消えませんでした。

その夜は心配で眠れず、朝方まで何度も部屋の空気を確かめていました。後日、友人二人が来てくれて、その思いテレビを運び出して処分してくれました。

使っていなかった電化製品を、ある日突然動かそうとすると、あるいは長期間使って古くなった電化製品を使うと、こういうことが起きる。

ドライヤーもテレビも、そのことを身をもって教えてくれました。

長い間動かさなかった機械の油が固まってしまうように、電化製品も、定期的に電気を通し、使ってあげることが大切なのかもしれません。

ときどき「命を吹き込む」こと。それが、長持ちさせる秘訣なのだと、今は思います。

こちらでは年末年始も日本ほど一斉に休むことはなく、元日は祝日でも、2日からはもう通常通り。31日はパーティーの日で、にぎやかに新年を迎えますが、休みの取り方は人それぞれです。

夕方の散歩、さらに空気は冷たく、吐く息が白くなります。

夕日で赤くなった山

そんな寒さの中で、新しいドライヤーの温風を思い出しながら、今日の出来事を静かに振り返っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

2025/12/25

12月25日(木) 白い村のクリスマス

昨日24日は雨が上がり、目覚めると空気はすっかり澄み、谷には雲海が広がっていました。

青空の下、時間が進むにつれて雲はゆっくりと持ち上がり、やがて村の上に雲が広がりました。でも雨に邪魔されることのない、穏やかな一日になりそうだと感じました。

今日25日は祝日なので仕事をしたくなかったので、昨日は7時半ごろまで粘って仕事を片付け、その足でオランダ人の友人と村の中心にあるバルへ向かいました。

続いて立ち寄ったプールの横にあるホテルのバルも、24日は夜9時前には店じまい。クリスマス・イブの夜、この村ではすべてのバルが早く閉まります。人々は家へ帰り、家族や親戚と食卓を囲むのです。それがここのクリスマスの過ごし方です。

かつては、深夜にバルが再開し、年配の人たちもきれいに着飾って出かける光景もありました。でも、そんな風景はもう見られません。今は、スーパー前の広場が仮設クラブとなり、夜中から若者たちが集う場所になっています。

私は今年、特別な予定もなく、家で静かにワインでも飲んで過ごすつもりでした。ところがバルで、知り合いのマリたちに会い盛り上がったのです。

「イブの今夜は誰と食事をするの?」と聞かれたので、一人で過ごすと言うと、

「家族で食事するから来なさい」と、何度も、何度も。十回近く断ったでしょうか。それでもあまりに熱心に誘われて、ついに折れました。

24日の夜は、ここでは何より大切な家族や仲の良い人たちと過ごす時間。私が一人で過ごすのは、彼女にはどうしても耐えられなかったのでしょう。結局、彼女とパートナー、娘さん、お母さんの四人に混じって、私も食卓に座ることになったのです。

そして、ワインが次々と空いていきます。

高齢のお母さんは足取りがおぼつかなく、記憶もところどころ曖昧。それでもワインを少し飲んで楽しんでいました。

二十歳の娘さんは、きれいに身支度を整え、夕食後は友達と出かけるのだと目を輝かせています。世代の違う時間が、同じテーブルの上で交差していました。

気がつけば、私もすっかり飲み過ぎていました。帰り道は、友人のパートナーと犬が途中まで送ってくれ、家に着いたのは2時半ごろ。村には、仮設クラブの重低音が響き渡っていました。

年に数えるほどしかない特別な夜。多少うるさくても、村の人達は誰も文句は言いません。若者たちがはしゃぐその時間を、村全体が黙って受け止めているようです。

スペインに住んでいるとはいえ、普段は英語で過ごすことが多いですが、昨夜は、完全にスペイン語の世界にどっぷり。お酒の力もあって、通じているのかどうかも気にせず、ただひたすら喋り続けていた気がします。

そして翌朝の今日25日は、見事な二日酔い。

今日は曇り

昨夜はみな遅くまで起きていたからでしょうか、村は静かです。でも午後になると外からは人の気配や音楽が流れてきます。バルに行きたい気持ちもありましたが、体調を整えるほうが先決だと思い、家でゆっくりしています。

例年なら、イギリス人の友人たちのクリスマス・ディナーに招かれることもありました。でも今年は、どの家庭もそれぞれで過ごすとのこと。去年の大人数の集まりが、あまりに大変だったからでしょう。

2024年クリスマス

ふと、昔の記憶がよみがえります。

今は亡きイギリス人の友人メリーが、息子のために続けていたポーランド式のクリスマス・イブのディナー。二十人近くが集まり、24日の夜を盛大に祝っていました。

2018年クリスマスイブ

実は、その息子さん自身も、母のためにその伝統を守っていたのだと、後から知ったのです。

そんな懐かしさに包まれながら、今年は一人クリスマスディナー、チキンのもも肉を焼き、焼いた野菜も添え、ワインを飲み、家で静かに体を休めることに。

散歩にも出ず、明日のために整える一日。

この村のクリスマスの夜の風景は、まるで静かな水面に投げ込まれた小石が広げる波紋のようです。

普段は家族の食卓という小さな輪の中で祝われ、夜が更けると若者たちの音楽が村全体へと波のように広がっていく。

静けさとざわめき。その両方が共存する、ここならではのクリスマスです。

最後までお読みいただきありがとうございました。


2025/12/23

12月23日(火) スペインであまり話題にならなかった目を細くする仕草

夜中から降り出した雨は、朝になると少しだけおさまっていました。

その後、友人とバルでの朝食を約束していた時間帯頃には、傘をささずに外へ出ることができました。

濡れた石畳を歩きながら、このまま雨が降らず大丈夫かもしれない、と思ったのです。

バルではスペインの典型的な朝食であるパン・コン・トマテをとり、取り留めのない話をして過ごしました。

バルを出る頃、雨は少しずつ強くなっていました。

近くのスーパーに寄り必要なものを買って外に出ると、雨は本降り。

スーパーの袋は思った以上に重く、風も出てきて、傘を持つ手に力を入れながら歩くことに。土砂降りの中、足元に気をつけながら、家路を急ぎました。

こういう朝は、不思議といろいろなことが頭に浮かぶものです。

最近、他の国では話題になっている、アジア人に対する「目を細くするジェスチャー」をめぐるニュースのことも、その一つ。

その出来事は、ここスペインでは、ほとんど報じられていません。新聞を見ても、テレビをつけても、大きく扱われている様子はない。

だからといって、何かが起きていないわけではないと思います。

ただ、話題にならないだけで、日常の中では、似たような仕草や言葉に、時々出会うことがあります。

雨の中を歩きながら、そうした小さな出来事と、ニュースにならなかった出来事とが、自分の中で静かにつながっていくのを感じました。

目を細くする仕草についての覚え書き

かなり前のことになります。

道で子どもに、目を指でつり上げる仕草をされ、「ちーな」というような声をかけられたことがありました。

子どものしたことなので、深く考えずに受け止めた記憶があります。

でも、知らない大人から、同じことをされた経験はほとんどありません。

一方で、身近なスペイン人の知り合いからは、何度かあります。

会話の流れの中で、

笑いながら「目が小さい」という意味合いで、ほんの一瞬、目を指でつり上げる仕草をされるのです。

その場では特に何も言わず、私も笑って終わらせてしまいます。

相手に悪意がないことは分かっているので。

長くスペインで生活していると、これは「冗談」や「特徴を指摘する軽い表現」として使われてきたものだということも理解しています。

ただ、その場が終わったあとで、少し考えることが。

これは指摘すべきだったのだろうか。

それとも、文化の違いとして受け流すのが妥当だったのだろうか。

強い不快感があるわけではない。

日常生活に支障が出るほどでもない。

だからこそ、問題として扱うべきかどうか、判断が難しいのです。

はっきり「よくない」と言えば、相手は驚くかもしれない。

意図していなかったことで非難されたと感じる可能性もある。

一方で、何も言わなければ、同じことは今後も続くかもしれない。

どちらが正しい、という答えは簡単には出ないのです。

最近思うのは、

その場で笑って流したからといって、それが誤りだったとは言えない、ということ。

関係性や場の空気、自分の余裕を考えた上で選んだ対応であれば、それは一つの現実的な判断だと思う。

同時に、もしまた同じような場面があれば、短く、穏やかに伝えるという選択肢もあるのだろう。

「冗談なのは分かっているけれど、あの仕草は少し気になる」

「やっぱり傷つくかな。。。」

感情をぶつける必要はないし、相手を責める必要もない。

ただ、自分の立場を事実として伝えるだけでいいのです。

異なる文化の中で暮らしていると、こうした小さな判断を繰り返すことになります。

大きな出来事ではないと思うし、ニュースになる話でもない。けれどやっぱり気になることです。

そんな気持ちを記録として、ここに書き留めておくことにしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


2025/12/22

12月22日(月) スペインの恒例クリスマス宝くじ

日本では今日は「冬至」ですが、スペインのカレンダーでは昨日が冬の始まりでした。

そんな冬の始まりの日は一日中雨が降り続き、体の芯まで冷えてしまいましたが、今朝は嘘のように雲ひとつない青空。

冬の朝の澄んだ空気と太陽の光はボカボカと体を温めてくれます。と言いたいとこですが、朝の9時半過ぎに散歩に出ると、手がかじかむほどの冷え込みでした。

私が住んでいるピソのキッチンにあるバルコニーは北東向き。冬になると太陽は右手に進み姿を見せなくなり、日の出が見られなくなります。でも今日からはその太陽も徐々に戻ってきます。冬になったとはいえ、太陽の方角の変化を思うと、静かな楽しみの一つです。

今日のスペインは、ロテリア・デ・ナビダ(Lotería de Navidad) の日。 クリスマス宝くじです。

年に一度の、国中がそわそわする特別な日です。

正規の宝くじ売り場で買えば1枚20ユーロ。バルなどで買うと23ユーロになり、差額の3ユーロはチャリティに回されます。

私は今年も1枚だけ購入しました。友人たち9人と「一人一枚ずつ買って、当たったらみんなで分ける」という恒例の約束。

先日、デパートのエル・コルテ・イングレス に行ったとき、宝くじ売り場があったので、もう1枚買おうかと一瞬迷いましたが、「どうせ当たらない」と思い直してやめました。

抽選は朝9時ごろから始まります。

機械で当選番号を抽出するのではなく、大きな丸い金網の中に番号の球が入っていて、それを一つずつ取り出して読み上げていきます。

その声を担当するのは、マドリッドの サン・イルデフォンソ学院 の子どもたち。独特の節回しで、番号と金額を歌うように読み上げるあのリズムは、何年聞いても不思議な響きを持っています。

抽選はお昼の1時ごろまで続き、バルではテレビをつけっぱなしにして見守るのが普通です。ただ、今日は月曜日。閉まっているバルも多く、少し静かな抽選日になりました。

この宝くじは同じ番号が何枚も発行されるため、当たると「どこで誰が当選したか」がすぐに知られてしまいます。プライバシーはほとんどありません。

「一等が出た」「ほかの人は4万ユーロ当たったらしい」

そんな噂が、あっという間に広がります。

友人の息子ちゃんの同級生の女性は、数年前にエル・カミーノ・デ・サンティアゴに歩きに行った時に買った宝くじでなんと、一等を当てたんです。賞金は1100万ユーロ。税金を引かれても約900万ユーロ。

今では世界中を旅し、その様子をSNSに投稿しています。村の人たちは、みんな彼女のことを知っています。

私たちはというと、クリスマスの宝くじで以前、9人で200ユーロ当たったことがありました。そのときは、みんなで小さな旅行に使いました。

大金ではなくても、「一緒に当たる」という体験そのものが、すでにお祭りなのです。

今日は誰もが少し落ち着かず、どこかそわそわしています。

「案外、近くの誰かが当たるかもしれない」

そう思うと、つい「1枚くらい買っておこうかな」という気持ちになる。

このスペインのクリスマス宝くじの抽選会は、単なるギャンブルではありません。

長い時間をかけて、子どもたちの声と独特のリズムで、国全体が一つの物語を歌い上げる、そんな音楽の祭典のような時間です。

当たっても当たらなくても、今日は特別な日。

冬の始まりの冷たい空気の中で、スペイン中が同じ歌声に耳を澄ませています。

そして私たちグループは10ユーロ当たりました。😁

最後までお読みいただきありがとうございました。


2025/12/21

12月21日(日) クリスマスビデオと九年前の私、そしてアヒージョ

夜中から雨が降り出し、朝になっても止む気配はなく、時折激しく降る一日になりました。

昨日は、ベレン・ビビエンテ(キリスト降誕劇)を見終えたあと、そのまま友人たちのクリスマス前の集まりへ向かいました。

場所は、オランダ人のカップルが交流の場として大切にしている家。足を踏み入れると、そこはどこかアトリエのようで、壁の色も置かれた物も、一つひとつに彼ららしさがにじんでいます。

音楽機材が置かれた部屋で、彼女が歌い始めると、空気が一変します。オペラのように伸びのある声で、思わず手を止めて聴き入ってしまうほど。毎年彼らは、クリスマスのビデオを作って仲間たちに送るのが恒例で、去年は私もフルートで参加しました。

今年はもっと気楽な雰囲気で、みんなでウクレレを弾く“ふり”をしながら撮影。スペイン語の「フェリス・ナビダ」の歌に合わせて、歌ったり、少し体を揺らしたり。完成度よりも、その場を楽しむことが何より大切なのだと、あらためて感じます。

撮影のあとには、過去15年分のクリスマスビデオが流されました。その中には、9年前、2016年に私が参加した映像もありました。ちょうど愛犬を亡くし、涙に明け暮れた日々から一年ほど経った頃で、今見ると、少し沈んだ表情をしていて、顔もやつれて見えます。

その年の演目は「Imagine」。私はオノ・ヨーコ風の役回りでした。今思うと少し照れくさいけれど、あの頃の自分なりの精一杯だったのだと思います。

帰り道、村は驚くほど静かでした。開いているバルは一つだけで、若い人たちが少し賑やかに過ごしていました。でも、クリスマス前の土曜日の夜がこんなにも静かだなんて、かつての賑わいを知っている身としては、少し信じがたい光景です。

スペインでは、24日の夜が一年でいちばん大切な時間です。村のバルは夕方6時ごろに一旦営業を止め、バルで働いている人も、村の人々も家族や親戚と集まり、クリスマスの夕食を囲みます。

そして夜中の12時を過ぎると、再びバルが営業を始めます。この時ばかりは、ご年配の方々もお洒落をして出かけ、タパスバルはまるでクラブのような雰囲気に変わります。

若い子たちはそれはもう見事に着飾って、朝の10時頃まで。村中がひとつのクラブのようだった、そんな時代もありました。

でも、そうした風景は今年はもう見られないでしょう。いつかまた、あの夜が戻ってくることを、静かに願うばかりです。

窓の外を見ると、雨足はますます強くなり、気分まで沈みかけていたそのとき、友人のイサベルから「ごはんを食べにおいで」と連絡がありました。

雨で靴が汚れたら友人宅が汚れるので、今日はスリッパ持参で外にでました。案の定、道は川のように雨水が流れ、靴もびしょびしょになってしまいました。

メニューは、フレンチサラダ。彼女はフランスでの生活が長いので、こういうところにその影響が出ます。そして、チキンのアヒージョ。こちらはお母さんから教わった、れっきとしたスペインの家庭料理。そして赤ワイン。

あまりに美味しくて、写真を撮るのも忘れ、気づけば黙々と食べていました。

帰るころには雨も少し弱まり、このまま晴れてくれたらいいな、と思いながら家路につきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


12月20日(土) ベレン・ビビエンテ、キリスト降誕劇

昨夕から降っていた雨も上がり、朝は青空が広がりました。

一日この天気が続くかなと思いましたが、午後から少し雲行きが怪しくなったものの、天気はなんとか持ちそうな気配。

今日は、コルテス駅村で毎年行われている「ベレン・ビビエンテ(キリスト降誕劇)」を見に行ってきました。

この降誕劇は、コルテス駅村の役場前の広い広場で行われます。舞台にするには申し分のない場所で、私はほぼ毎年足を運んでいます。

いつもは昼間の公演を見るのですが、今回は初めて夕方6時半からの夜公演でした。雨が心配でしたが、会場に着くころには雲も切れ、結局一滴も降らず、ほっとしました。

夜の会場は、昼間とはまったく違う表情でした。セットはとても美しく、あちこちに松明の火が灯され、暗闇の中に温かな光が揺れています。

2023年昼の部

昼間の公演では、小やぎや子羊、子豚たちが柵の中にいて、まるで本物の村のようなセットですが、夜は動物たちの姿なく、その点だけは少し残念でした。

2023年昼の部、仔山羊たち

それでも、ロバはしっかり登場していて、マリアを連れて旅をする場面を演じていました。若いロバで、走り出しそうになるのを押さえて歩くのが少し大変そうだったのも、かえって現実味がありました。

旅の果てにたどり着くのは羊小屋。そこで赤ちゃんが誕生する場面になります。その赤ちゃんは、天使役が抱いて運んでくるのですが、今年生まれた本物の赤ちゃんです。この寒空の下で大丈夫なのかと心配になりましたが、無事に登場しました。イエス・キリストの誕生、クライマックスです。

その後はお人形にかわります。

ここでは、ロバも動物も、干し草もすべて村の人たちの“自前”。街中でやるなら手配が大変ですが、ここの環境なら自然に揃ってしまう。

それを見ると、「これこそが本当の意味でのエコシステムだな」と、毎回感心します。キリスト教の国では、この降誕劇に参加すること自体がひとつの名誉でもあり、村全体の誇りでもあります。

劇の途中には、王様たちの行列や、付き従う若いダンサーたちも登場します。綺麗で少しセクシーな衣装をまとった村のティーンエージャーの女の子たちが踊る姿は、とても楽しそうで華やかでした。

こちらでは「きれいな衣装を着て舞台に立つ」こと自体が大きな喜びなのだと、見ていて伝わってきます。写真撮影も自由で、誰もそれを咎めません。文化の違いを感じる瞬間です。

10年以上前には、上半身裸で本格的なアクロバット風に踊る男の子二人組がいました。すでにダンスを習っていたようで、その後はその道に進んだと聞いています。

この地域では、新体操やダンスが盛んで、ロンダの方まで習いに通う子もいます。今回の女の子たちの踊りはアクロバット的なものはなかっったものの、みんな綺麗で、衣装も大胆で、思わず見入ってしまいました。

今回の公演は、すべて事前にレコーディングされた音声に合わせて進行する形式でした。

冒頭では、ティーンエージャーの男の子がバイオリンを生演奏していて、少しハウリングしてしまったのは残念でしたが、それもまたライブらしさです。

幼いマリア役の子どもの歌声もとても可愛らしく、録音に合わせて口ずさむ姿が印象的でした。

それにしても、寒さは本当に厳しく、雪がぱらついてもおかしくないほどでした。今年は冬の訪れが遅かった分、冷え込むと一気に冬モードに切り替わったようです。

これは、そんな寒い夜に行われた、村の人たちによる降誕劇の記録です。静かな広場で、火の揺らめきと人の営みが重なり合う、忘れがたい一夜でした。

劇終了後はセットがバルに変身

最後までお読みいただきありがとうございました。