夜中から降り出した雨は、朝になると少しだけおさまっていました。
その後、友人とバルでの朝食を約束していた時間帯頃には、傘をささずに外へ出ることができました。
濡れた石畳を歩きながら、このまま雨が降らず大丈夫かもしれない、と思ったのです。
バルではスペインの典型的な朝食であるパン・コン・トマテをとり、取り留めのない話をして過ごしました。
バルを出る頃、雨は少しずつ強くなっていました。
近くのスーパーに寄り必要なものを買って外に出ると、雨は本降り。
スーパーの袋は思った以上に重く、風も出てきて、傘を持つ手に力を入れながら歩くことに。土砂降りの中、足元に気をつけながら、家路を急ぎました。
こういう朝は、不思議といろいろなことが頭に浮かぶものです。
最近、他の国では話題になっている、アジア人に対する「目を細くするジェスチャー」をめぐるニュースのことも、その一つ。
その出来事は、ここスペインでは、ほとんど報じられていません。新聞を見ても、テレビをつけても、大きく扱われている様子はない。
だからといって、何かが起きていないわけではないと思います。
ただ、話題にならないだけで、日常の中では、似たような仕草や言葉に、時々出会うことがあります。
雨の中を歩きながら、そうした小さな出来事と、ニュースにならなかった出来事とが、自分の中で静かにつながっていくのを感じました。
目を細くする仕草についての覚え書き
かなり前のことになります。
道で子どもに、目を指でつり上げる仕草をされ、「ちーな」というような声をかけられたことがありました。
子どものしたことなので、深く考えずに受け止めた記憶があります。
でも、知らない大人から、同じことをされた経験はほとんどありません。
一方で、身近なスペイン人の知り合いからは、何度かあります。
会話の流れの中で、
笑いながら「目が小さい」という意味合いで、ほんの一瞬、目を指でつり上げる仕草をされるのです。
その場では特に何も言わず、私も笑って終わらせてしまいます。
相手に悪意がないことは分かっているので。
長くスペインで生活していると、これは「冗談」や「特徴を指摘する軽い表現」として使われてきたものだということも理解しています。
ただ、その場が終わったあとで、少し考えることが。
これは指摘すべきだったのだろうか。
それとも、文化の違いとして受け流すのが妥当だったのだろうか。
強い不快感があるわけではない。
日常生活に支障が出るほどでもない。
だからこそ、問題として扱うべきかどうか、判断が難しいのです。
はっきり「よくない」と言えば、相手は驚くかもしれない。
意図していなかったことで非難されたと感じる可能性もある。
一方で、何も言わなければ、同じことは今後も続くかもしれない。
どちらが正しい、という答えは簡単には出ないのです。
最近思うのは、
その場で笑って流したからといって、それが誤りだったとは言えない、ということ。
関係性や場の空気、自分の余裕を考えた上で選んだ対応であれば、それは一つの現実的な判断だと思う。
同時に、もしまた同じような場面があれば、短く、穏やかに伝えるという選択肢もあるのだろう。
「冗談なのは分かっているけれど、あの仕草は少し気になる」
「やっぱり傷つくかな。。。」
感情をぶつける必要はないし、相手を責める必要もない。
ただ、自分の立場を事実として伝えるだけでいいのです。
異なる文化の中で暮らしていると、こうした小さな判断を繰り返すことになります。
大きな出来事ではないと思うし、ニュースになる話でもない。けれどやっぱり気になることです。
そんな気持ちを記録として、ここに書き留めておくことにしました。
最後までお読みいただきありがとうございました。



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