今朝は、空一面を重たい雲が覆い、今にも雨が落ちてきそうな気配でした。予報では午後に少し降るとのこと。太陽が隠れている日は冷えるので、久しぶりに厚手のジャケットを着て散歩に出ました。
公園の中を歩いていると、前方から三人の男性がやって来ました。こんな静かな場所で一度に三人も現れると、思わず驚きます。みんな村の契約職員で、公園のベンチを見ながら「ここは良い」「ここは直した方がいい」などと相談していました。
蛍光イエローの反射ジャケットには “Cortes de la Frontera” の文字。スペインでは、車両が出入りする場所や交通に関わる作業では高視認ベストの着用が義務化されています。だから、あの反射色を見ると、すぐに「外の仕事だ」と分かる、そんな象徴のような存在感があります。
■ 子どもだった彼らが、家族をもつ年齢に
三人の中には、私がここへ来た頃はまだ子どもだった若者もいました。
当時は、村の道を走り回るような少年だったのに、今では父親に。村の子どもたちが大人になり、仕事をし、家族を持ち、村の一員として働いている姿を見ると、本当に時の流れの早さを感じます。
そんな彼もかつては評判のイケメンでしたが、今では髪も薄くなり、少しふっくらしてきて、若いころの面影とは違う姿に。でもそれもまた自然な変化で、落ち着いた雰囲気が年齢とともに馴染んできています。
田舎では奥さんが旦那さんにしっかり食べさせ、少し太っているくらいが安心だという文化があります。痩せてかっこよくしていると、ほかの女性に言い寄られるのではと心配になるのだそうです。古い言い回しでいえば、「女房妬くほど亭主持てもせず」なんて言いますよね。
■ 軍に入った若者たちの人生
その彼は、数年前まで軍に所属していて、モロッコに隣接するスペイン領セウタに駐留していました。田舎では仕事が少なく、軍に入る若者は少なくありません。
軍の給料は悪くなく、一財産築くには良い職業と聞きますが、派遣される地域によっては危険も多く、家族は常に心配を抱えていたはずです。
今は完全な志願制の「職業軍人」ですが、かつてスペインには徴兵制がありました。
それが廃止されたのは 2001年。私がスペインに来る少し前のことで、思ったより最近の話です。
50歳前後の村の友人は、徴兵で軍に行った経験があります。給料は本当にわずかで、仕送りをしてもらわなければならないほどだったとか。けれど、過酷な環境を共に過ごした仲間とは強い絆が生まれ、今でもスペイン各地に散らばりながら、固い友情でつながっているそうです。
一方、徴兵を逃れた人もいました。
香港で出会ったスペイン人の友人は、なんと「わざと合わない眼鏡を検査前1週間かけて乱視のようにして検査を落ちた」そうです。
また別の人は、医師の知り合いに診断書を書いてもらって免除を受けたとか。
若い世代が、それぞれの事情と向き合いながら過ごしていた時代だったのだと、今になると思います。
■ 村の仕事事情は、いつも少し複雑
話は変わって、この村の仕事事情はなかなか複雑です。
役場の正職員になれれば定年まで安泰ですが、その枠は少なく、狭き門。それ以外の多くは「2年契約」などの期間雇用で、契約と契約の間には半年ほど仕事がない期間が生まれることも珍しくありません。
夏になると、2か月ほどの“コルク採取”の仕事があります。短期間ながら良い収入になるため、多くの男性がこの季節だけ働きに出ます。
銀行勤務は担当エリアを広く回らなければならず忙しい仕事。
そして人気の高い職業といえば「学校の先生」。
ですが、この道も決して簡単ではありません。
■ スペインの先生になるということ
教員試験に合格できなければ、アンダルシア州の教員登録リストに入り、1年契約の“派遣”としてどこかの学校に配属されます。9月の学年開始の直前にならないと赴任先が分からず、働きながら次の試験に向けて勉強し続けるのは大変なことです。
経験を積むごとにクレジットが加算され、徐々に希望の地域で働けるようになる仕組み。
試験に合格すれば、晴れて安定したポジションが得られます。
コルテス村にも、その仕組みの中でこの村を気に入り、定住した先生がいます。最近家を購入し、これからもここで暮らすと決めたようです。
スペインの学校は日本ほど校則が厳しくなく、子どもたちは実に自由。
大きなピアス、タトゥー、へそピアス……高校生でも珍しくありません。
「そんなことを注意されるのは私立だけよ」と友人が笑っていました。
■ 黒いヴェールの女性と交わした、静かな挨拶
散歩の途中、全身を黒い布で覆い、乳母車を押したムスリムの女性とすれ違いました。目元しか見えないので、一瞬どうしようかと迷いながらも「オラ」と声をかけると、彼女も優しく「オラ」と返してくれました。
この村では、誰とすれ違っても挨拶するのが普通です。そんな文化が、この小さな村の温かさなのかもしれません。
■ 雲の切れ間から差す光
散歩の終わり頃、雲の隙間からわずかに光が漏れていました。
週末は晴れるらしく、その予報だけで少し気持ちが上向きになります。
午後には予報通りの雨。
けれど、重たい雲の朝を歩いたあとで感じる雨音には、どこか落ち着きすらありました。


0 件のコメント:
コメントを投稿